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サイクル ロードレース コラム 2021年7月5日

【ツール・ド・フランス2021 レースレポート:第9ステージ】チームにツール区間20勝目をプレゼント!真夏の凍える戦いを制したベン・オコーナー「ひたすら信じ続けた」

サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか
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【ハイライト】ツール・ド・フランス 第9ステージ|Cycle*2021

真夏の凍える戦い。朝から強い雨が降り続いた。標高2100mを超えるフィニッシュ地では、夕方遅くには気温は摂氏2度まで下がった。走り終えた選手たちは、誰もみな顔が蒼白く、その手足は自らジャージを着ることができないほどにかじかんでいた。休息日の前日の、黙示録のようなアルプス山岳ステージを、ベン・オコーナーが勝ち取った。オージーが総合2位に浮上する激走を見せた背後では、マイヨ・ジョーヌ姿のタデイ・ポガチャルが、改めてライバルたちを軽々と振り払った。

ツール初出場で区間勝利を掴んだオーコナー

ツール初出場で区間勝利を掴んだオコーナー

「ツールの区間を勝てるなんて、まるで狂気の沙汰だよ。僕の心は幸福で満たされている。出来る限りこの勝利を楽しみたいし、出来る限りこの勝利を祝いたい」(オコーナー)

ツールが新たなマイヨ・ジョーヌを迎え入れた日、黄色の6日間で祖父「ププ」の国をわかせたマチュー・ファンデルプールと、昨大会11日間イエローで過ごしたプリモシュ・ログリッチはスタートを切らなかった。それぞれに理由は異なるものの、早くも東京五輪へと意識を切り替えた2人に別れを告げ、ツール一行は今大会初の本格難関山頂フィニッシュへと走り出した。

全部で5つ登場する山岳のうち、1つ目の峠で、熾烈な戦いは勃発した。ジュリアン・アラフィリップの強烈な加速がきっかけだった。2年前、ティーニュへと向かう道の上で、「ルル」は14日間守り続けてきたマイヨ・ジョーヌを失った。土砂崩れのせいで、最後まで戦い抜くことさえ叶わぬまま。ちなみにこの2級ドマンシー峠は、フランス人最後のツール覇者、ベルナール・イノーが世界選手権優勝へのアタックを決めた伝説の坂道でもある。つまりあの日の忘れ物を取りに行くため、現役世界王者としての誇りを示すための、象徴的な攻撃だったはずだ。

山の向こうには中間ポイントが待っていた。おかげでアラフィリップの作り出した攻撃の波は、「上れる」スプリンターたちによって、手が付けられぬほどに過熱していく。ソンニ・コルブレッリが果敢に飛び出し、4年ぶりのマイヨ・ヴェールを狙うマイケル・マシューズは、チーム隊列を組んで攻め立てた。「ピュア」スプリンターたちはあっという間にグルペットへと追いやられ、まるでフィニッシュラインと錯覚するほどの激しい一騎打ちスプリントが繰り広げられた。軍配はコルブレッリに上がった。

しかも、そのまま、コルブレッリは上がり切ったスピードを緩めなかった。猛烈な突進を続け……いつしかマシューズやアラフィリップも含む40人以上の巨大な逃げが出来上がる!

もちろん山岳ジャージ姿のワウト・プールスや、「今ツールは総合ではなく区間と山岳賞を狙う」と開幕時から宣言していたナイロ・キンタナといった数々の山岳派たちが大量に紛れ込んでいた。ポガチャル率いるメイン集団が一気に落ち着きを取り戻したのに対して、逃げ集団はひたすら分裂と再合流を繰り返した。2つ目の1級山頂では遠くから飛び出したプールスと、ぎりぎりで追い上げたキンタナによる、やはりフィニッシュさながらの一騎打ち。ハンドルを投げるほどの激しさで、プールスが首位通過を果たす。

あっという間に先頭は小さく絞り込まれた。キンタナとプールス、セルヒオ・イギータ、マイケル・ウッズ、ルーカス・ハミルトン、そしてオコーナーの山岳巧者6人だけが最前線に留まった。前日も逃げたウッズが厳しいテンポを刻み、なによりキンタナ曰く「共に前進し、共に助け合った」……補給食さえ分け合ったコロンビア2人組が加速を繰り返したものだから、区間3つ目の超級プレ峠の山道でプールスが脱落。ハミルトンもついていけなくなった。キンタナが早めに独走に持ち込み先頭通過した背後で、イギータがウッズを出し抜き2位をさらい取ったのも、やはりコロンビア共闘体制のなせる業だった。

ナイロ・キンタナ

ナイロ・キンタナ

「コロンビア人同士うまく協調した。山岳ポイント収集も互いに助け合った。僕ら2人向きのステージだったし、沿道ではコロンビアファンからたくさんの応援をもらった。彼らのおかげでパワーを得た。僕らにとっては、祖国のファンに支えてもらえるのは大切なことだし、僕らがこうして戦うこともまた、彼らにとっては大切なことなんだ」(キンタナ)

ウッズを後方へと置き去りにし、とうとうキンタナとイギータは山岳賞ライバルをすべて蹴散らした。4つ目の山、1級コルメ・ド・ロズランでもワンツー通過を成功させ、キンタナが2013年以来8年ぶりの山岳賞首位に躍り出た。ところがオコーナーだけは、どうしても完全に振り払えなかった。

しかも第8ステージ終了時点で総合8分13秒遅れにつけていたオージーは、残り57km地点で「暫定」マイヨ・ジョーヌへと浮上した。前区間のとてつもない長距離アタックで、有力な総合ライバルたちに大量のタイム差を押しつけたポガチャルだが、もしかして「マイヨ・ジョーヌにまつわる義務=集団制御、表彰式、記者会見、ドーピングコントロール」を一旦放棄するつもりかもしれない……そんな憶測も駆け巡った。ただしオコーナー本人はジャージ獲りのことなど二の次だったし、ポガチャル本人も、ジャージを手放すつもりなど決してなかったのだけれど。

「マイヨ・ジョーヌのことはちっとも考えなかった。だって僕が取れるか取れないかは、決して僕個人で決められることではなかったからね。すべては後方のプロトン次第。僕はステージ優勝だけで十分だった。もちろん手に入るのであれば喜んで受け取るけれど、本当に、ステージ優勝だけに集中したんだ」(オコーナー)

そのオコーナーは、ロズランの山の上で、寒さのせいで手が完全に麻痺してしまったという。本人曰く「まるでナマケモノのようにダウンヒル」をしているうちに、コロンビア2人組に先に行かれてしまった。しかし決して諦めなかった。血の巡りをよくするため何度も手を上下にぶんぶん振り回し、ありったけのジェルを口に流し込み、ついに息を吹き返すと、谷間でまんまと2人を捕らえるのだ。

季節外れの悪天候はとうとうコロンビア人の身体機能をも弱らせた。残り22km、突然キンタナが動けなくなった。ハンガーノックだった。残り17kmでは、イギータが脱落する番だった。ティーニュへと誘う長い山道で、オコーナーはひとり先頭になった。

「ポガチャルが後方でアタックを打つかもしれないと怖かった。ただタイム差は把握していたし、このまま走り続けば、脚が痙攣して動かなくならない限り、僕が勝てると分かっていた。ひたすら信じ続けた」(オコーナー)

……不安は的中し、ポガチャルは間違いなくアタックを打つのだが、幸いにもオコーナーの独走態勢には影響を与えなかった。約9カ月前のジロでマドンナ・ディ・カンピリオ山頂への単独逃げ切り勝利を手にした25歳は、初めてのツール挑戦で、標高2107mのティーニュ山頂で両手を高く突き上げた。昨秋NTTの解散危機で移籍先を探していたオコーナーに、そのジロ勝利の翌日に手を差し伸べてくれたAG2Rシトロエンに、嬉しいツール区間20勝目を献上した。

区間上位に入ったのは、長い間先頭を突っ走っていたコロンビア2人組でも、山岳賞を追い求めるウッズやプールスでもない。少し後方で決して折れずに逃げを続けてきた集団から、マッティア・カッタネオが5分07秒遅れで2位に食い込んだ。

3位には驚くことに……コルブレッリが飛び込んだ!おかげで中間1位=20ptに区間3位=15ptを加え、ポイント賞6位から一気に3位へとジャンプアップ。ここ2日間激しく競り合ってきた2位マシューズとの差を、11ptに詰めた。一方でこの2日間タイムアウトとの戦いに明け暮れる1位カヴェンディッシュとの差は、いまだ47ptと大きい。ただし2021年大会から採用された「タイムアウト救済の場合マイヨ・ヴェール用ポイント全剥奪」という厳しいルールのせいで、サスペンスは最後まで続くのだ。

スタート地に並んだ各賞ジャージを纏った選手たち

スタート地に並んだ各賞ジャージを纏った選手たち

前日の30kmもの大アタックで、マイヨ・ジョーヌ争いに関してはサスペンスをほぼ殺してしまったポガチャルは、この日はリチャル・カラパスの加速にカウンターを打ち込んだ。残り4kmで軽々とすべてを振り払うと、そのままひどく楽しそうにフィニッシュまで走り抜けた。カラパスを筆頭とする(元)総合ライバルたちに32秒以上のタイム差を新たに押し付け、一時は失いかけたマイヨ・ジョーヌも、終わってみれば総合2位浮上オコーナーとの差をしっかり2分01秒も確保していた。

「オコーナーは本当に強かったから、僕は少し怖かった。ジャージを失ったからといって決して最悪の事態ではないけれど、でも僕は黄色が好きだからね。とにかく出来るだけ長く守りたかった。だから小さなアタックを打って、差を埋めに走った。おかげで僕はこうして好位置につけている」(ポガチャル)

今大会2枚目のマイヨ・ジョーヌと同時に受け取った「プチ・リオン(ライオンのぬいぐるみ)」を、インタビュー中のポガチャルは、ぎゅっと胸に抱きしめた。「このプチ・リオンを守るために飛び出したよ」なんて可愛いセリフも口にした22歳だが、本当の理由は、凍え切った身体をモコモコのぬいぐるみが温めてくれるからなんだとか。

3人がステージ半ばに自転車を降り、7人が制限時間(区間勝者から37分20秒遅れ)に間に合わずに、2週目を待たずに大会を去った。ほんの9日前にブルターニュから走り出した184人は、落車、起伏、悪天候に大いに苦しめられ、ティーニュの山頂ではすでに165人に減っていた。幸いにも翌日は1回目の休息日。移動は一切なく、天気予報は晴れ。いまだバブルの中ではあるけれど、選手たちは、ほんのつかの間のリラックスタイムを静かな山の上で過ごす。

文:宮本あさか

宮本あさか

宮本 あさか

みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。

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