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【ツール・ド・フランス2021 レースレポート:第8ステージ】怪物が力の差を見せつける激走でマイヨ・ジョーヌ奪還!タデイ・ポガチャル「攻撃は最大の防御なり」
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか無料動画
【ハイライト】ツール・ド・フランス 第8ステージ|Cycle*2021
あらゆるサスペンスは完全に止めを刺された。大会最初のアルプス本格山岳ステージで、タデイ・ポガチャルが、総合ライバルをひとまとめに粛清した。山道で恐ろしい加速を切り、ラスト30kmをほぼ独走すると、逃げ選手たちさえ、ただ1人を除きすべて飲み込んだ。その例外の1人がディラン・トゥーンスで、凍える身体で自身2つ目のツール区間勝利をもぎ取った。最終的に4位でフィニッシュラインを越えたポガチャルは、昨秋はたったの1日しか着て走れなかったマイヨ・ジョーヌを、今回は開幕からちょうど1週間目にしっかりと着込んだ。
マイヨ・ジョーヌに袖を通したポガチャル
「ツールを殺してなんかいないよ!まだ先は長いし、なんでも起こり得る。今日は僕がタイム差をつけたけど、明日は誰かが同じことをするかもしれない。決して終わってはいないんだ。もちろん今日手に入れた地位を、僕は100%守りに行く」(ポガチャル)
昨夜から降り出した雨は、神秘的なまでに、山の緑を美しく濡らした。前日の長い長いステージの気だるい疲れは脚に残っていたし、開幕直後に相次いで襲い掛かった落車の傷もいまだ癒えてはいなかった。しかもスタート直後からいきなり道は起伏含みで……、大虐殺の条件は揃っていた。
なにより0km地点からヨーイドンで、クレイジーなアタック合戦が始まった。ワウト・プールスの猛烈な突進に、数々の脚自慢たちが追随した。ピュアスプリンターの大多数は瞬殺グルペット行きで、生き残ったマイヨ・ヴェール候補者たちはさらなる加速を強いた。マイヨ・ジョーヌ着用の最後のチャンスを逃したくない総合2位ワウト・ファンアールトは果敢に飛び出したし、因縁のライバルに黄色い衣を譲りたくないマチュー・ファンデルプールは自ら集団を牽引した。山道のいたるところで異なる戦いが勃発し、あちこちでせわしなく競り合いが続いた。
これがゲラント・トーマスとプリモシュ・ログリッチの息の根を完全に止めた。第3ステージの落車で脱臼した肩を、だましだまし前日までそつなく走って来た2018年ツール総合覇者は、スタート5kmほどで早くもスピードに耐えられなくなった。同じ日の転倒で頸椎と骨盤に痛みを抱え、前夜すでにタイムを失っていた昨ツール総合2位もまた、30km粘るのが限界だった。1週間前にはツール総合優勝大本命に挙げられていた両者は、この日は区間勝者から35分01秒遅れでフィニッシュラインにたどり着いた。グランツール総合7勝のクリス・フルームや、寒さに耐え切れず後退した元ブエルタ総合王者アレハンドロ・バルベルデも、同じグルペットで1日を終えた。
バイクエクスチェンジ隊列の集団制御のおかげで、44.8km地点の中間ポイントを前に、一旦すべてのアタックは強制回収された。先頭通過を果たしたのは、チーム所属のマイケル・マシューズではなく、ライバルのソンニ・コルブレッリだった。
もちろんスプリントの勢いそのままに、プロトンは改めて熾烈なアタック合戦へと没頭していく。くっついたり離れたりしているうちに、なんと25人ほどの先頭集団にポガチャルが滑り込んでしまったことさえ!またファンアールトの一撃に、やはりポガチャルが対応に向かう姿も見られた。
その直後の3級山岳をきっかけに、残り93km、再びプールスが毅然として飛び出していく。すぐさま単独走行に持ち込むと、続く4級もひとりで上り詰めた。同じ頃、後方では、18人の大きな逃げ集団が次第に形成されつつあった。そして残り78km。メイン集団前列でUAEチームエミレーツとイネオス グレナディアーズがついに蓋を閉めた。ステージのちょうど半分に達した時点で、ようやくどのチームも納得する逃げが出来上がった。
ただし激しい雨の中、選手たちにはそれほどゆっくり息をつく暇などない。メイン集団は大急ぎで補給や体制の立て直しを行う必要があったし、いくつかの脱落集団は必死の追走に打ち込んだ。20kmかけてひとつになったプールスと18人さえも……10kmもたたぬうちに再びばらばらに解体する。
1級山頂争いをプールスが楽々と制した後、3選手による「独走」タイムが始まったせいだった。まずは濡れた下りを利用しセーアン・クラーウアナスンが単独先頭に立つ。続く1級ロム峠の激勾配では、マイケル・ウッズがひとり旅を選んだ。さらに最終1級コロンビエールの山道に入ると、激しく顔ぶれが入れ替わる追走集団から抜け出し、トゥーンスが孤独な追走を行った。残り18kmでウッズに合流し、3km先で振り払うと、やはり単独でフィニッシュへと急ぎ始めた。
そう、トゥーンスには急ぐ理由があった。はるか後方から、怪物がひとり、猛烈に追いかけてきていたから。
メイン集団ではUAEが隊列を組んだ。前日は望まぬ形でチームメートを働かせたポガチャルが、この日は精力的に主導権を握った。逃げには最大6分の余裕を与えた。ロム峠に入ると、イネオスが最前列に横並びしてきたけれど……ダヴィデ・フォルモロの鬼気迫る牽引で退けた。
ファンデルプールはこの日マイヨ・ジョーヌを脱いだ
このフォルモロの刻む強烈なテンポに耐え切れず、残り35km、マチュー・ファンデルプールは集団から脱落していった。6日間守り抜いてきたマイヨ・ジョーヌを、ついに脱ぐ時がやって来た。
「もう少し長く粘れたかもしれない。でも、その後もまだ山が残っていたし、マイヨ・ジョーヌを守るのがあまりにも難しいことは分かっていたんだ。だから自分のペースでフィニッシュまで走ることに決めた。予想よりも長くジャージを着ることができたし、素敵な区間も1つ勝った。今大会でこれ以上手に入れるべきものなど、僕にはもうないんだ」(ファンデルプール)
ポガチャルは長々と待たなかった。その直後だ。イネオスのアシストたちの調子がそれほど良くないことを察知すると、自ら大きな一撃を振り下ろした。フィニッシュまで約32km。直線的に切られた鋭い加速に、ただリチャル・カラパスだけが反応した。ほかには誰一人として抵抗する者も、抵抗できる者もいなかった。そのカラパスも、昨ツール覇者の再度の加速に、あっけなく振り落とされた。22歳ポガチャルの、無謀にも見える、独走の始まりだった。
「攻撃は最大の防御なり。最終3峠に入る前に、僕は動こうと決めたんだ。チームメートたちにもこう伝えた。『トライしよう、レースを壊しに行こう』って。その通りのことを僕はやり遂げた」(ポガチャル)
上りでも、下りでも、勢いは決して弱まらない。それどころかはるか先を逃げていたはずの選手を1人、また1人ととらえていく。プールスを追い抜き、ヨン・イサギレやウッズを抜き去り、あと目の前を逃げているのはトゥーンスだけ……。ただし、そのトゥーンスは、ポガチャルの12秒前にコロンビエール山頂を越えていた。文字通り危機一髪。
「歓声がすごくて、無線が良く聞こえなかった。でも12秒という数字が聞こえなかったのは、逆にラッキーだったのかも(笑)。山頂を先頭通過すれば勝利のチャンスがあるとは分かっていたけれど、その後の下りは慎重にこなしたんだ。ひどく滑りやすかったし、コーナーで何度もホイールが横滑りするのを感じたから」(トゥーンス)
幸いだったのは、コロンビエール山頂を2位通過し、ボーナスタイム5秒を手に入れたポガチャルもまた、ダウンヒルを用心深く行ったこと。追い越したはずのイサギレやウッズに、再び追いつかれるほど、安全を優先した。おかげでトゥーンスはタイム差を12秒から再び開き……フィニッシュラインに悠々トップで滑り込んだ。ほんの2週間前に亡くなった祖父を想い、雨雲に覆われた天を指さしながら。
大歓声に包まれてフィニッシュしたトゥーンス
「2年前にツールで区間勝利を手に入れた時、新聞記者が祖父母を取材したんだけど、2人は僕のことをすごく誇らしく思ってくれたんだ。今回もきっと、祖母は、僕を誇らしく感じていてくれてると思う。今この瞬間をひとりで過ごしている彼女が、苦しんでいないよう願ってる」(トゥンス)
その2年前に、「スーパー」プランシュ・デ・ベルフィーユの激坂の頂点を勝ち取ったトゥーンスにとって、ツール区間2勝目。ベルギー選手が山岳ステージを2つ以上制したのは、なんでも1970年代後半から80年代前半にかけ山岳王として活躍したルシアン・ファンインプ以来の快挙なんだとか。また所属チームのバーレーン・ヴィクトリアスにとっては、前日のマテイ・モホリッチに次ぐ2日連続の区間勝利。山岳ジャージもモホリッチからプールスへと、チーム内に留めた。
トゥーンスから49秒遅れでポガチャルは激走を終え、そのポガチャルが置き去りにしてきたメイン集団は、9人にまで人数を減らして4分09秒差でフィニッシュ。カラパスもしばらくは追走を試みたが……結局は元のメイン集団で1日を終えている。またフォルモロの加速がきっかけで集団から脱落しながらも、決して投げ出さずに孤独な奮闘を続けたファンアールトは5分45秒遅れ。マイペースを刻んだファンデルプールは21分47秒を失った。
そしてディフェンディングチャンピオンの肩に、黄色いジャージが戻ってきた。なにより総合2位ファンアールトに1分48秒差を、総合3位以下には早くも4分38秒差と、まるでシャンゼリゼの最終成績のような大きなタイム差を押し付けてしまった。
「今後もあらゆる山岳ステージでアタックを打つかどうかなんて分からない。おそらくは、しないだろうな。今年の第1週目は本当に厳しくて、明日もまた最高に難しいステージが待ち構えている。このステージが何かを変えてしまう可能性だってある。だから僕はベストを尽くしつつ、少し守備的な走りも心掛けていくつもり」(ポガチャル)
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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