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【Cycle*2021 クラシカ・サンセバスティアン:レビュー】カリフォルニア育ちのニールソン・ポーレスがプロ初勝利「言葉にすることすらできない」
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさかプロ4年目で初優勝を果たしたニールソン・ポーレス
ピレネーに雪が降った日……、いつもなら海浜客にでにぎわうバスク地方のサンセバスティアンにも、冷たい雨が降り続いた。寒さと、濡れた路面と、ワンデー特有のひどく目まぐるしい展開を制したのは、カリフォルニア育ちのニールソン・ポーレス。嬉しいプロ初勝利を引き寄せた鍵は、見事なチームプレーと、サイクルコンピュータだった。
「僕にとってこれがどれだけの意味を持つか、言葉にすることすらできない」(ポーレス)
2021シーズンも、いよいよ後半戦。ツール・ド・フランスをわかせた初日マイヨ・ジョーヌのジュリアン・アラフィリップや総合2位ヨナス・ヴィンゲゴー、区間2勝マテイ・モホリッチ、さらには東京五輪から大急ぎで欧州へ帰って来た4位バウケ・モレマやウィルコ・ケルデルマン、ジュリオ・チッコーネ等々が、ほぼ休息も取らずにスタートラインにやってきた。一方ではジロ・デ・イタリアで総合優勝を飾って以来2カ月ぶりのレースを戦うエガン・ベルナルや、そのジロ5日目に無念の落車リタイアを喫し、待望の復帰戦に挑むミケル・ランダの姿もあった。
つまりコンディションの異なる選手たちで構成された175人のプロトン内で、この日最初の逃げに乗ったのは16人。7月14〜18日セッティマーナ・チクリスタ・イタリア→7月24日東京五輪→29日カスティーヤ・イ・レオン→31日サンセバスティアンというとてつもない強行軍のアレクサンドル・リアブシェンコも前に飛び出したし、昨11月トレーニング中の事故で鎖骨・肋骨骨折+肺挫傷に苦しみ、今季なんと初レース……というミカエル・シェレルも逃げた。スタート直後からの熾烈なアタック合戦をかいくぐり、ようやく50kmを過ぎたころに出来上がった先頭集団は、メインプロトンから最大4分強のリードを奪う。
ただし全長223kmの戦いの、エッセンスは残り70kmに凝縮されている。勝負を分ける3つの登りの、その1つ目、大会伝統の山ハイズキベルに差し掛かると、逃げ集団は分裂を始めた。唯一ハビエル・ロモだけが、いよいよ本格的に降り出した雨にも負けず、孤独に先頭を突き進んだ。
そのハイズキベルからの下りで、モホリッチが早くも存在感を放つ。「雨で路面が滑りやすくなっているからこそ、前を走らなければならない。特に下りでは」との選手哲学に則って、巧みに最前列へと躍り出ると、そのまま逃げ集団へとブリッジ。しかしプロトン屈指のダウンヒル巧者にして……なによりツールで200km超のステージを2つ、長い独走でもぎ取った絶好調モホリッチの加速を、もちろんユンボ・ヴィスマやイネオス・グレナディアーズが制御するプロトンは見逃すわけには行かなかった。濡れた路面で危険を冒し、急速にスピードアップ。下り切った地点で、一旦はスロベニアチャンプ+ロモを除く逃げ集団の回収に成功する。
この加速は、当然のように、メイン集団をいくつかに千切った。分断で出来た穴を埋めようと、さらなる加速が試みられ、ついには落車を引き起こした。中でもボーラ・ハンスグローエは7人の出場選手中、ツール総合4位ケルデルマンを含む3人がいっぺんに地面に転がり落ちた。全体の完走率が約6割のレースで、最終的にボーラからはたった1人しか完走できないという苦しい1日となった。
最後から2つ目の山、アーライツの激勾配にさしかかると、UAEチームエミレーツとEFエデュケーション・NIPPOが主導権を争った。そして残り45km、ランダのアタックに、EFからサイモン・カーがすかさず反応。あまり差がつきそうもない……とすぐに後方へ引き下がったバーレーン・ヴィクトリアスのエースに対して、EF所属の22歳は、構わず前進を続けた。
そのままカーを前で泳がせておいたのは、振り返ってみれば、間違いなくプロトンの判断ミスだった。だってイギリス生まれフランス育ちのカーは、日本とバスクの自転車ファンにとっては「悪天候巧者」でおなじみなのだ。2020年10月12日、日本選手2人が東京五輪の最後の出場枠をかけて争ったブルエバ・ビルフランカで、土砂降りの中、カーは独走勝利を飾っている。氷雨をはねのけて勇敢に赤いベレー帽を勝ち取ったカーは、この日も濡れた路面など恐れず先を急いだ。逃げ続けたロモを追い越し、メイン集団には最大約50秒もの差を押し付けた。
しかも残り30km。アーライツからの下り最終盤で、ロレンツォ・ロタとミッケルフレーリク・ホノレ、モホリッチが追走へと走り出して行ったとき、EFからポーレスが流れにすかさず飛び乗った。もちろんチームメートが前にいるおかげで、先頭交代に加わる必要などちっともなかった。残り23kmで合流した後は、そのカーが残る力を振り絞り、ポーレスのために精力的に働いた。モホリッチもまた惜しみなく牽引を行った。おかげでメイン集団との差はみるみるうちに開いた。
【フィニッシュシーン】クラシカ・サンセバスティアン|Cycle*2021
濡れた路面に苦しみ、すでに30〜40人にまで数を減らしていた後方メイン集団では、トレック・セガフレードが必死に追走を試みた。UAEも時に力を貸したが、他に協力者は現れなかった。前線にホノレを送り出したドゥクーニンク・クイックステップは「ブレーキ役」として集団前方に踏ん張ったし、どうやらモレマ曰く「スプリントに向け体力温存を好むチームが多かった」。しかも最終ムルギル・トルトラ峠への突入直前、再び落車が集団を襲う。多くの選手が地面に投げ出され、追いかける脚は鈍るばかり。残り10km、登坂口での差は1分10秒。わずかな望みに懸け、上りでチッコーネが飛び出しを仕掛けるも、すべては遅すぎた。万事休す。
ムルギルの激坂が始まると同時に、ここまで奮闘してきたカーが静かに力尽きた。代わりにアタックを打ったのはポーレス。上手く温存してきた力を、山頂まで1.2km、ちょうど激勾配15%ゾーン・最大19%に突入するタイミングで解き放った。バスクの熱狂的な観客の前を、ポーレスはひとり先頭で駆け上がる。
ただしライバルたちを完全に引き剥がせたわけではない。モホリッチが恐るべき執念で、しかし黙々とマイペースで、山頂間際で追いついてきた。その後輪にぴたり張り付いたオノレも、一旦は引き離されたロタも、やはり再合流を果たす。
むしろ4人の運命を分けたのは、ダウンヒル中の右カーブだった。残り4.9km。攻めすぎたモホリッチは、ぎりぎり難を逃れ曲がり切ったものの、一旦減速を余儀なくされた。背後にいたホノレはガードレールに衝突し、あわや崖下に転落寸前。ロタは滑って地面に転がり落ちた。ただポーレスだけが、なにごともなく先を急いだのだ!
「ガーミン(サイクルコンピュータ)で地図を見ていたんだ。他の選手たちはもしかしたらレースにあまりに集中しすぎて、あまり道を見ていなかったのかもしれない。僕は鋭角カーブが接近しているのを知っていたけど、そこで彼らは落車してしまった」(ポーレス)
モホリッチはそこから約2.5kmの追走でなんとかポーレスに追いつき、ホノレは「前に追いつくためにエネルギーを大量に使った」果てに、フィニッシュ手前1.5kmでようやく2人を捕らえた。ロタはついには逃げの友たちに合流できなかった(30秒遅れでフィニッシュ)。
「転ばずに切り抜け、フィニッシュへ向け可能な限りフレッシュな体調を保ち続けることができたのが嬉しい」(ポーレス)
すでにハイズキベルからの下りで加速し、一旦逃げだしてからは惜しみなく先頭を引っ張り、上りでは猛然とポーレスを追い、問題のカーブ後も追走に力を尽くし、さらにポーレスに追いついてからでさえ最前線で突進を続けたモホリッチは、残り200m、ためらわずそのまま力づくでスプリントに持ち込んだ。オノレも2連覇中のウルフパックの名にかけて、ハンドルを投げた。
しかしサイモン・カーの献身とガーミンのおかげで、極めてフレッシュなまま加速を切ったポーレスが、わずかに先んじた。拳を天に突き上げ、プロ4年目で初めての勝利をつかみ取った。今年で41回目を迎えたクラシカ・サンセバスティアンで、アメリカ人が表彰台の最上段に上がるのは1995年ランス・アームストロング以来2度目であり……、「ネイティブアメリカン」としてはもちろん史上初!
東京五輪を走らなかった3選手が男子表彰台を飾ったのだとしたら、女子はロードレース銀・個人タイムトライアル金をかっさらった勢いでバスクに直接乗り込んだアネミック・ファンフルーテンが、時差ぼけをものともせず見事な独走勝利。念願の大きな黒いベレー帽を手に入れた。
文:宮本あさか
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宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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