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ゴール前3kmの最低勾配が16%、最大24%。スキー場としては有名なクイトゥ・ネグルが、自転車界に衝撃的なデビューを果たした。ジロのプラン・デ・コロネスやゾンコラン、ブエルタのアングリルと肩を並べるほどの激坂では、もはや単なる自転車レースの域をはるかに超えた、肉体と精神のぶつかり合いが繰り広げられた。
ステージ1つ目の峠を下りきって、ようやく51km地点で2選手が飛び出しを成功させた。約3ヶ月前のジロで「クイーンステージ」ステルヴィオ山頂フィニッシュを勝ち取り、総合3位に入ったトーマス・デヘント(ヴァカンソレイユ・DCM プロサイクリングチーム)と、2006年にベビージロ(ジロのU23部門)の総合を制したダリオ・カタルド(オメガファルマ・クイックステップ)。つまり難峠にかなりの耐性を持つ2人は、後方プロトンに最大15分もの大量リードを奪った。
差が15分に開いたところで、チーム サクソバンク・ティンコフバンクとエウスカルテル・エウスカディが集団制御に動き出す。ただしサクソバンクのエース、アルベルト・コンタドールは、もはや区間勝利には執心していなかった。ただ22秒差で先を行くマイヨ・ロホ、ホアキン・ロドリゲス(カチューシャ チーム)の動きだけに集中し続けた。おかげで副賞狙いのちょっとした飛び出しは、大目に見てもらうことができた。
この日2つ目の峠で、ダヴィド・モンクティエ(コフィディス ルクレディアンリーニュ)が前に出た。過去4年連続山岳ジャージを手にしてきたベテランは、実は1つ目の峠で先頭通過を果たしていた(1pt獲得)。その後は2選手に先を行かれてしまうことになるが、ならば2つ目の峠は3位通過……と意気込んだ。ところが青玉マイヨを実際に着ているサイモン・クラークが、チームメートのピーター・ウェーニング(オリカ グリーンエッジ)と一緒に追いかけてきてしまった!その上またしても、スプリント巧者のクラークに山頂で先を越された(4pt)。ウェーニングにもポイントを潰された(2pt)。努力の甲斐なく、結局モンクティエは5位通過の1ptを手にしただけで、後方へと消えて行った。
ちなみに今ステージ終了後、山岳賞首位に立つクラークの通算ポイントは38pt。2位以下には総合を争う面々がひしめいているし、一方のモンクティエは13ptだから……、5年連続の山岳王獲りの野望は風前の灯。第17ステージに最大13pt、第20ステージに最大55pt獲得できるから、もちろん、計算上ではいまだ不可能ではないのだが。
モンクティエやオリカ2人組を飲み込みつつ、メイン集団は3つ目の峠を駆け上がった。あいかわらずサクソ山岳隊がテンポを刻んだ。ただ普段ならばコンタドールと付かず離れず走っているはずのロドリゲスが、アシストたちに囲まれて、集団後方に位置取りしている。何かの作戦か?調子が悪いのか?それとも、はったり?なにやら少々不気味な状況に、プリトの顔色を確かめようと、コンタドール自らがわざわざ集団の先頭から降りてきたほどだった。実際は……。
「サクソとエウスカルテルが山では高速制御を続けたけれど、それほど心配はしていなかったよ。だってボクは調子が良かったから。だからこそ、他の選手たちにレースの主導権を任せるほうを好んだんだ」(ホアキン・ロドリゲス)
全長19.4kmの最終峠の登坂口に差し掛かったとき、デヘントとカタルドは7分半近いリードを保っていた。なおも両者は協力し続けた。2人が初めて逃げ切り勝利を意識し、ついに敵対し始めたのは、例の、最も厳しいラスト3kmに突入してから。
「ラスト3kmで力比べが始まった。彼がアタックして、ボクもアタックした。だけど最終盤に、それほど勾配のきつくないゾーンがあったんだ。そこでボクは加速を仕掛けて、すぐに20mほど距離を開けた。でもデヘントは決して諦めようとしなかった。本当に、すごい戦いだった」(ダリオ・カタルド)
あまりの勾配に、まるで前進していないかのように見える2人の、ギリギリの死闘は3kmに渡って続けられた。歯を食いしばるカタルドの、ほんのわずか数メートル後ろで、デヘントは重いペダルを回していた。「人生で一番長い1kmだった」とカタルドは語ったが、実際のところ、最後の200mに1分20秒もの時間を要している!そしてカタルドの超人的努力は、見事に実った。ひどい苦痛の果てに、もぎ取った生まれて初めてのグランツール区間勝利だった。
「確かにすごくハードな上りだった。でも行き過ぎだとは思わない。こんな急勾配では選手たちの苦しむ姿が見られるけれど、でも、ボクら、ある意味こんな上りには慣れてきているんだ。ジロのゾンコランなんて、今日のラスト3kmのような状態が10km続くんだから」(ダリオ・カタルド)
このひどい勾配に突入する前に、正確にはゴール前7kmの地点で、メイン集団では一気に選別が進んだ。サクソのアシスト勢の最後の一踏ん張りで、メンバーはコンタドール、ロドリゲス、アレハンドロ・バルベルデ、そしてナイロ・クインターナ(モヴィスター チーム)の4人に絞り込まれた。
……つまり前日と同じ4人。クリス・フルーム(スカイ プロサイクリング)がもはやその場にいないのも、そしてコンタドールだけがアタックを仕掛けたのも、やはり前日と変わらない。コンタドールは立て続けに2度のアタックを見せ、そしていつも通りにロドリゲスは付いてきた。バルベルデがじわじわと戻ってくるのも、見慣れた風景だ。
最終難関パートへと差し掛かっても、コンタドールは加速を繰り返した。ただし勾配がきつすぎるせいか、劇的には距離は開かない。むしろ道幅が狭いせいで、ロドリゲスとコンタドールは幾度も肩と肩とをぶつけ合った。前夜にプリトが言っていた通りの、まさしく凄まじい争いだった。「ボクらの戦いは、なんだかボクシングの打ち合いのようだね」。
残り500mでコンタドールは最後の力を振り絞るが、やっぱりロドリゲスが追いついて、そして追い越した。そして決め手の一発を打ち込んだ。いつもよりもフィニッシュラインにはるかに近い、ゴール前50mでプリトは加速を切ると、2秒差でコンタドールを仕留めた。区間3位のボーナスタイム4秒も忘れずにさらい取った。ロドリゲスは生まれて初めてのグランツール優勝に、また大きく一歩近づいた。
「結果と、ロドリゲスがまたしても強かったことを除けば、自分の走りに満足しているんだ。ボクには最高の脚があった」(アルベルト・コンタドール)
コンタドールはあらゆる手を尽くしたが、前夜までの総合22秒差を、28秒差に突き放された。こちらもモンクティエと同じく、逆転マイヨ・ロホを諦めてしまう必要はない。ただ、エル・ピストレロの復活総合優勝の可能性が、果てしなく小さくなってしまったことは間違いない。一方で総合2分04秒遅れのバルベルデは、総合3位の座がほぼ確定したと言ってもよさそうだ。つまり総合4分52秒差のフルームは、スペイン人だらけの表彰台から完全に弾き飛ばされてしまった。
グルペット=集団走行なんてそもそも出来っこないような道の細い最終峠を、それでも、181選手が標高1850mまでよじ上った。土井雪広(チーム アルゴス・シマノ)はカタルドから30分49秒遅れで山頂に到着。チームのエーススプリンター、ジョン・デゲンコルブも33分30秒遅れで無事にゴールしている。幸いにも翌日は大会2度目の休養日。マドリードまで、あと5日だ。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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