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サイクル ロードレース コラム 2021年5月17日

【ジロ・デ・イタリア2021 レースレポート:第9ステージ】2019年ツール・ド・フランス総合覇者が涙のマリア・ローザ「すごく難しい2年間を過ごして来た。メンタル的にも、フィジカル的にも」

サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか
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マリア・ローザを着たベルナル

マリア・ローザを着たベルナル

未舗装路を雄々しく駆け上がったエガン・ベルナルが、初めての区間勝利で嬉し涙を流した。豪胆さと繊細さを持ち合わせる2019年ツール・ド・フランス総合覇者が、大会1週目の終わりに、2021年ジロ・デ・イタリアの覇権を掌握した。

「信じられない。ここまで来るまであまりにたくさんのことが起こったし、ジロはこの先もまだ長い。でもこの勝利が、このマリア・ローザが、僕にとってはすでに大きな価値を持つものなんだ」(ベルナル)

クレイジーだったのは、なにもラスト1.6kmの土の道+激坂だけではない。全長158kmのステージの、ほぼ最初の半分で、凄まじい飛び出し合戦が繰り広げられた。逃げても逃げても引きずり下ろされ、飛び出してはその尻尾をぱくりと捕まえられる。

とりわけバーレーン・ヴィクトリアスが執拗に猛攻を試みた。前方に待ち構える4つの山岳を目指し、青ジャージ姿のジーノ・マーダーは幾度も突進し、第6ステージでそのマーダーの区間勝利を後押ししたマテイ・モホリッチも、鋭い加速を切り続けた。しかも、この2人が前方に揃ったタイミングで、つまりスタートから35.6km地点に構える2級峠山頂の手前で……なんとダミアノー・カルーゾがメイン集団から飛び出した!

総合エースのミケル・ランダを第5ステージの落車リタイアで失い、急遽代替リーダーを務めるカルーゾは、39秒差・総合6位という極めて好位置につけていた。こんな危険人物は超攻撃的態度で前方へのブリッジを成功させると、後方メイン集団に30秒ほどの差を開けた。出来上がった25人ほどの集団には、総合12位ダニエル・マルティネスも紛れ込んでいた。

マーダーが山頂で順調に1位通過を果たし、そこから30km続く、長い下りをハイスピードでこなしている最中のことだ。やはりバーレーンがきっちり逃げ集団を先導し、マーダー、モホリッチ、カルーゾの順で下っていた。ところが前から2番目につけていたダウンヒル巧者がバランスを崩すと……自転車ごと大きく前転。空中に投げ出され、頭から地面に落下してしまった。自転車はフロントフォークの付け根から真っ二つになったが、幸いにモホリッチの命に別状はなし。

一度は立ち上がって自転車をつかんだモホリッチだが、UCI国際自転車競技連合の定めるルール(13.3.064脳震盪の疑いのある場合は即時レースを棄権させ、精密検査を受けさせること)に従い、救急車で大会を去っていった。同日夜には、本人が「僕は大丈夫。最高にラッキーだった。骨折もなし。ちょっとした脳震盪だけ。今のところは頭痛もない」とSNSに投稿している。

結局のところカルーゾを含む逃げは、総合10位サイモン・イェーツ率いるバイクエクスチェンジの追走で、ほんの少し先でメイン集団に回収された。

さらにもう1度だけ小さな試みが握りつぶされた後、スタートから70km、ついに流れが変わる。サイモン・カーが飛び出し、それに反応した一団が後を追いかけ始めると……グルパマ・FDJがメイン集団前線で横一列に並んだ。忙しすぎる時間はようやく打ち止め。17人の逃げが出来上がり、あっさり3分半ほどのタイム差を許された。

マーダーが乗れなかった集団には、グランツール山岳賞経験者のニコラ・エデ(2013年ブエルタ)、ルイスレオン・サンチェス(2014年ブエルタ)、ジョヴァンニ・ヴィスコンティ(2015年ジロ)、ジョフリー・ブシャール(2019年ブエルタ)、ルーベン・ゲレイロ(2020年ジロ)が勢揃いした。さらには総合争いの失敗を区間勝利で取り戻したいジョージ・ベネットを筆頭に、バウケ・モレマ、トニー・ガロパン、ディエゴ・ウリッシと、とてつもない強豪が揃っていた。

しかし17人の中で、最終的になにかをつかみ取れたのは、ただブシャール1人だけだった。1つ目の山岳でもマーダーに続く3位通過を果たしたフレンチクライマーは、続く2つの山で1位通過を成功させ、1日の終わりには山岳賞首位に立った。ただし青ジャージをもらっても、どうやらちっとも嬉しくなかったようだ。インタビュー中には、ベルナルとは違う意味で、涙も出た。

「区間勝利しか追い求めていなかった。それが唯一の目標だった。今日の僕に足りないものなどなかった。脚もあった。前に行く運にも恵まれた。最後は独走にも持ち込んだ。でも勝利の女神は、僕には微笑まなかった」(ブシャール)

ミサイルのように一気に後続を突き放したベルナル

ミサイルのように一気に後続を突き放したベルナル

残り9.5kmでブシャールは加速を打つと、ライバルたちを置き去りにし、勇敢にフィニッシュを目指した。全長6.6kmの最終峠に真っ先に挑みかかると、ラスト3kmのトンネルも、ラスト1.6kmから始まる未舗装路も、ひとり先頭で飛び込んだ。残り1.1kmでクーン・ボウマンに合流されるも、残り400mまでは、2人で並走を続けた。ボウマン曰く「ミサイルのように飛んできた」ベルナルに、追い抜かれるまでは。

グルパマ・FDJが8人全員で隊列を引き続けたメイン集団では、残り33km、満を持してイネオスが制御権をむしり取る。ベルナルの指示ではなかった。エース自身は単に「他の選手からタイムを失わぬこと」を第一目標に掲げていた。しかしチームメートたちが、自発的に、エースを勝たせるために働き始めたのだという。

「チームメートたちは僕を信頼してくれた。僕自身は確信がなかったのに、彼らが『君はできる。僕らが君のために主導権を取る。その後はなるようになるさ』と言ってくれたんだ」(ベルナル)

仲間のために一肌脱いた擲弾兵たちは、高速テンポを刻み、その時点で3分あった逃げ集団との差を急速に縮めていく。最終登坂には2分差で突入し、トンネルにはブシャールの約1分後に入った。

そのトンネルを先頭で抜け出したのが、イネオス隊のジョナタン・カストロビエホとジャンニ・モスコンだった。前者がこの日最後のアスファルト部分で最後の力を振り絞ると、グラベル路では、後者がまるで輓馬のように力強く牽引した。もちろん背負うはエースのベルナル。小砂利を跳ね飛ばす勢いで突進し、残り600mまで見事にアシスト作業を全うした。

そのタイミングでアレクサンドル・ウラソフがアタックを仕掛けるも、「あの路面でバイクの安定を保つのが難しかった」せいで、すぐさまベルナルに先頭を奪い返された。その背中にはジュリオ・チッコーネがすかさず飛び乗ったが、目の前のベルナルが「フロントギアを53Tに切り替えたのを見て、自分のテンポで上ることに決めた」。

あとはがむしゃらにペダルを回し、400mで逃げの2人を追い抜いた。ジュニア時代にマウンテンバイク世界選手権で2度メダルを手にしたベルナルは、勾配12%にまで達する土の道で、ひたすらダンシングを止めなかった。遠ざかる様子を一番近くで見ていたチッコーネはその様子を「ベルナルは別次元にいた」と表現し、本人は「自分自身の世界にいた」と語る。

「完全に集中しきった状態だった。ラスト1.5kmは全力だった。周りの様子など見ていなかった。他を突き放せたのかどうかさえ気にしなかった。ただ自分に言い聞かせた。『4分間フルガスでいけ。後はなるようになるさ』って」(ベルナル)

フィニッシュラインで両手を上げなかったのは、タイムを少しでも稼ぐため……ではなく、自分が先頭を走っているかどうかさえ定かではなかったから。それほど自らの走りだけに集中した終わりに、待ちに待った区間勝利が自らのもとへとやってきた。

フィニッシュ後に笑顔を見せるベルナル

フィニッシュ後に笑顔を見せるベルナル

「2019年ツール以来、すごく難しい2年間を過ごして来た。メンタル的にも、フィジカル的にも。だからこうして勝つことができたのは、僕にとってもチームにとってもとても大切なこと。自分が勝ったのだと気が付いた時、すごい感動に襲われた」(ベルナル)

2019年ツール・ド・フランスでは1区間も勝てぬままーーただし第19ステージは先頭で逃げており、季節外れの雹のせいで山道が通行不可能にさえならなければ、区間優勝していた可能性は大いにあったーー、マイヨ・ジョーヌに輝いた、昨夏のツールは背中の痛みに苦しみ、タイトル保守どころか、完走すら出来なかった。だからこそ4度目のグランツール参戦で初めて手にしたステージ勝利に、正々堂々と手に入れたマリア・ローザに、嬉し涙がこぼれた。

好調チッコーネとウラソフは7秒遅れで、レムコ・エヴェネプールとダニエル・マーティンは10秒遅れで山頂にたどり着いた。昨大会総合4位のジョアン・アルメイダに引かれ、好位置についていたはずのエヴェネプールだが、本人の証言によればトンネル内でイネオスの1人と接触しそうになり、位置を大きく落とした。そこから順位を回復したのはさすがとも言える。またステージ前半を大きく盛り上げたカルーゾは、他の主要総合エースたちと共に12秒差でフィニッシュ。アッティラ・ヴァルテルは49秒差で1日を終え、3日間まとったマリア・ローザを脱いだ。

総合ではフィニッシュでボーナスタイム10秒も手にしたベルナルが首位に立ち、2位エヴェネプールは15秒差に付ける。ウラソフは21秒差の3位に、チッコーネは36秒差の4位に浮上し、ヴァルテルもいまだ43秒差の5位に留まる。もちろん6位・44秒差ヒュー・カーシー、7位・45秒差カルーゾ、8位・51秒ダン・マーティン、9位・55秒サイモン・イエーツと、まだまだ総合争いはかなりの密集状態のまま。

いつもより長い大会1週目。普通ならばこの9日目を終えれば、翌日は嬉しい休息日のはずだ。しかし2021年のジロは、休息日前にあと1日、ステージが残っている。休息日前日の第10ステージと休息日には「バブル」内の関係者、つまり選手、チームスタッフ、開催スタッフ等々のPCR検査が行われる予定だ。ちなみに開幕からの9日間で行われた簡易テストは全員陰性だった。本検査でも全員陰性を祈りたい。

またコロナウイルス感染の後遺症に苦しむトーマス・マルチンスキーは、この日の朝に大会を離れた。同じチームのジャスパー・デブイストも今区間中にリタイアし、ロット・スーダルは早くも5人に人数を減らした。

文:宮本あさか

宮本あさか

宮本 あさか

みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。

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