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混乱と傷跡を引きずったまま、コルシカの2日目が幕を明けた。前夜にゴールエリアで鳴り響いた怒号は、テレビやラジオの電波に乗って、どんどん音量を増していった。特に大きな声を上げたのは、おなじみのマルク・マディオ監督だった。
「残り3km地点でゴール、それはそれで問題なし。問題は、それをアナウンスした直後に、『やっぱり本来のフィニッシュラインに戻します』って、決定を引っくり返したことだ!結局はプロトンがパニックに包まれて、落車を引き起こしただけじゃないか!」(マディオ)
怒れる選手やチームたちは、ちょっとしたストライキさえ計画したほど。ゼロkm地点で足を止めて、審判団に抗議の意を示そうというのだ。ただしレース前の午前中に、開催委員会がチーム側を説得した(一部の情報では、逆に開催委員会の逆鱗に触れた……とも言われている)。なんとかストは回避され、初日から問題続きの100回大会は、さらなる問題の上塗りをせずに済んだ。
包帯や絆創膏の群の中から、すぐさまダヴィ・ヴェイユ、ラース・ボーム、ルーベン・ペレス、ビエル・カドリが抜け出した。ステージの真ん中に3つの峠が連なるこの日は、なにしろ山岳ポイント収集に最適なのだ。しかもカナダ人ヴェイユは、先日のクリテリウム・ドュ・ドーフィネ第1ステージで逃げ切り勝利を決め、まんまとリーダージャージを手に入れた経験を持っている。今回も同じような展開に持ち込める可能性があるかもしれない……。
しかしツールのプロトンはそれほど甘くはない。前の4人には、3分程度しか余裕は与えられなかった。2つ目の峠、3級セラ峠への上りが始まると、後方は容赦なくスピードを上げて行く。とりわけ「純白ジャージのエフデジ」から「青ジャージのエフデジ・ポワン・エフエール」に進化したフレンチチームが、驚異的な牽引を見せ、エスケープ集団を追い立てる。
ところが実際の攻撃に転じたのは、幸運の四葉のマークチームではなく、島を覆う野生林のような深い緑をたたえるユーロップカーの方だった。日本チャンピオン新城幸也にも逃げに乗る自由が与えられていた今ステージ、チーム目標は「エスケープに必ず1人、選手を送り込むこと」。2日連続で、100回大会のお祭りに乗り損ねてしまわぬこと。「レースを動かそうと考えていた。だって存在感を見せつけるには、最適な地形だからね」と監督フリカンジェが語ったように。つまりヴェイユの逃げだけで、最低限の目標はクリアしていたはずなのだ。ただ、チームはいい意味で貪欲だった。まずはゴール前74km、トマ・ヴォクレールがアタックを打つ。
昨大会マイヨ・ア・ポワ・ルージュの渾身の攻撃は、しかし残念ながら、マイヨ・ジョーヌのマルセル・キッテルを置き去りにする役割を果たしたに過ぎなかったようだ。すでに単独先頭に立っていたカドリに、結局ヴォクレールは追いつけなかった。すぐさまバトンは、ユーロップカーの後輩ピエール・ローランが引き継いだ。島の真ん中に聳え立つ2級ヴィザノヴァ峠で、2年前のラルプ・デュエズ覇者は飛び立った。
「予定はしてなかった。ただ、ヴィザノヴァの上りで、監督から無線で言われたんだ。『この山を先頭で越えた人間が、今夜、マイヨ・ア・ポワ・ルージュを着ることになる』って。1秒もためらわなかった。すぐに飛び出したさ」(ローラン)
前を行くカドリに、本格派ヒルクライマーはあっさりと追いつき、そして追い越した。望み通りに先頭通過を果たし、5pt獲得に成功した。おかげで可愛い赤玉模様のジャージに、生まれて初めて袖を通す権利をもぎ取った。
「ジャージを今後どうしようかな。守りに行こうか、行くまいか。こういった戦術的なことは、まだなにも決めてないんだ。それに明日のステージは見ごたえたっぷりなかわりに、ひどく難しいだろうしね」(ローラン)
標高1163mから海面ギリギリ(フィニッシュラインは海抜1m!)まで下る、うんざりするほど長いダウンヒルで、ローランは静かに吸収された。一方では上りで少々遅れを喫した選手たちが、下りでスピードアップに成功し、メイン集団へと次々に追いついてきた。ついには100人近くに膨らんだプロトンに、もちろん、上りだけで5分以上も遅れたキッテルの姿はない。多くのピュアスプリンター(アンドレ・グライペル、マーク・カヴェンディッシュ、前日3位のダニー・ファンポッペル等々)も、はるか後方のグルペットで、無理せず走るほうを選んだようだった。
ゴール前12kmに小さく突き出した、登坂距離1kmの上りがやってくると、……やはりユーロップカーの、今度はシリル・ゴチエが強烈な一発をお見舞いだ!そのまま海辺の平坦な一本道へと、潔く単独で突っ込んで行った。ちょうど3週間後にマイヨ・ジョーヌを着ているかもしれないクリス・フルームが、予想外の平地アタックを繰り出した時でさえ、決してひるまなかった。ちなみにチームマネージャーのジャンルネ・ベルノドーによれば、ゴチエ、ダヴィデ・マラカルネ、そして新城の3選手は、今大会同じ仕事を担当するとのこと。そんな彼も、本日6月30日が誕生日のフランス人シルヴァン・シャヴァネルと、連れ立ってやって来た刺客たちの手で、引きずりおろされてしまうことになる。
アジャクシオ西端のサンギネール諸島へと誘うシーサイドラインでは、強い風が海へと吹き降ろしていた。そのせいか、ゴール地にはむっとするような海草の匂いが立ち込めていた。先頭に踊り出た6選手が、限りなく透明な海の青さには目もくれず、せっせと先を急いでいた。そしてフィニッシュラインまで1800m。絶妙なタイミングで、ヤン・バークランツが渾身の加速を切った。
「ボクはスプリントじゃ勝てない。だからギャンブルに出る必要があった。『ただ待って、集団スプリントになだれ込んで、サガンの勝利を見るつもりなのか?』って自分自身に発破をかけた。ラスト500mまで来ても、まだ後方との差はあった。『このまま行け、おそらく人生で一番ステキな日がやってくるぞ!』って自分に言い聞かせた」(バークランツ)
プロ入り前年度に数々のビッグレースを制し、鳴り物入りでプロ入りしてから5年。27歳のバークランツは、プロの世界では、あとわずかのところでことごとく勝ちを逃してきた。無線からは、監督の叫び声が聞こえてきた。「諦めるな!行け!ペダルを漕ぎ続けろ!」
猛烈な勢いで追い上げてきたサガンらを、ギリギリ1秒差で交わした。フィニッシュラインで力強く雄叫びを上げた後は、可愛らしい笑顔でマイヨ・ジョーヌさえも身にまとった。
「これが人生最初で最後のマイヨ・ジョーヌかもしれないよ。でも、それでもいいんだ。だってボクは確かに着たんだもん。信じられないほど嬉しいよ。世界のベストライダーを相手に勝利を奪ったんだ。ボクはやり遂げた。このことを、決して忘れない」(バークランツ)
わずか1秒遅れて、ペーター・サガンが2位でフィニッシュラインへと飛び込んだ。「体が重くて上りは苦しかった」と疲れた表情で語った新城幸也も、1日中存在感をアピールしたユーロップカーの奮闘を美しく締めくくるように、スプリントで大いにもがいた。日の丸ヘルメットをチラチラと見せながら、区間12位へと滑り込んだ。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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