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上位3人が16秒以内にひしめくという混戦状態で、2012年ブエルタは後半戦へと突入した。勝負の個人タイムトライアルを終えて、マイヨ・ロホ争いの行方はクリアになるどころか、ますます分からなくなっていた。ビッグネームたちの激戦をファンは大歓迎するが、そのせいで、いわゆる総合にもスプリントにも関係ないチームや選手たちは少々とばっちりを受けている。上りがあれば「いつもの4人組」が先に行き、平地はジョン・デゲンコルブ(チーム アルゴス・シマノ)のひとり勝ち。ここまでの12日間で、大逃げ勝利は第4ステージの1回だけ……。
「今日こそ逃げ切れるに違いない、って本気で信じていたんだけど」と語ったのは、ケヴィン・デウェールト(オメガファルマ・クイックステップ)。スタート直後からなんと延々1時間40分・80kmに渡って続いた壮大なるアタック合戦を制して、アマエル・モワナール(BMCレーシングチーム)、ミケル・アスタルロサ(エウスカルテル・エウスカディ)、キャメロン・メイヤー(オリカ グリーンエッジ)と共に飛び出した。プロトンから奪った最大タイム差は7分10秒。ゴール前25kmにきても4分のリードを残していた。前の4人が「いけるのではないか?」と夢を見ても、決して不思議ではなかった。
エスケープ集団の後ろでは、当然、マイヨ・ロホのホアキン・ロドリゲス擁するカチューシャ チームが集団をコントロールしていた。むしろ他の全チームは、一切追走に手を貸そうとしなかった。わずか1秒差で2位につけるアルベルト・コンタドール(チーム サクソバンク・ティンコフバンク)や、16秒差3位のクリス・フルーム(スカイ プロサイクリング)にとっては、もしかしたら、4人が逃げ切ってくれたほうが都合がよかったのかもしれない。プリトにこれ以上ボーナスタイムを取られないために!なにしろ第11ステージ終了時点で、ロドリゲスが手に入れたボーナスタイムは計36秒。コンタドール6秒、フルーム12秒だから……ボーナスタイムさえなければコンタドール1位、21秒遅れでフルーム2位、29秒遅れでロドリゲスが3位と順位は違うものになっていたはずだ。
しかしゴールまで残り25kmとなった地点で、モヴィスター チームが集団前方に配置を始めた。59秒差のチームリーダー、アレハンドロ・バルベルデ(ちなみにボーナスタイムは計28秒)にチャンスをもたらすために。
「区間勝利を狙っていたんだ。でも、ある時点で諦めかけた。『勝機はボクの手の中から逃げていってしまった……』ってね。幸いにもモヴィスターが追走に手を貸してくれたよ。それが上手くいったんだ」(ホアキン・ロドリゲス)
こうしてタイム差は急激に縮まっていった。一旦歯車が回り始めると、スカイやサクソバンクも後ろでただぼんやり眺めているわけにはいかなかった。好ポジションを取るために、プロトン先頭へと競り上がった。細くて、急な最終峠へは、スカイの黒い列車がプロトンを率いて飛び込んだ。
「見晴台」へと誘う坂道の向こう側には、青くて透明な海が広がっていた。しかし美しく、同時にとびきり飛び切り恐ろしい1.9kmの激坂へと入ると、すぐに逃げ集団の淡い望みは完全に打ち砕かれた。それでもアスタルロサだけはラスト1km地点までは単独で粘り続けたが――イゴール・アントン(エウスカルテル・エウスカディ)も勾配16%ゾーンでチームメートの後を追ってアタックを仕掛けたが――、全ては無駄な抵抗に過ぎなかった。ラスト900m。プロトン屈指の激坂ハンター、ロドリゲスがペダルを力いっぱい踏み込むと、エウスカルテルの企ては強制終了へと追い込まれた。
また昨年フレッシュ・ワロンヌの「ユイの壁」で激坂態勢を証明し、つい4日前にバルセロナステージで見事な復活をアピールしたフィリップ・ジルベール(BMCレーシングチーム)も、ここで野心を打ち砕かれた。最終盤はやはり追走に手を貸したラボバンク サイクリングチームのロバート・ヘーシンクや、ビデオで見ただけで実際はどれほどの激坂なのか知らなかったというバルベルデも、プリトに張り付けなかった。チームメートのシャビエル・ザンディオが落車リタイアし、大切なアシスト役を1人失ったフルームにいたっては、遠くへと突き放されてしまった。
「ものすごい激坂だと分かっていた。コンタドールやプリト向けだと分かっていたんだ。だから、自分のペースで上ることに決めた。できる限りタイムロスを少なくするためにね。もちろんタイムを失いたくなんかないけれど、でもできる限りのことをやった」(クリス・フルーム)
そう、ロドリゲスの爆発的な走りについていくことができたのは、コンタドールだけだった。
「ボクにああやって付いてこれたということは、つまり、コンタドールは本当に調子が良いということだよ」(ホアキン・ロドリゲス)
しかもコンタドールは後ろを振り返り、ほかのライバルたちがついて来ていないことを確認するや、24%というひどい勾配にも関わらず、先に立って牽引さえ始めたほど!ただしゴール前150mの、ロドリゲスの最後の一押しには、残念ながらまたしてもコンタドールは反応できなかったけれど……。
小さな激坂王が、今大会2度目の勝利を圧倒的な強さでつかみとった。たったの150mでコンタドールを8秒も突き放したほどの威力だった。もちろん、ボーナスタイム12秒も懐にしまいこんだ。これでボーナスタイムは通算48秒。今大会中のマイヨ・ロホ表彰台も9回目を数えた。
区間2位のコンタドール(ボーナスタイム8秒)は、総合1秒差から13秒差へとちょっぴり後退した。「タイムを失いすぎてしまったね。いや、1秒だって失えば、それはtoo muchなんだけど」と言うフルームは、ほんの1kmほどで23秒を失って、総合では51秒差と大きく後退した。また青玉ジャージ姿のバルベルデは13秒差の区間3位と踏ん張ったものの、総合タイム差は1分20秒。ついに1分圏外へと弾き飛ばされてしまった。
「総合争いはいまだオープンだし、先はまだ長い。しかもこの先には、全く違うタイプの山道が待っている。一貫した走りを見せることが、最も大切になってくるだろう。2回目の休養日の後もこの同じ4人が相変わらず接戦状態……なんてことは絶対にあり得ない。誰かが落ちる。それにブエルタ勝者がボーナスタイムで決まるなんて、考えてもいないさ」(ホアキン・ロドリゲス)
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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