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「ケニアでマウンテンバイクを始めたあの時から、世界最大の自転車レースでマイヨ・ジョーヌを手に入れたこの時まで、驚くような旅を続けてきた。今回のレースは、毎日が戦いだった。しかも毎日が違う戦いだ。風の日もあった。山ではいい日もあれば悪い日もあった。チームがプレッシャーにさらされた日もあった。孤立させられた時もあったし、最後までチームメートたちが支えてくれた時もあった。あらゆる状況に直面した。だからすごく特別なツールだった」(クリス・フルーム)
全ての選手や関係者にとって、全てのファンにとって、2013年ツールは特別だった。史上100回目の大会を祝うために、レースのあちこちに魅惑的なフランスの風景が織り込まれた。とりわけ最終日は……豪華絢爛のヴェルサイユ宮殿と夕暮れ時のパリが、スペシャルな大会のスペシャルな終わりを美しく演出した!
マリー・アントワネットが愛した庭園で、3週間走り切った170人のチャンピオンたちのカラフルなジャージが、珍しい蝶のようにひらひらと舞った。もちろん前線に並ぶのはフルームが身にまとう黄色に、ナイロ・クインターナの赤と白に、ペーター・サガンのつま先から髭まで綺麗に染まった緑。ブルボン絶対王朝の崩壊を見届けた石畳は、アヌシーの革命で表彰台から突き落とされたアルベルト・コンタドールをも、静かに揺らした。
全長3404kmのフランス一周も、残すは133km。長かった旅も終わりに近づき、昨日までの宿敵も、にこやかに語りあえる友になった。例年ならばシャンパンで乾杯……というところだけれど、24時間前に表彰台の3番目の位置に駆け上がった「プリト=小型葉巻」ホアキン・ロドリゲスなどは、ゆったりとシガーをくゆらした!
ひどく蒸し暑かった首都も、スカイ プロサイクリングがゆるやかに制御するプロトンが滑り込んで来る頃には、優しい影が長く伸びていた。ツールより3歳年上のエッフェル塔に敬意を払い、ナポレオンが眠るアンヴァリッドを横目で眺めつつ、金ピカのアレクサンドル3世橋に唖然とし、ルーヴル美術館の中庭をこっそりと通り抜け……、全てが特別だった。恒例のシャンゼリゼでは、史上初めて凱旋門を360度の全角度から観察した。赤青白のフレンチトリコロールの飛行機雲が、大轟音と共に、夕暮れの空に広がった。
ツール開催委員が企画した観光ツアーを、フルーム様ご一行が一通り先頭で巡った後、この夏最後のアタック合戦が巻き起こる。「ツールの巨人たち(過去に1度でもツールを完走した選手・元選手)」がたまらず特別席を飛び出して、かじりつきで戦いを見守る中、デーヴィッド・ミラー36歳とフアンアントニオ・フレチャ35歳が悪あがきを行い、マヌエル・クインツィアート、ブラム・タンキンク、そしてアレハンドロ・バルベルデの3人も飛び出した。ただしシャンゼリゼの、しかも史上初めての「日没」ゴールを、スプリンターたちが易々と手渡すわけもない。凱旋門方面から差し込む強い西日に目を細めながら、多くのチームが列車を走らせた。とりわけ今大会でツール通算25勝目を上げたマーク・カヴェンディッシュは、前人未到のパリ5連勝へ向かってハンドルを投げた――。
しかしパワフルな先行勝利をさらったのは、マルセル・キッテルだった。コルシカ島で初日にマイヨ・ジョーヌをまとったドイツの25歳は、最終日、勝利でグランド・ブークル(大きな輪、ツールの愛称)を綺麗に閉じた。「現役最速スプリンター」カヴェンディッシュや、ドイツの先輩アンドレ・グライペルを差し置いて、2013年ツール最多の4勝目を叩き出した。
黒い闇夜に、凱旋門がきらびやかに浮かび上がる。昨秋から正式に、ツール史上最多優勝回数保持者に返り咲いた「5勝クラブ」の生存メンバー、エディ・メルクスとベルナール・イノー、ミゲル・インドゥラインがおごそかに台上へと歩み寄り、クリス・フルームに栄光の継承が行われた。
「ランス・アームストロングが告白した直後の大会を勝つことは、挑戦であり、ひどく難しくもあった。この競技の歴史を紐解いてみれば分かるけれど、マイヨ・ジョーヌを着ている選手というのは、それが誰であろうが、ジャーナリストやファンからひどい批判の対象にされるんだ。でも、その状況は理解できる。ボク自身だって、がっかりさせられたからね。だから今回の勝利が、現状を変えるきっかけになれば……と思っている。ボクらは本気で、このスポーツが生まれ変わったことを、証明したい。だけどブーイングや批判などで、ボクの喜びが損なわれることはない。ただ通常より、少し難しくなってしまっただけ。乗り越えなければならない障壁があっただけ」(フルーム)
2週間浴び続けてきたブーイングは、確かにシャンゼリゼでも、少し耳障りだった。それでもアフリカで生まれ育った物静かな英国紳士は、心からの笑みを絶やさなかった。ツールで初めてのグランツール表彰台を堪能する23歳クインターナと、ツールでは生まれて初めての表彰台を楽しむ34歳ロドリゲスを両脇に従えて、凱旋門で踊る光のアートに酔いしれた。
恒例のお楽しみパレードはなかったし、予告されていた「本物の」花火もなかったけれど、パリの夜に楽しげな興奮を振りまいたまま、100年に1度の特別なツール・ド・フランスは別れを告げた。ほんの11ヵ月後には、イギリスのヨークシャーから、ツールは101回目の新たな旅を始める。今度の英国人ディフェンディングチャンピオンは、きっと燃え尽きたりせずに……、新しい時代を牽引していくに違いない。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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