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サイクル ロードレース コラム 2012年8月27日

ブエルタ・ア・エスパーニャ2012 第9ステージ

サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか
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すでに大会も9日目に入り、前方には見慣れた顔が並んだ。前日も逃げたミカエル・ビュファーズ(コフィディス ルクレディアンリーニュ)、第7ステージでは逃げ吸収前に粘り強いアタック合戦を繰り広げたベルトイヤン・リンデマン(ヴァカンソレイユ・DCM プロサイクリングチーム)、第6ステージの「オランダ語」エスケープの一員マルティン・マースカント(ガーミン・シャープ)、そして第2ステージに続き、第5ステージでは孤独な1人旅を続けたハビエル・チャコン(アンダルシア)。今ステージではスタート直後に飛び出しを許されると、約170kmに渡ってエスケープを続けた。

ただし前の4人には残念なことに、休養日前日の今ステージを欲しがる選手が多すぎた。上れるスプリンターに上れるルーラー、パンチャー、さらには総合争いの選手たち!

逃げの形成と同時に「上れるスプリンター」ジョン・デゲンコルブのために、チーム アルゴス・シマノが集団コントロールに取りかかった。すぐに「パンチャー・スプリンター」ジャンニ・メールスマン擁するロット・ベリソル チーム、「上れるルーラー」アレッサンドロ・バッランと「パンチャー」フィリップ・ジルベール抱えるBMCレーシングチーム、マイヨ・ロホ「激坂パンチャー」ホアキン・ロドリゲス率いるカチューシャ チームも牽引に加わった。おかげでタイム差は最大5分に抑えられ、ゴール前26kmで早くも吸収が完了。また合流と同時にヘスス・ロセンド(アンダルシア)がカウンターアタックを試みるも、5kmほど粘っただけで集団へと引きずり戻された。

バルセロナの街に突入すると、真っ赤なカチューシャトレインが存在感を際立たせた。バルセロナの郊外10kmほどの町で生まれ育った、生粋の地元っ子ロドリゲスのために。ほどなくやって来る大の苦手の個人タイムトライアルの前に、少しでもタイム差を開いておきたいマイヨ・ロハのために。今から20年前に夏季五輪のメイン会場となったモンジュイックの丘(3級)へ向かって、カチューシャは文字通り全員で隊列を組んだ。

ラスト6kmから道はすでに少しずつ上り始めていた。カーブや道幅の変更なども多かった。しかしモンジュイック突入まではあと1kmほど残っていたはずの地点で、なぜかコンタドールがアタックを仕掛けた。

「特に今ステージのプランはなかったんだ。それに激坂をよく把握していなかった。だから好ポジションを作り出そうと飛び出した。その後に、実は難パートがもう少し先にやって来ることに気がついたんだ」(アルベルト・コンタドール)

21ステージ中15ステージを下見した、と豪語していたコンタドールだが、このあまりにも早すぎた攻撃は、すぐにライバルたちの手によって中和させられることになる。そしてゴール前4.5km。上り距離は900mと短いものの、平均勾配10%という本物の激坂へと乗り入れた。

戦いに火をつけたのは、上れるルーラーだった。ちょうど2週間前のエネコツアー最終日に、全長約1km、平均勾配9.2%のご存知「ミュール」を先頭でよじ登って勝利を手にしたバッランが、得意の独走力を生かして飛び出した。

すぐに反応したのはロドリゲスだった。ミュールのような石畳系は走れないけれど、アルデンヌ系の最激坂「ユイの壁」を今年先頭で上りきった得意の爆発力で、あっという間にバッランを追い抜いてしまった。

「チームプランでは、バッランは上りでのアタック、ボクはスプリント、と決まっていた。でもロドリゲスが飛び出していったあと、どうもバッランの調子が良くなさそうに見えたんだ。だから、ボク自身が飛び出すことに決めた」(フィリップ・ジルベール)

こうしてジルベールも前に駆け上がってきた。2011年にアルデンヌ3連戦を全て我が物にしたクラシックハンターは、すぐさまロドリゲスに合流。そして2人で、モンジュイックの頂を越えた。

下りに差し掛かった地点で、少しだけ、2人にためらいが見られた。引くのか引かないのか、協力するのかしないのか。少し顔を見合った両者は、すぐに同じ方向性で行くことに合意したに違いない。以来、後ろの総合ライバルをできるだけ突き放したい+ボーナスタイムが取りたいロドリゲスと、後ろの区間ライバルの追い付きを絶対に避けたい+区間勝利が欲しいジルベールとは、先頭交替をしながら先を急いだ。……むしろ後方集団の方が、ラスト1kmほどまで、互いに顔を見合わせてばかり。一向に追走スピードは上がらなかった。

ラスト1kmのアーチをくぐったあとは、ロドリゲスができる限りの力で前進を続けた。1秒でも後ろを突き放したい「プリト」に、スプリントの駆け引きをやっている余裕などなかった。同伴者の働きを上手く利用したジルベールは、あとはタイミング良くスプリントを切るだけで十分だった。

長い、道のりだった。2011年は18勝を叩きだし、世界ランキングナンバーワンにも上り詰めた。鳴り物入りでスター集団BMCに移籍したが、年頭の不調がたたり、シーズンここまで思うような走りがまるでできなかった。最後に両腕を天に上げてから、実に347日ぶりの勝利。ブエルタの閉幕2週間後に控える世界選手権に向けて、最高のステップとなったに違いない。

「キャリアの中でも、最も苦しい日々を味わってきた。でも、決して投げ出さなかった。ハードな練習を積んできた。自分を信じることを止めなかった。カウベルフ(世界選手権で使用される激坂)は、モンジュイックよりも難しいし、複雑だ。かなり違うね。それに世界選手権はワンデーレースだし。でもこの勝利のおかげで、自信を強めることができた。さらに調子を高めていくために、ブエルタでもう1ステージ勝ちたい」(フィリップ・ジルベール)

2番目にフィニッシュラインを越えたロドリゲスは、念願のボーナスタイムも手に入れ(8秒)、しかもバルベルデから9秒、コンタドール&フルームからそれぞれ12秒を没収した。総合ではフルームが2位53秒差、コンタドールが3位1分差、バルベルデが4位1分07秒差。つまり休養日の2日後に行われる39.4kmの個人タイムトライアルでは、ロドリゲスはライバルたちから1分程度なら問題なく失うことができるというわけだ。いや、1分半くらいでも、上々だろうか。ちなみに2011年ブエルタ第10ステージのタイムトライアル47kmでは、ロドリゲスはフルームから3分19秒遅れ。2010年ツール第19ステージでは、全長52kmでコンタドールから4分34秒遅れている。

ゴール直後に、選手たちは1200km先の休養先へと向かって、飛行機でバルセロナを後にした。想像以上に加熱した9日間の戦いで、すっかり疲弊した体を、194選手は大西洋岸のビーチサイドで静かに癒す。

宮本あさか

宮本 あさか

みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。

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