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サイクル ロードレース コラム 2021年6月6日

【クリテリウム・ドゥ・ドーフィネ 第7ステージ:レビュー】苦労人パデュンが超級山岳征服でワールドツアー初勝利「夢なら醒めないで!」

サイクルロードレースレポート by 福光 俊介
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マーク・パデュン

マーク・パデュン

これまで、ツール・ド・フランスではいくつもの名勝負が生まれた超級山岳ラ・プラーニュ。今回はクリテリウム・ドゥ・ドーフィネと、レースこそ異なるがまた1つ、新たな伝説が生まれた。

前日までで個人総合95位にとどまっていたマーク・パデュン。開幕以降調子が一向に上がらず、8日間を走り切ることすら無理だと思っていた。だから、得意の山岳とはいえ上位陣ひしめく集団に潜り込めたこと自体驚きだった。もう、失うものは何もなかった。

リッチー・ポートのアタックに難なく反応すると、今度は自らの力でもってチャンスを広げた。攻撃を繰り返し、フィニッシュまでの4.7kmを独走に。総合争いに関係しないとあり、先行を許されたことも幸いした。誰に追われることもなく、いの一番にラ・プラーニュの頂上に到達した。

「フィニッシュラインを越えたとき、夢なら醒めないでくれと思ったよ。でもこれは現実だったんだ」(マーク・パデュン)

クリテリウム・ドゥ・ドーフィネは大きな局面を迎えた。第7ステージは、サン=マルタン=ル=ヴィヌーからラ・プラーニュまでの171.5km。中盤に上る超級山岳コル・デュ・プレ(12.6km、7.7%)と、直後の2級山岳コルメ・ド・ロズランは、先に控えるツール・ド・フランスの第9ステージでも採用される。一部ツールと同じルートを走って、最後に上るのがこの日2つ目の超級山岳ラ・プラーニュ(17.1km、7.5%)。頂上のフィニッシュをめがけて、ステージ優勝とマイヨ・ジョーヌを賭けた争いが激化するのは必至だった。

リアルスタート直後からハイペースで進行し、70km地点を目前にようやく逃げが決まる。5人の先行をきっかけに、数人ずつのパックが追走。やがて9人の逃げグループがリードを開始した。

この逃げはコル・デュ・プレやコルメ・ド・ロズランで人数を絞りながら、終盤まで先頭を走り続けた。ラ・プラーニュの入口でミケル・ヴァルグレンが飛び出すと、上りを得意とするピエール・ロランやケニー・エリッソンドが追随。しかし、メイン集団も前日のアレハンドロ・バルベルデの勝利で勢いづくモビスター チームのコントロールで着々と進行。逃げていた選手たちは常に射程圏内に捉えられており、ラ・プラーニュの中腹までに全員が捕まった。

フィニッシュまでの10kmはメイン集団による勝負になった。まず、好調バルベルデが前日の言葉通りにミゲルアンヘル・ロペスとエンリク・マスのためにハイペースで牽引を開始。これで集団をふるいにかけると、バルベルデの牽引が終わったのを見計らって今度はポートがアタック。ここに乗ったのがパデュン、マス、セップ・クス。

さらに700mほど進んだところでパデュンがカウンターアタック。クスだけがチェックに動き、ポートとマスは一定ペースで上ることを選択した。

パデュンはなおも攻撃を繰り出す。残り4.7kmで再びアタックすると、ついにクスも付ききれなくなった。

「何度か同じレースを走っていて、彼のことは知っていた。ただ、想像していた以上に今日は強かった。あそこまで強いと、負けても仕方がないと思えるね」(セップ・クス)

後ろでは目まぐるしく展開が動いていたが、そんなことをよそに今大会屈指の上りをこなしてみせたパデュン。最後の1kmはバイクの上で体を揺らして懸命のクライミングだったが、誰からも追撃されることなく独走で上り切った。

「UCIワールドツアー初勝利がドーフィネの最も難しいステージだなんて信じられない。今日はトップ10フィニッシュできれば十分満足だと思っていたけど、それ以上のものが手に入った」(パデュン)

もちろん、個人総合順位だけでその選手の力を図ることはできないが、95位からの逆襲には誰もが驚いたに違いない。ただ、彼のこれまでの人生を思うと、どこかこの結果も自然に思えてくる。

出身地のウクライナ・ドネツクは、2014年から続く同国東部の紛争で壊滅的な被害を受けた。ちょうどジュニアからアンダー23へと上がるタイミングで、地元では戦闘が激化。大好きな自転車を奪われまいと、イタリアへ渡って自力で所属チームを探した。国内の情勢がいまなお落ち着かないこともあり、なかなか故郷へは帰れない日々が続いている。

最近も苦難の連続だった。新型コロナ禍によるシーズン中断に見舞われた昨年は、チームからの給与支払いが滞った。それでも、周囲の心配に対して「必ず後払いしてくれる」と、決してチームを悪く言わなかった。もっとも、未完成である自分の走りを見出してくれたのは、このチームだから。今年だってジロ・デ・イタリアを目指していながら結果を残せずメンバーから外されたが、自らを奮い立たせて別の形でチームに貢献できる方法を模索してきた。

そんな逆境に立ち向かう姿勢が、今大会にも表れた。不調にあえいだ6日間を吹き飛ばす会心のステージ優勝。フィニッシュ直後に見せた底抜けの明るさは、いつだって前向きな「マーク・パデュンの象徴」だ。

さて、パデュンが歓喜する後ろでは、個人総合上位陣が別のレースを展開。前を行くポートらを目指して、メイン集団からロペスやベン・オコーナー、ダヴィド・ゴデュが次々とアタック。ロペスとオコーナーに一度は追いつかれたポートだったが、残り1kmで一気に攻撃。ともに走ってきた選手たちを振り切ると、2番手を走っていたクスもパス。そのままステージ2位を確保。以降、続々と選手たちがラ・プラーニュの登頂を果たした。

マイヨ・ジョーヌでこのステージに臨んだアレクセイ・ルツェンコもステージ10位とまとめたが、十分なタイム差を得て走り切ったポートがジャージを奪取。最終日を前に、個人総合首位に立った。

リッチー・ポート

リッチー・ポート

「モビスター チームが長時間コントロールしていたが、徐々に人数を減らしていたので、攻撃するチャンスがあると思っていた」(リッチー・ポート)

イネオス・グレナディアーズは、第5ステージでゲラント・トーマスが勝ち、テイオ・ゲイガンハートも控える強力布陣。そんななかで、ポートの立ち位置はリーダー格なのか、はたまたアシストなのかがいまひとつ見えてこなかった。ただ、これではっきりした。

「明日何が起ころうとも全力を尽くして、このジャージを家に持ち帰りたいと思う」(ポート)

「結局イネオスは誰がメインのリーダーなのか」という話題が熱を帯びそうな流れになりつつあるが、何はともあれ、彼らはドーフィネのタイトルをかけて残り1ステージに挑む。

その最終・第8ステージは、147kmのルートに6つの上りを詰め込んだ。中盤に1級山岳コロンビエール峠(11.7km、5.8%)、終盤には超級山岳コル・ド・ジュ・プラーヌ(11.6km、8.5%)を通過するが、例年チーム戦や奇襲戦となるのがドーフィネの最終ステージ。上級山岳にとどまらず、どのカテゴリー山岳でも何かが起きる可能性が秘めている。「ドーフィネはいつも最終日に何かが起きているし、ジャージを持っていても簡単にレースを運べるとは思っていない」とポート。誰にとっても、覚悟の1日がやってくる。

文:福光俊介

福光 俊介

ふくみつしゅんすけ。サイクルライター、コラムニスト。幼少期に目にしたサイクルロードレースに魅せられ、2012年から執筆を開始。ロードのほか、シクロクロス、トラック、MTB、競輪など国内外のレースを幅広く取材する。ブログ「suke's cycling world」では、世界各国のレースやイベントを独自の視点で解説・分析を行う

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