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ニースの港や空港は、大会関係者であふれかえっていた。何しろツール・ド・フランス100回大会が、いよいよフランス本土に戻ってきたのだ。フライトで前夜ニース入りした選手たちは、本土居残り組のスタッフたちに迎え入れられた。ヴィラージュ(スタート地のスポンサーブース)を組み立てるための機材一式は、月曜日の午後にフェリーに乗せられ、ゴール地用のマテリアルは朝4時にニース港へと到着した。6日間に渡ってフェリー丸ごと一隻占拠してきた大会本部も、この火曜日の朝のニース上陸と共に、ようやく船から下りた。キャラバン隊だけは、ちょっと西側のトゥーロン港へ到着して第5ステージのスタート地へと先回り。つまりツール一行が真の意味で「完全体」になるのは、あと1日待たねばならない。
前代未聞の大移動の直後であろうが、否応なしに戦いの熾烈さは何ら変わらない。スペシャリスト軍団は2年ぶりのTTT勝利を虎視眈々と狙っていたし、わずか1秒差のマイヨ・ジョーヌに手が届くかもしれない選手たちは、ひたすら全力疾走を誓っていた。特に誰一人としてタイムを失うことなく、横一線でコルシカを脱出した総合争いの選手たちにとっては、絶対に失敗してはならない25kmだった。
そよそよと爽やかな海風が気持ちの良い、南フランスの夏の午後だった。15時15分にチーム アルゴス・シマノが出走台を滑り出してから、17時06分にレディオシャック・レオパードが「英国人の散歩道」へと駆け込んで来るまで、4分間隔で全22チームが順々に力比べを行った。
最初に好タイムを叩き出したのは、2番目に登場し、2012年秋にはチームタイムトライアル世界タイトルをもぎ取ったオメガファルマ・クイックステップだった。世界王者6人のうち4人をツールに連れてきた同チームは、25分57秒04を記録。この先に走り出すチームにとっての「指針タイム」となると同時に、ミカル・クヴィアトコウスキーが暫定総合首位に躍り出た。しかし約1時間後には、区間勝利の可能性も、ポーランドの若者が見た黄色の夢も、はかなく散ってしまうことになる。第18番目にコース上に走り出して行ったオリカ・グリーンエッジが、2つとも横からさらい取ってしまったからだ!
今も昔も、はるか遠いオーストラリアから欧州へやってきた自転車選手というのは、ニースやモナコに居を構えることが多い。当然オリカの豪州人たちも、ほぼ全員がオンシーズン中は南仏在住だし、とりわけサイモン・ゲランスやスチュアート・オグレディはフランス語がぺらぺらになるほど南仏に深く根を張っている。つまりはニースの風も道も、完全に把握している。おかげで世界チャンピオン軍団を1秒塗り替えて、25分56秒28という最高タイムを記録。しかも57.8km/hというのは……、100回を誇るツールの歴史の中でも何とチームタイムトライアル史上最速!前日にサイモン・ゲランスが「チーム初のツール区間優勝」を手に入れた勢いに乗って、この日はチーム全員が区間勝利の表彰台に上がる栄光に酔いしれた。
「ボーイズは信じられない走りを見せてくれた。今ステージに向けた特別な準備は、実はそれほど積んでこなかったんだよ。コルシカに上陸してから、TTバイクで1日練習しただけ。だってこの特殊な種目でスカイやガーミンを倒せるなんて、考えてもいなかったからね。だからこそボクらみんな、この勝利には嬉しい喜びを隠せないんだよ」(マシュー・ホワイト監督)
そして最終出走チームのレディオシャックが、26分25秒28(29秒遅れ)でフィニッシュラインを超えた瞬間、ヤン・バークランツの王座失脚と、ゲランスの総合首位が確定した。オーストラリア人としてはフィル・アンダーソン、ブラッドリー・マギー、スチュアート・オグレディ、ロビー・マキュアン、カデル・エヴァンスに並ぶ、史上6人目のマイヨ・ジョーヌ。もちろんオーストラリア籍チームとしては史上初めてだし、本人にとっても生まれて初めての名誉あるリーダージャージ獲得だ。ホワイト監督がUSポスタル所属時代のドーピングを認め、辞職→復職という経歴を持つせいで、メディアからは辛辣な質問も飛び出した。それでも童顔33歳の、満面の笑顔が曇ることはなかった。
「昨日はチーム全員で努力したのに、表彰台に上れたのはボクだけだった。だから今日、チームメート全員と一緒に表彰台に上れたことは、はるかにスペシャルだったんだ。ボクら9人全員が表彰台で祝福を受けた。しかもイエロージャージがボーナスとしてついてきた。マイヨ・ジョーヌを着ること、これは自転車選手にとって最高の成功さ。ツールとは世界中に名をとどろかせている自転車レースであり、マイヨ・ジョーヌはそのシンボル。区間を勝ち、黄色ジャージを着ることは、自転車選手にとっては人生をかけた夢なんだ。ほんの一握りの選手だけが、その夢をつかむチャンスを持つ。そしてボクは、そんな名誉を得ることができた。本当に興奮しているよ」(ゲランス)
総合優勝&表彰台を争う面々の中で、最も好パフォーマンスを繰り出したのは、やはりモナコ在住組(例えばリッチー・ポートやクリス・フルーム)を幾人も抱えるスカイ プロサイクリングだった。オリカからの遅れはたったの3秒。おかげでアルベルト・コンタドール擁するチーム サクソ・ティンコフから6秒、ユルゲン・ヴァンデンブロックのロット・ベリソルやライダー・ヘシェダルのガーミン・シャープから14秒、アレハンドロ・バルベルデのモヴィスター チームから17秒を奪い取った。
「本当に満足できるタイムだし、この結果に満足している。個人的にも、すごく調子がいいんだ。先頭を少し長めに引くことができたし、山を前にして、非常に上向きの調子になっている」(フルーム)
ただし密かなる目標だったマイヨ・ジョーヌ獲り――ガーミンのデーヴィッド・ミラーも狙っていたが――は、ほんのわずかな差で失敗してしまった。ちょっとだけ、がっかりしているんだとか。
一方で2011年大会王者カデル・エヴァンスやティージェイ・ヴァンガーデレンの所属するBMCレーシングチームは、早くもフルームから23秒、コンタドールから17秒もの遅れを喫した。「ボクらチームにとっては得意種目のはずなのに……。どうして上手く行かなかったのか分からない。完全なる失敗だ」とエヴァンスは嘆く。カチューシャ(スカイから25秒遅れ)やレディオシャック(同じく26秒遅れ)に至っては、さらに大量のタイムを失ったけれど……。それぞれのエースであるホアキン・ロドリゲスやアンディ・シュレクが「TT弱者」かつ「山岳巧者」であることを考えれば、それほど肩を落とすこともなさそうだ。
新城幸也が通常の緑スーツを着て走った代わりに、ピエール・ローランがチームに赤と白の色味を添えたチーム ユーロップカーは、首位オリカから1分13秒遅れでゴール。総合5位以内を狙うローランにとって、このタイム損失がどう影響するか。
「100回大会という記念の年に、山岳賞ジャージという、マイヨ・ジョーヌに次ぐ人気ジャージを着られたことが本当に嬉しい。この先パリまで守っていけるかどうか……。それは今からの展開次第だ」(ローラン)
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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