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世界選手権個人タイムトライアル優勝候補の2人が、激しく競い合った翌日。イタリア代表のチ・ティ(CT=commissario tecnico=代表監督)のパオロ・ベッティーニが、いわば恒例の選手チェックに訪れた。前夜にはアメリカ代表チームが発表され、この日の朝にはフランスが13人のプレ代表リストを明らかにした。フィレンツェの世界大会は、刻々と近づきつつある。虹色ジャージを追いかける選手たちも、最終準備に余念がない。
スタート直後から、ファブリシオ・フェラーリとセドリック・ピノー、ロメイン・ジングルが飛び出した。そもそも世界選手権の出場枠を得られなかったウルグアイ人、代表内定から漏れたフランス人、そしておそらく代表には選ばれないであろうベルギー人は、先のことなど特に考えずに、協力し合って逃げを続ける。30Kmほど走ると、タイム差は7分近くまで広がった。
さっそくスプリンターチームは制御に乗り出した。ここまでの11日間で、本当の意味で「大集団スプリント」が展開されたのは、第5ステージのたった1回だけ。しかもこの先は山頂フィニッシュが6回も待ち受けているから……どうしても今のうちに勝機をつかんでおきたい。こうしてオリカ・グリーンエッジが隊列を引き、アルゴス・シマノやガーミン・シャープが仕事を始め……ラスト100kmを切ると、ランプレ・メリダも協力を買って出た。
終盤にはキャノンデールやベルキンも、追走に加わった。とりわけキャノンデールには、早めに3人を吸収しておきたい理由があった。それが、ゴール前15km地点に待ち受ける、ステージ2回目の中間ポイントだ。
ブエルタ・ア・エスパーニャは、ツール・ド・フランスと違って、ポイント賞を必死で追い求めるスプリンターなど存在しない。しかも、やはりツール・ド・フランスと違い、中間ポイントには「ボーナスタイム」が設置してある。つまり、総合争いの選手にとって、大切な場所となる。忘れもしない2011年、マイヨ・ロホを追い求めるクリス・フルームが、中間ポイントのアーチと間違ってスプリントを切ったこともあった!
そして、2分55秒差で総合7位に沈むイヴァン・バッソは、1秒だって欲しかった。だからこそ、邪魔なエスケープの回収に勤しんだ。いまだ夏の香りがただよう地中海岸で、ゴール前20km、3人のアバンチュールは幕を閉じた。
バッソは、誰とも争うことなく、念願の3秒を手に入れた。総合順位は変わらぬまま。総合6位とのドメニコ・ポッツォヴィーボとの距離だけは、8秒差に縮めた。それでもいつか、このわずかな3秒が、表彰台争いにおいて大切になってくるかもしれない。またニコラス・ロッシュは2位通過で2秒獲得。33秒差の総合2位から、31秒差へと近づいた!
中間スプリントの直後に、前夜タイムトライアル戦争に敗れたトニー・マルティンが、飛び出しを仕掛けたこともあった。一瞬、度肝を抜かれたスプリンター集団は、すぐに体制を整えて追いついた。
またマイヨ・ロホのヴィンチェンツォ・ニーバリ擁するアスタナや、アレハンドロ・バルベルデを守るモヴィスターが、スプリンターを脇へ押しのけて集団前方を占拠したことも。ステージ最終盤にはロータリーやカーブなど、極めてトリッキーな仕掛けが無数に詰め込まれていたせいだった。
幸いなことに、通常なら「最終3km以内で落車・メカトラブルに襲われた選手には、事故時点で所属していた集団と同じゴールタイムを与える」というタイム救済ルールが、この日は特別に「5km」に延長されていた。おかげで、比較的早い段階で、総合上位の選手はストレスから解放された。ゴール前4.5kmでパンクに見舞われたポッツォヴィーボも、まるで焦る必要はなかった。
一方で、あらゆる難関を排して、ようやくフィニッシュ間近まで迫ったスプリンターチームは、小さな失望を味わうことになる。ロータリーやカーブは想定の範囲内だったとしても、ラスト1.5kmの道が、かなりの上り基調だったから!
「ナイスなステージだったけど、ラスト1.5kmが、想像以上に難しかった。予想していた以上に、すごくテクニカルだったし、上りがきつかった。ボクが望んでいるのは、とにかく、平坦なフィニッシュだけなんだ」(タイラー・ファラー)
ガーミンやオリカの隊列のあらゆる努力を無為にするような、坂道アタックが炸裂した。ヒルクライマーのリゴベルト・ウランが発射台となり、ゴール前500mで、エドヴァルド・ボアッソンハーゲンが飛び出した。さらに、その後を追うように、虹色の光が、集団から矢のように放たれた。世界チャンピオンジャージを身にまとう、フィリップ・ジルベールだった。
「エドヴァルドは世界屈指の強豪だから、状況を引っくり返せるかどうかなんて、誰も確信なんか持てないさ。ただひたすら自分のスプリントだけに集中し続けたし、自分には追いつけるだけの力があると信じていた。スティバール相手の敗北を、いまだに忘れていなかった。だから、勝っても負けてもいいけど、とにかく1センチ差や2センチ差で負けたくない、とだけ思っていた」(ジルベール)
2012年9月23日に世界ロード王者の座をつかみとって以来、ジルベールは勝利から遠ざかってきた。約1年ぶりの栄光は、つまり、アルカンシェル姿で味わう初めての歓喜だった。「世界チャンピオンジャージでの勝利は、最高だね!」と笑顔を見せるベルギー代表リーダーは、2013年9月29日の大切な大一番に向けて、どうにか帳尻を合わせつつある。
ちなみに昨シーズンも、春先に歯の不調に苦しめられたせいか……ずっと勝てなかった。肝心のシーズン初勝利は、今年と同じように、ブエルタだった(第9ステージ)。さらに第19ステージでも勝利を重ね、ついには世界王者へと駆け上がった。
「この勝利のせいで、ボクにはプレッシャーがかけられるだろう。たくさんの人が、きっとこう言うに違いないんだ。『ヤツはまた勝てるさ』って。でも、これ以上余計なプレッシャーをボクにかける必要なんかないよ。ボクは優勝大本命ではない。本命の名を、軽く10人ほどあげることができる。カンチェラーラにサガン、さらにはスペイン人たち。バルベルデとかロドリゲス、サンチェス、モレーノ……」(ジルベール)
マイヨ・ロホを危なげなく守りきったニーバリも、イタリア代表リーダーとして、世界選手権優勝本命に名乗りを上げている。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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