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午後の早い時間にはみぞれまじりの雨に襲われたボラ・デル・ムンドだが、選手たちが山にたどり着く頃には、太陽が再び顔を出した。それでも山の空気はひんやりと冷たい。灼熱の大地で繰り広げられてきた真夏の戦いにも、終わりが近づいていた。
それぞれの3週間をなんとか美しく締めくくろうと、スタートから18km地点で20選手が飛び出した。胸に抱く野望とはもちろん区間勝利であり、チームエースのためであり、人によっては汚名返上だったかもしれないし――たとえばディフェンディングチャンピオンのフアンホセ・コーボ(モヴィスター チーム)――、そして副賞ジャージだった。
とりわけサイモン・クラーク(オリカ グリーンエッジ)は、第4ステージの大逃げ勝利+第14ステージの逃げで身にまとった山岳賞ジャージを、どうにかしてマドリードまで持ち帰りたいと熱望していた。わずか2pt差のホアキン・ロドリゲス(カチューシャ チーム)や7pt差のアレハンドロ・バルベルデ(モヴィスター チーム)に逆転されないためには、ステージ序盤から思い切ってポイント収集に動くしかない。こうして1級ナバフリア(10pt)、2級カネンシア(5pt)、1級ラ・モルクエラ(10pt)を次々とトップ通過。この日4つ目の峠、1級コトスではポイントは取れなかったけれど……この山で、クラークのオーストラリア人として史上初めてのグランツール山岳賞が確定した。ロドリゲスとのポイント差は27ptに開き、たとえ最終峠で最大ポイント(20pt)を取られても逆転されることはない。24時間後にプロトンへ別れを告げるダヴィド・モンクティエ(コフィディス ルクレディアンリーニュ)から、大切な青玉ジャージを引き継いだ。あとはマドリード・シベレス広場のフィニッシュラインまで、無事に走り切るだけだ。
「ボクは決してヒルクライマーではない。単にチャンスを上手くつかんだだけ!このブエルタでは、チャンスを全て獲りに行った。ずっと壁をぶち破れるような成績を追い求めてきたんだけれど、ステージ勝利とジャージがいっぺんにやって来た。ついに突き抜けたんだ」(サイモン・クラーク)
プロトンでは、マイヨ・ロホのアルベルト・コンタドール擁するチーム サクソバンク・ティンコフバンクが、淡々とした集団制御を心がけていた。カチューシャが2人、モヴィスターが1人、エスケープに選手を送り込んでいたからだ。もしも接近しすぎてしまった場合……アシストを発射台としてロドリゲスやバルベルデが飛び出してしまう可能性もあった。しかしタイム差が10分半ほどに開いたゴール前80km、オレンジ色のジャージに主導権を横から奪い去られた。
「厳しく難しいステージだった。カチューシャとモヴィスターのやる気が高かったし、しかもエウスカルテル・エウスカディがハードな追走を始めてしまった。あそこから、さらに戦いが難しくなったんだ」(アルベルト・コンタドール)
この3週間、区間争いでも総合争いでも、何もいいところを見せられなかったエウスカルテル・エウスカディは、最後のチャンスをつかもうと走り始めた。イゴール・アントンのために全員隊列を組み、上りでも下りでも必死に攻め立てた。ところが思ったようにタイム差は小さくならない。
なにしろ逃げの20人は強豪揃い。上述のコボに加えて、第11ステージの個人TT勝者フレデリック・ケシアコフに2009年ジロ新人賞ケヴィン・シールドラーエルス(共にアスタナ プロチーム)、2006年ツール・スーパー敢闘賞ダビ・デラフエンテ(カハルラル)。この夏のツールではブラドレー・ウィギンスを総合優勝に導き、ブエルタではクリス・フルームのスーパーアシストを務めたリッチー・ポート(スカイ プロサイクリング)。なによりジロ総合優勝1回・ブエルタ総合優勝2回を誇るデニス・メンショフ(カチューシャ チーム)!そうそうたるメンバーが力を合わせて逃げ続けたおかげで、ゴール前15kmに近づいても、先頭集団は5分半近いリードを保っていた。
最終峠は全長8.1kmのナバセラーダ登坂+3.3kmのボラ・デル・ムンド登坂という2部構成となっている。その、ナバセラーダへの突入とほぼ同時に、数度のアタックが勃発。先頭集団はあっという間に小さくなった。最終的に生き残ったのはポート、メンショフ、そして本来ならば総合トップ10入りを目指して大会入りしたはずのケヴィン・デウェールト(オメガファルマ・クイックステップ)のみ。痺れを切らしたアントンが、ついに後方から単独での追走を試みるも、結局はこの3人の後姿を拝むことすらできなかった。
そこから道幅も、勾配も、アスファルトの質もがらりと変わる。ボラ・デル・ムンドへと足を踏み入れると、勝負はすぐにメンショフとポートの2強に絞り込まれた。細く険しい道を熱狂的な観客がびっしりと埋め尽くし、人々の声と腕に後押しされながら、両者は山を駆け上がって行く。そして世界球のてっぺんにそり立つ電波塔が、ほんの目の前に迫ったその時、メンショフが大きな加速を1度だけ見せた。
「今朝のプランは逃げに乗って、できる限り前方に留まること。最終盤ではきっとロドリゲスがボクの助けを必要とするに違いない、と常に考えていたんだ。終わってみれば、チームにとっては非常によいブエルタとなった。表彰台に選手を送り込めたし、こうしてステージも勝てた。これ以上、望むことはできないくらいだよね。ボクに関して言えば、勝つことができて本当に嬉しい。安堵の気持ちでいっぱいだ。このところ、思うような走りを見せられずにいたからね。すごい達成感だよ」(デニス・メンショフ)
2005年・2007年大会を制した34歳の大チャンピオンにとって、これが5つ目のブエルタ区間勝利。スペイン一周での5年ぶりの区間勝利はまた、2009年ジロ以来となるグランツール区間勝利となった。
そして後方では、2012年大会を最初から盛り立ててきた3人のスペイン人チャンピオンが、最後の勝負地で最後の戦いへと挑んでいた。総合2位の座を堅守したいバルベルデが、ボラ・デル・ムンド突入前に真っ先にアタックを仕掛けた。46秒差をひっくり返して総合2位浮上を目指すロドリゲスは、アシストのダニエル・モレーノと共にラスト2.5kmで加速した。マイヨ・ロホのコンタドールは、2人の動きをじっと見守った。
「ロドリゲスとバルベルデが、遠くからアタックをかけてこないだろうことは分かっていた。バルベルデが最初に加速したときは少しだけ心配になったけれど、きっちりと応えることができた。その後は1kmゴールに近づくごとに、総合勝利が近づいてくることを感じたんだ。そしてロドリゲスがラスト1.5kmでアタックしたときには、もはや何の心配もしていなかった」(アルベルト・コンタドール)
濃霧の中で繰り広げられた2年前のモスケラvsニーバリを分析し、「タイム差はほとんどつかないだろう」とコンタドールは判断していたという。だから軽くダンシングしながら、観客の波に消えていくロドリゲス姿を心静かに見送った。フルームこそが最大のライバル……と予想されていた今大会、蓋を開けてみれば、コンタドールを一番苦しめたのは「エル・プリト」だった。
「今年のロドリゲスは本当に強かった。特に山頂での一騎打ちではね。毎回、ボクがアタックして、毎回、スプリントで彼にやっつけられた。でも最終的には、最大のライバルは自分自身なんだけど」(アルベルト・コンタドール)
バルベルデにとっては、しかし、悠長に構えている暇はなかった。ロドリゲスの加速に振り落とされ、「エル・インバティド」は一旦は距離を開かれた。しかしリズムをきっちり立て直すと、マイペースで走るコンタドールを追い抜いて、できる限りタイムを失わぬよう先を急いだ。「プリトにボクの総合2位の座を奪われたくない」と。
チームメートのメンショフから遅れること3分31秒。ロドリゲスが山頂のフィニッシュラインへとたどり着いた。それから25秒後にはバルベルデ、そして44秒後にはコンタドールが最後の戦いを終えた。つまりバルベルデは21秒差で総合2位の座を死守した。
「すごく調子が良かったけれど、残念ながら、総合2位の座に上がることはできなかった。とにかく、今大会におけるチームとボクのパフォーマンスはファンタスティックだった。総合を制したのは最強選手だと思うかって?うん、そう思う。成績は決して嘘をつかないんだ」(ホアキン・ロドリゲス)
3週間に渡って激闘に明け暮れた3人は、ようやく武器を置いた。優勝記者会見では、プレスルームに「エル・ピストレロ」の明るい笑い声が鳴り響いた。夕闇近づく山を下りると、マドリードへの凱旋パレードが待っている。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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