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猛スピードで一行は走り始めた。この日を逃したら、あとは8日間で6回の山中フィニッシュが襲い掛かってくる。ゴール地は、気の早い脱出計画には好都合なことに、バルセロナ空港からほんの15kmほどの街だ。何かをトライするなら、今しかない。
中途半端な起伏ステージのせいで、とてつもない緊張感がプロトンを包んでいた。スタートから10km地点、集団落車が発生した。多くの選手が地面に投げ出された。おそらく、まだ帰る予定ではなかったはずのローレンス・テンダムやパブロ・ラストラスが、負傷棄権に追い込まれた。サイモン・ゲランスも、臀部の骨に亀裂が入ったとして、大会を去った。最終的にこのステージだけで、7選手が姿を消した。
落車後に仕切り直しを終えたプロトンは、再び、激しい飛び出し合戦へと突入した。あまりにも必死に走ったものだから、集団落車や3級山岳にも関わらず……序盤1時間を集団は時速44kmで駆け抜けた!ようやく1時間ほど走った後で、バウク・モレッマやエドヴァルド・ボアッソンハーゲンを含む6人が前方へと漕ぎ出した。ところが、これはどうやら後方の気に障ったようだ。10kmほどで戦いはリセットされた。
その後も、細かいアタックには事欠かなかった。全てに決着がついたのは、ようやく、ステージを半分ほど終えた頃だった。まずはモレッマを含む6選手が前方に突っ込み、ボアッソンハーゲンはいなかったけれど……しかしスカイ プロサイクリングの2選手を連れた12人が追いついた。18選手・1
後方では、大集団ゴールの「もしかしたら」という可能性に賭けて、オリカ・グリーンエッジが総出で隊列を組んだこともあった。しかし、ゴール前50kmの1級峠は予想以上に厳しく、地元の激坂巧者ホアキン・ロドリゲスが、スプリンターたちのやる気をすっかり挫いてしまったようだ。その後はオリカに代わって、前方に1人も選手を送り込めなかったキャノンデール プロサイクリングやエフデジ・ポワン・エフエールが攻め立てた。ニーバリ率いるアスタナ プロチームも、積極的に集団先頭に陣取った。
しかし、タイム差は決して3分以上には開かなかった。2分以内に縮めまることも、また、なかった。なにしろモレッマやミケーレ・スカルポーニ、ジェローム・コッペル、ワレン・バルギルといった「本当ならば総合トップ10入りを狙いにきた選手」が、少しでも名誉を回復しようと、大いに力を尽くしたのだ。しかもイヴァン・サンタロミータ、ベナト・インサウスティ、リナルド・ノチェンティーニ、アメッツ・チュルーカ 、シャビエル・ザンディオ、エゴイ・マルティネスデエステバン等々の実力者たちも、協力を惜しまなかった。そう簡単に、つかまるはずがなかった。
エスケープの中で総合トップのスカルポーニは、10分28秒遅れだったから、結局のところ総合勢はそれほど真剣に追いかける必要もなかった。ゴール前16km、タイム差が2分半ほどの時点で、後方プロトンは追走を完全に放棄した。慌てたオメガファルマ・クイックステップが、ほんの少し牽引を見せたけれど、たいした違いは生み出せなかった。その頃には、前方集団も9人にまで人数が絞り込まれていた。
ゴール前6km、マルティネスデエステバンとコッペルが、抜け駆けを試みた。すでに数キロ前から、エスケープ集団内では、勝利へ向けた化かし合いが始まっていた。一旦は大きく後れを取ったスカルポーニも、2011年ジロ総合覇者の意地を見せて、2人に追いついた。ただし、置き去りにされた6人は、じわじわと3人を飲み込んだ。ラスト2kmで、再び前方は9人に逆戻りした。
次に大きなアタックを決めたのが、ゴール前1.8kmの、バルギルだった。もしかしたら、情報収集を怠った数人の選手は、ネオプロの実力を甘く見ていたのかもしれない。ただし、フランス人としては奇妙な名前(ケルト系の系譜を継ぐブルターニュ人の名前だ)を持ち、フランス人としては痩せた細長い肢体と驚異的なヒルクライム能力を持ち(チーム アルゴス・シマノにスカウトした監督は、初めて見たとき、コロンビア人だと思ったそうだ)、フィレンツェでの世界選手権「プレ」代表候補に選出された21歳は、2012年ツール・ド・ラヴニール総合覇者なのだ!
現在は23歳以下の選手だけに門戸を開かれた「ミニ」ツールと呼ばれるステージレース……、つまりは2013年ツール・ド・フランス総合2位ナイロ・キンターナが2010年に制した大会をモノにした、文字通り「未来=アヴニール」の強豪である。ちなみに2006年にはモレッマが、2003年にはマルティネスデエステバンが総合を制している!
「ボクの血の中に、自転車レースが、脈々と息づいている」(バルギル)
自転車熱狂の地方で生まれ育ったバルギルは、第10ステージでのニュートラルゾーンの落車に巻き込まれ、大きくタイムを失った。2分31秒差だった若者は、たった1日で27分37秒差へと転落した。
それでも、傑出した才能は、決して折れはしなかった。今ステージでまんまと逃げに乗り、ラスト1.8kmでアタックを打つと、そのまま他者を寄せ付けずに突進を続けた。ゴール前1kmのアーチを差し掛かっても、500mのパネルをくぐっても、先頭の座は変わらなかった。
「ブエルタに乗り込んできたときは、とにかく、チームがボクを信頼してくれたこと、初めてのグランツールへと送り込んでくれたことに、大いに満足していた。だから、とにかく、ゴールすることが目的だった。……今回の勝利が、新チャンピオンの誕生かどうかは、わからない。ただ言えることは、たくさんの仕事と犠牲とが、幸せをもたらしてくれたということさ」(バルギル)
年上の先輩たちの追い上げを振り払って、バルギルは生まれて初めての区間勝利を手に入れた。栄光を逃した逃げの仲間たちは、7秒遅れでフィニッシュラインを越えた。メインプロトンは2分43秒遅れで、緊張感あふれた1日を締めくくった。スカルポーニは24位から、7分49秒差の総合16位へと、一気に駆け上がった。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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