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【ツール・ド・フランス2021 レースレポート:第15ステージ】セップ・クスが自身初のツール区間勝利!苦手な暑さも克服したポガチャル「今やすっかり調子よく走れている」
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか無料動画
【ハイライト】ツール・ド・フランス 第15ステージ|Cycle*2021
コロラドの山地で生まれ育ち、今はピレネーの山奥の、小さなアンドラ公国で暮らすセップ・クスが、山男ぶりを大いに見せつけた。勝手知ったる道で、自身にとって生まれて初めてのツール区間勝利。苦しい大会1週目を過ごした所属ユンボ・ヴィスマの、個々の高い戦力と見事なチームワークをも改めて証明した。タデイ・ポガチャルは総攻撃を受けるも、極めてさらりとマイヨ・ジョーヌを守り切った。
セップ・クス
「信じられない。言葉にならない。今ツールは本当にたくさん苦しんできた。でも今日は、自分の住む場所へと向かうステージだから、すごく意欲に燃えていたんだ。最高に幸せだよ」(クス)
シャンゼリゼ到着まであとちょうど1週間。もはや力を出し惜しみしている暇などない。だからこの第15ステージも、スタートと同時に一気に興奮は最高潮に達した。カナダ人として史上初めて赤玉ジャージをまとうマイケル・ウッズがスタートダッシュを切り、さらには逃げの専門家トーマス・デヘントが猛烈な飛び出しを披露した。さらには数人ずつの塊が、まるで五月雨のように、前方へと突進していった。
ほんの15kmほど走った先でメインプロトンが脚を緩めたせいもあり、大量32人が、巨大な逃げ集団を作り上げた。全23チーム中、参加したのはなんと20チーム。UAEチームエミレーツがマイヨ・ジョーヌ補佐のため全員メイン集団残留を選んだのだとしたら、ユンボ・ヴィスマ、バーレーン・ヴィクトリアス、グルパマ・FDJ、トレック・セガフレードの4チームはそれぞれ3選手ずつ、さらにイネオス・グレナディアーズを含む4チームは2人ずつ送り込んだ。つまり「牽引役」のいる前方集団は、マイヨ・ジョーヌ集団から楽々と最大10分近いタイム差を奪った。
現役世界王者ジュリアン・アラフィリップを筆頭にツール区間勝利経験者が10人、グランツール総合優勝経験者さえ3人(キンタナ、アレハンドロ・バルベルデ、ヴィンチェンツォ・ニバリ)が肩を並べた。そんな豪華な「ミニプロトン」内では、実に様々な思惑が渦巻いていた。
中でもポイント賞2位マイケル・マシューズが真っ先に目標を達成した。逃げ集団内でたった1人のマイヨ・ヴェール候補者として、中間スプリントでは当然1位通過を果たした。20ptを収集。2日前には首位マーク・カヴェンディッシュから101ptの遅れを取っていたが、3週目を前に72ptにまで詰め寄った。
山岳賞争いは熾烈だった。なにしろコース上に散らばる4山岳・計35ptを回収しようと、山岳賞1位ウッズ、2位ナイロ・キンタナ、3位ワウト・プールス、4位ワウト・ファンアールトが勢揃いしたのだから!
それにしてもライバルたちを驚かせたのは、ファンアールトが山頂スプリントを仕掛けたこと。総合エースのプリモシュ・ログリッチが負傷リタイアした後、故郷ベルギーメディアは「自由にマイヨ・ヴェールを狙えるのでは?」と書き立てたものだが、むしろモン・ヴァントゥ2重登坂ステージで手にした43ptを元手に、本人はマイヨ・ア・ポワ獲りに興味を抱いたようだ。しかも今ツール最高標高地点、1級アンヴァリラ2408mでさえ、先行したキンタナの背後で2位通過をさらうという衝撃。
険しい山岳コース
「マイヨ・ア・ポワは僕らにとって重要な目標ではない。でも逃げに乗ったから、ポイントを収集する絶好の機会だったんだ。この先また逃げることがあれば、ポイントを獲りに行くよ」(ファンアールト)
1日の終わりに、ファンアールトの山岳賞順位は4位のまま変更はなかった。肝心のジャージの持ち主は、74ptプールスへと移行した。4つ全ての山でポイントをきっちりと積み上げ、7ステージぶりに赤玉ジャージを自らの手元に取り戻したのだ。最終峠で取り損ねたウッズは2位66ptに後退し、アンヴァリラで「アンリ・デグランジュ賞」を手にしたキンタナは、ファンアールトと同ポイント64ptの3位に甘んじる。
「全ての峠で戦わねばならなかった。バトルは激しかったけど、上手くいった。ファンアールトはこの先手強いライバルになるだろうし、最終週は難しいものとなりそうだ。僕はこのジャージのために戦っていく」(プールス)
フランスとアンドラの国境に聳え立つアンヴァリラの山道が、標高2000mを超えた頃、32人の逃げ集団は急激に小さくなっていった。この日を最後に途中棄権を決めていたニバリーー東京五輪に向け準備するためーーのため、トレックの残り2人が強力な牽引を行ったせいであり、高地コロンビアで生まれ育ったキンタナが、風の中で鋭いアタックを打ったせいでもあった。
ただし数人は、間違いなく、自主的に脱落していった。例えばイネオスの2人組。すでに後方では仲間たちが強力な牽引を敢行し、ポガチャルのアシストをひとり残さず吹き飛ばしていた。次は前にいた2人の番だった。フィニッシュ手前45km、アンヴァリラ山頂で、ディラン・ファンバーレとジョナタン・カストロビエホは待っていた。そこから総合5位リチャル・カラパスのために、順番に献身を尽くした。メイン集団を10人ほどにまで小さく絞り込んだ。
その山頂から下り始めた直後に、メイン集団からギヨーム・マルタンが遅れ始めた。ジャージの前ジッパーを閉め損ねたせいなのか、前日の大逃げで体力を消耗していたせいなのか。総合2位に浮上したばかりのフレンチクライマーにとって、一瞬の遅れが命取りになった。後方から追いついてきたマティア・カッタネオの後輪に張り付き、やはり「前待ち」していたルーベン・フェルナンデスも力を貸したが、もう2度とメイン集団には戻れなかった。最終的には総合ライバルたちから4分近く遅れてフィニッシュ。前日取り戻したタイムの大部分を失い、再び2日前と同じ総合9位へと陥落した。
「こうなることは予測していた。昨日の奮闘の後だけに、苦しむだろうと想像していたんだ。アンヴァリラの上りでは千切れる寸前で、下りではもはや意識が朦朧としていた。下りの最初のカーブで遅れてしまったなんて腹が立つけど、僕は全力だった。谷間でも追走にかなりの体力を失った。あとはド根性だけで走り抜いた」(マルタン)
逃げ集団のルーカス・ペストルベルガーも、総合7位の同僚ウィルコ・ケルデルマンのために脚を止めた。なによりユンボ・ヴィスマの前方3人組から、2年前のツールで総合3位ステフェン・クライスヴァイクが、9歳年下のヨナス・ヴィンゲゴーを支えようと後方へ真っ先に帰っていた。またさんざん奮闘したファンアールトは、最終峠ベシャリスの激勾配に差し掛かると同時に前線離脱。さらに一仕事へと向かうのだ。
「スタートからしばらく先の下りが難しいから、出来るだけ前にいるように……という指示に従って走っていたら、なんと3人が前に入っていたんだ。一旦前に入ってからは、エネルギーを貯めつつ、話し合って作戦を立てた。誰が区間を狙いに行くか。誰が後方へと落ち、ヨナスのサポートに回るのか、とね。そして前にいる間は、ワウトとステフェンは僕のために大いに働いてくれた」(クス)
最終峠ベシャリスでも、キンタナの強烈な一発でバトルは始まった。いまだ20人が踏みとどまっていた前方集団は、瞬く間に半分に小さくなった。続いてダヴィド・ゴデュが攻撃を試みる番だった。モン・ヴァントゥの強い日差しの下で体調を崩し、総合争いを断念したもう1人のフレンチクライマーは、共に逃げた2人の同僚の献身を結果で返すべく加速を切った。
しかし、その直後に、ふわり、とクスに飛び出された。勾配11%超の難ゾーンに差し掛かるタイミングだった。26歳の後輪にはすかさず41歳最年長バルベルデも飛び乗った。……しかしフレッシュ・ワロンヌ5回制覇の激坂巧者の脚は、直後に止まってしまう。残り19.6km。クスは完全なる独走態勢へと持ち込んだ。
「最終峠のことは良く知っていた。実はあまりに厳しすぎる山だから、それほどトレーニングで走ることはないんだけど、とにかく序盤がタフだと分かっていた。だからそこで一気に差を開いた。その後も全力で突っ走った。上り部分でバルベルデに止めを刺そうと考えたんだ。でも山頂間際で体力的に苦しくなってしまった」(クス)
山頂での両者の差は20秒。そこからフィニッシュまでの14.8kmは、ダウンヒルが待ち受けていた。本来下りは得意分野ではないけれど、「この下りには自信があった」と大胆に走り続けた若者と、プロトン屈指の下り巧者で知られながら、カーブで数度ヒヤリとしたせいで「勝つことよりも、落車しないことのほうが大切」と安全走行に切り替えたベテランの距離は、決して縮まらなかった。クスは23秒のリードを保ったまま、フィニッシュラインを越えた。
喜びを爆発させてフィニッシュするセップ・クス
「これまでたくさんのレースを勝ち、自転車界での経験が長いバルベルデのような選手に、レースの終わりに『グッド・ジョブ』と言ってもらえたなんて、本当に最高だ」(クス)
クスにとっては、2019年ブエルタ第15ステージに続く、グランツール区間2勝目。ツールでアメリカ選手が区間を制するのは、2011年第3ステージのタイラー・ファラー以来、なんと10年ぶりだった。また総合エースのプリモシュ・ログリッチを筆頭に3選手がリタイアし、5人で奮闘を続けるユンボ・ヴィスマにとっては、今大会嬉しい2勝目となった。しかもこの日の終わりにはチームメートのファンアールトが敢闘賞を、ヴィンゲゴーが総合4位から3位へと再浮上するのだ。
単に順位を上げただけではない。ヴィンゲゴーもまた、ポガチャルに対して極めて積極的に攻撃を挑んだひとりだった。なにしろ最終峠の麓でイネオス親衛隊の猛烈な牽引が終わり、カラパス本人がアタックに転じたのをきっかけに、総合表彰台候補たちの乱射が始まった。代わる代わる、繰り返し。正確に言うと、攻撃合戦に積極的に加わったのは、すでに脱落していたマルタンを除く総合上位7位以内。すなわち総合5分18秒〜6分16秒の間にひしめくリゴベルト・ウラン、ヴィンゲゴー、カラパス、ベン・オコーナー、ケルデルマンの5人が、互いに睨み合いつつ、隙あらばポガチャルをも追い落とそうという構図だ。
そして誰かが加速するたびに、ポガチャルはすかさず背中に張り付いた。ピレネー特有の焼け付くような暑さの中、ひたすら涼しい顔をしたままで。
「今日は誰もがアタックを仕掛けてきた。でも僕は調子が良かったんだ。彼らにとっては残念なことにね。だって今日は、多くの選手がチーム総出で戦いを挑んできたし、僕を失速させる絶好の日だったに違いないんだから。それにしてもツール開幕前は暑さに対して苦手意識を持っていたけれど、今週連日ひどい暑さの中で戦ってみて、今やすっかり調子よく走れている」(ポガチャル)
こうしてますます死角がなくなっていく22歳は、主要ライバルたちと揃って1日を終えた。またしても総合2位は入れ替わり、前日までの総合3位から9位は1つずつ順位を上げたが、ポガチャル自身の立場は微動だにしない。総合で実質的2番手につけるウランとのタイム差も、2週目を通して5分18秒のままだった。
147選手がアンドラ公国の首都までたどり着いた。マイヨ・ヴェールを着るマーク・カヴェンディッシュも、ウルフパック3人にがっちり守られながら、制限時間より9分近くも早く待望の休息日へと滑り込んだ。
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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