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サイクル ロードレース コラム 2021年5月14日

【ジロ・デ・イタリア2021 レースレポート:第6ステージ】22歳ヴァルテルが生まれて初めてのマリア・ローザを射止めた「僕には山をこなせる脚がある。人生をかけて戦った」

サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか
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アッティラ・ヴァルテル

マリア・ローザのアッティラ・ヴァルテル

本懐達成。前夜チームのためにステージ優勝を誓ったジーノ・マーダーは、フィニッシュまで全力で逃げ切り、マリア・ローザ獲りを胸に秘め今区間に臨んだアッティラ・ヴァルテルは、母国ハンガリーに史上初のグランツール総合リーダージャージをもたらした。一方で予定を急遽変更し、攻撃に転じたのはイネオス・グレナディアーズ。行軍の指揮を取ったエガン・ベルナルは、全ライバルからわずかながらタイムを奪った。

「昨日は悲しい1日だった。落車でミケル(ランダ)を失ってしまった。だから今日は、ミケルの名誉のために走ろう、そうチームのみんなで決めたんだ。こうして努力が報われて、心から幸せだよ」(マーダー)

すさまじいアタック合戦で、今大会初の山頂フィニッシュステージは幕を開けた。大量の選手が飛び出した。一時は20人近い選手が前方へ遠ざかった。しかし総合でわずか1分37秒遅れのアルベルト・ベッティオルに加えて、フィリッポ・ガンナやレミ・カヴァニャといったプロトン屈指の強脚が紛れ込んでいたものだから……慌ててイスラエル・スタートアップネーションが回収に走った。マリア・ローザのアレッサンドロ・デマルキが、「総合3分以内の選手は逃さない」と宣言していたからだ。

誰も簡単には諦めなかった。中でもすでに最初の大集団に参加していたマーダーが、繰り返し加速を試みた。第5ステージ終盤の落車で、総合エースのランダが即時帰宅を余儀なくされたが(同時に落車した2人、ジョセフロイド・ドンブロウスキーとフランソワ・ビダールも今区間不出走)、マーダーもバーレーン・ヴィクトリアスも、決して失意の底に沈み込みはしなかった。数度あえなく後方に引きずり降ろされたが、最後の試みが上手くはまった。同僚マテイ・モホリッチと共に、タンデムさながらに飛び出したのだ。

「チームは新たな目標を定めた。アグレッシブに走ろう、総合争いとはまた別のやり方でレースに参加しよう、と。それにマテイが僕を信じてくれた。昨日の夜、『今日は君が勝ちに行くステージだ』と、言ってくれたんだ」(マーダー)

モホリッチの強力な牽引で、スタートから22km、ついにエスケープが完成する。バーレーン2人組の企みに飛び乗ったのはジミー・ヤンセンス、シモン・グリエルミ、ダリオ・カタルド。メイン集団が蓋を閉める前に、シモーネ・ラヴァネッリも飛び出した。

ほんの数キロ先で、やはり1つ目の大集団メンバーだったバウケ・モレマとジョフリー・ブシャールも、再アタックを決意する。ただしラヴァネッリがあっさり追いついた一方で、後発2人は30km以上もの追走を余儀なくされた。やはりモホリッチが脚を緩めなかったせいだ。

残り100kmほどでようやく先頭8人が合流した背後では、イスラエルがタイム差制御に努めた。総合3分58秒遅れのマーダーを警戒し、リードは最大5分半しか与えなかった。激しい雨の中、その後も黙々とマリア・ローザを守り続けた。

しかしステージ中盤に連なる山ーー2級と3級ーーを利用して、イネオスが突如として集団前方を奪い取る。2つの山頂をつなぐ尾根には、強い風が吹き抜けていた。本来の計画はベルナル曰く「タイムを失わないよう、保守的に走ること」だったが、この風にチャンスを感じ取った。

逃げに乗れなかった代わりに、ガンナがここぞとばかり強烈なテンポを強いた。風になどびくともしない巨躯が、集団を非情にも引き裂き、2日前にそのガンナからマリア・ローザを奪い取った張本人は、いつしか後方へと吹き飛ばされた。2つ目の山頂にたどり着く頃には、デマルキの遅れはすでに1分以上にも達していた。1日の終わりにはピンクの衣を脱ぎ、23分20秒遅れの58位へと後退した。

イネオスの猛加速で、逃げる8人とのタイム差も急速に縮まった。残り60km、やはり2つ目の山頂で、もはや余裕はたったの2分半。しかし、ここでも、モホリッチの献身が光る。競技ルールの改正により……トップチューブに腰を下ろしたままペダルを回す、いわゆる「モホリッチ乗り」こそ封印されたが、プロトン屈指の名ダウンヒラーであることに変わりはない。続く40km以上ものダウンヒルで、逃げの半分が消えていった一方で、モホリッチはマーダーを背後に従え、安全かつ最適な軌道を描き続けた。

ちなみに2018年ツール・ド・ラヴニールでは、とてつもない下り特攻で区間勝利と総合3位を実現させたマーダーだが、プロ入り後に下りで落車して以来、どうやらいまだ恐怖を克服できていないのだとか。「スーパーストロング」なモホリッチが側にいてくれたのは幸いだった。おかげで最終登坂の入り口、残り15.5km地点まで来ても、2分半の余裕は変わらなかった。

この長い下りを利用して、イネオス率いる集団から、ベッティオールが特攻を試みたこともあった。ジュリオ・チッコーネとロマン・バルデという、雨も下りも得意なクライマーも共鳴。後続を最大50秒ほど引き離した。ただ最終的に後者2人が「あれは戦術ミスだった」と認めたように、マリア・ローザが欲しいベッティオールが激しく活を入れ続けたにも関わらず、リードは再び減っていく。モホリッチ&マーダーとは対照的に、3人は山の麓で、メイン集団に回収された。

「あまりにエネルギーを浪費しすぎた。下りきったらすぐに最終登坂が始まると思っていたのに、実際はしばらく平地が続いたし、そこで向かい風を食らってしまった」(バルデ)

カタルドとモレマを含む4人になった先頭集団を、モホリッチは勇敢に引き続けた。先頭交代など一切要求しなかった。そして残り13.7km、後方へとゆっくり脱落していった。次は同僚から託された責任を、マーダーが果たす番だった。残り3.3kmで1人飛び立った。ほんの数百メートル後方では、ほぼ同じタイミングで、熾烈な総合バトルが勃発していた。

区間勝利のジーノ・マーダー

区間勝利のジーノ・マーダー

「独走に入ってすぐ、パリ〜ニースのことを考えた。もしかしたら同じことが起こってしまうかもしれない、と怖かった」(マーダー)

そう、3月のパリ〜ニース第7ステージでは、フィニッシュラインまであと20mのところで、後方から追い上げてきたプリモシュ・ログリッチに抜き去られた。あの日はラスト1kmのアーチをくぐり抜けた時、リードは20秒しかなかった。対するこの日は35秒。心配になって何度も振り返ったが、今度こそ逃げ切れた。ラスト100mは勝利を楽しむちょっとした余裕さえあった。

「あの日得た教訓は、周りのことなど気にせずに、フィニッシュまで全力を尽くさねばならないということ。自分に影響を与えられるものがあるとしたら、それは自分自身だけなのだから」(マーダー)

ジーノ……つまりイタリア自転車界の英雄ジーノ・バルタリと同じファーストネームを持つスイス人の、生まれて初めてのグランツール区間勝利。山岳ジャージさえついてきた。残す15日間もチームと共にアグレッシヴに走るつもりだし、我らが新城幸也のルームメートは、「次は誰か他のチームメートのために喜んで働くつもり」と宣言する。

最終的にマーダーを12秒差にまで追い詰めることになる後続は、やはりイネオスの主導の下で加速を続けていた。すでに70km近く鬼気迫る牽引を行ってきたガンナが、残り10kmまで全力を尽くし、続けてジョナタン・カストロビエホが、後輪パンクにも構わず引き倒した。残り3kmではダニエル・マルティネスが飛び出した。サブリーダーのアタックで、ライバルチーム、特にウルフパックに揺さぶりをかけた。

そして残り2km。満を持して英国軍団のエース、ベルナルが動いた。2019年ツール総合覇者の加速にチッコーネがすかさず張り付き、レムコ・エヴェネプールが背後にライバルを引き連れつつ穴を埋めた。その後もベルナルは何度も畳み掛けた。残り1km、もはや背後に残っているのは、チッコーネ、エヴェネプール、そしてダン・マーティンの3人だけとなった。

エガン・ベルナル

ライバルを牽引するエガン・ベルナル

「最後は向かい風が強かった。だから後輪についている選手たちは、むしろ体力を温存することができた。つまり正確には、作戦成功、とは言えないんだ」(ベルナル)

最後の1kmを切ってからも、幾度となくベルナルは加速を試みた。しかしベルナルは他の3人を振りほどけなかった。幸いにもフィニッシュラインでは、3人がスプリントに挑むこともなかった。つまりベルナルは総合争いの直接ライバルたちから1秒も失わなかったし、区間2位のボーナスタイム6秒も手に入れた。

3位マーティンも4秒を収集し、エヴェネプールは4位フィニッシュ。5位チッコーネは小さな分断で2秒を失った。ダミアノ・カルーゾがベルナルから13秒遅れで1日を終え、マルク・ソレルは15秒、ヒュー・カーシー、アレクサンドル・ウラソフ、サイモン・イエーツは17秒を失った。下りアタックで疲弊したバルデは28秒の損失を悔やむ。

そしてカーシーたちと同時にフィニッシュした22歳ヴァルテルが、生まれて初めてのマリア・ローザを射止めた。ハンガリーにとっても初めてのピンクジャージで、グルパマ・FDJにとっては2004年ブラッドリー・マクギー以来17年ぶりの快挙。チーム監督はプレッシャーをかけぬよう、チームメートたちにこっそり「できる限り守ってやってほしい」と耳打ちしたそうだが、本人にとっては「プラン通り」。表彰台直後のインタビューで、朝の時点でのタイム差は「ウラソフとは24秒差、レムコとは29秒差、ベルナルとは37秒差」(本当はレムコと28秒差、ベルナルと39秒差)とすらすら言ってのけたように、冷静に計算して走った結果だった。

「僕には山をこなせる脚があるし、タイム差を守るための能力もあると分かっていた。フィニッシュが近づけば近づくほど、マリア・ローザへの確信は強くなった。人生をかけて戦った。成功させられて本当に嬉しいよ」(ヴァルテル)

長期的な野望は総合を争える選手になること……と宣言する1998年生まれヴァルテルの11秒後の総合2位には、2000年生まれのエヴェネプールが浮上した。1997年生まれベルナルは16秒差の総合3位につける。総合4位・24秒差の1996年のウラソフも含めて、総合上位4選手は新人賞の対象でもある。

1週間前には総合本命と見られていたカーシーは総合6位38秒差、イエーツは総合10位49秒差で、初めての山頂フィニッシュを抜け出した。最終登坂で大いに苦しんだ昨大会総合2位ジェイ・ヒンドレーは、早くも総合3分29秒遅れに後退し、ジョージ・ベネットは9分近い遅れで総合の望みを完全に失った。

また最終登坂中には、バイクエクスチェンジのチームカーが、ピーター・セリーに衝突してしまう衝撃的な事故が発生。運転していた人物は大会除外処分を受け、チーム監督へは罰金が、チームカーへは最終ポジション降格が課された。幸いにもセリー本人は無事にステージを走り終えている。

文:宮本あさか

宮本あさか

宮本 あさか

みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。

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