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スタート地では多くの関係者が口を揃えてこう言った。「今日から本物のツール・ド・フランスが始まるんだ」。そうなのだ。総合リーダーたちが待ちに待った、ヴォージュ山岳3連戦がついにやって来た!
開幕からずっとプロトンを邪魔してき雨雲は、しかし、あいもかわらず付いてきた。天空では雷鳴が鳴り響き、ヴォージュの青い線は白い霧でぼやけた。時には局地的な豪雨も襲ってきて……。マイヨ・ジョーヌをまとうヴィンチェンツォ・ニーバリが「悪天候は苦手じゃないし、ボクの走りには影響がない」(公式記者会見より)とは言うものの、アスタナのアシストたちは無駄な危険を避けるために、できる限り抑え目なリズムを刻んだ。しかも全長161kmのコースのうち、最初の130kmはほぼ平坦な道が続く。だから総合を脅かさないであろう選手を遠くへ逃して、「来るべき時」に向けて、後方で静かに準備を整えるほうを選んだのだ。
そんな展開は、スタート前から予想されていた。たとえばアージェードゥゼール・ラ・モンディアルは、複数選手に飛び出し許可を与えた。総合争いのリーダー2人(ジャンクリストフ・ペローとロメン・バルデ)を前方で待つためではない。指令は「区間勝利を本気で狙いに行け」。
「朝のミーティングで3〜4人が指名された。だからチームメートたちと力を合わせて、まずは逃げに乗るために戦ったよ。なんとも幸運なことに、ボクがエスケープに滑り込んだ!」(ビエル・カドリ、公式記者会見より)
熾烈なアタック合戦の末に、スタートから30kmほどで、ついに5選手の逃げが出来上がる。シルヴァン・シャヴァネル、ニキ・テルプストラ、サイモン・イェーツ、アドリアン・プティ、そしてカドリは、逃げ切りを強く意識しながら協力体制を続けた。タイム差は最大11分15秒。ラスト26kmから始まる3峠へ突入した時点で、6分15秒のアドバンテージを保っていた。その1つ目の峠道で、真っ先に動いたのがシャヴァネルだ。今年で35歳になったベテランは、キャリア4つ目のツール区間勝利へ向けて、早々と加速を切った。
「シャヴァネルを1人で行かせては絶対にダメだ、ってこれまでの経験ですぐに察知した。だからすぐに追いかけた」(公式記者会見より)
こう後に語ったカドリは、厳しい勾配に苦しみながらも、なんとかフランス人の先輩のところまで体を引き上げた。しかも、その数キロ後には、カドリが1人で旅立った。
「だって後方ではイェーツが、諦めずに追いかけてきていたから。新人選手だけど、去年のツール・ド・ラブニールで活躍した強い選手。なにより、ボクより強いヒルクライマーだと知っていた。だから、絶対に、イェーツに追いつかれてはならなかった」(カドリ、公式記者会見より)
27歳フランス人には、計画を最後まで遂行する脚があった。シャヴァネルを完全に置き去りにし、恐れていた若者を着実に引き離した。山岳ポイントを積み上げて、1年前の第7ステージに続く赤玉ジャージも確実にした。ときには急勾配に苦しめられたけれど、雨のラ・モズレーヌ山頂へ向かって我慢強くペダルを漕いだ。ゴール前800mで「勝った」と聞かされた時には、「集中力を切らしてはならない」と気持を引き締めた。ライン200mまで我慢して、ようやく喜びを爆発させた。初めて手に入れたツール区間勝利だった。これはまた、2014年ツール・ド・フランスにおける、初めてのフランス人勝利だった。7月14日=革命記念日より2日早く、フランスに栄光の日が訪れた。
後方で淡々と走ってきたメイン集団は、ゴール前35km、攻撃モードに切り替えた。ニーバリは黄色いアノラックを脱ぎ捨てた。いよいよ山へ向けた戦いの火蓋が、切って落とされた。
まずはカチューシャがスピード牽引に取り掛かった。ジロを落車リタイアし、ツールは「ブエルタに向けたリハビリ」代わりに出場しているホアキン・ロドリゲスに、区間勝利のチャンスをもたらすため?ただし肝心の「プリト」は、ちょうどカドリが単独アタックをかけたあたりで(つまり1つ目の山で)、メイン集団から滑り落ちた。ガーミン・シャープも総がかりで猛牽引を行った。前日スプリント中に落車したアンドリュー・タランスキーを、好位置に連れて行くため?しかし2つ目の山からの下りで、マイアミっ子は再び落車の犠牲となった。前日失ったタイムはゼロだったけれど、この日は総合ライバルたちから2分以上の遅れを喫した。
ヴォージュ山塊での犠牲者は2人だけではない。ミカル・クヴィアトコウスキーは、1つ目の峠で早くも遅れ始めた。2つ目の峠の16%ゾーンでは、激坂が苦手なピエール・ローランが減速した。最終峠ではユルゲン・ヴァンデンブロックがついに耐え切れなくなった。アスタナのアシスト隊も苦しんだ。石畳で驚異的な仕事を成し遂げたヤコブ・フグルサングが、先頭集団のリズムについていけなくなった。リーダーのニーバリを前に残したまま、タネル・カンゲルトが減速してフグルサングを待つ、という奇妙なシーンも見られた。
「フグルサングはここ数日すごく働いていたし、昨日もちょっと調子を落としていたんだ。でも、チームメート全員がステージ全体を通して良い仕事をしてくれたし、それにボクの側にはミケーレ・スカルポーニがついていたから、問題ないと思ってね」(ニーバリ、公式記者会見より)
一方のティンコフ・サクソは、恐るべき山岳列車を走らせた。山に入る前の平坦ではマッテオ・トザットが戦車のように突き進んだ。山に入ると、大会前に急遽呼び出されたラファル・マイカが、長らく先導役を務めた。2012年ブエルタ時にも見せたように、献身的に。雨の下りは、雨のジャパンカップを制した(後にタイトルは剥奪された)マイケル・ロジャースの担当だった。最終峠の、勾配のキツイゾーンでニコラス・ロッシュが最後のひと踏ん張りを終えると、リーダーのアルベルト・コンタドールがスピードを上げた。前方でカドリが独走勝利を満喫しているちょうどその時に……。
「前方で1人逃げている選手が、逃げ切れる位置にいるのかどうか、確信がなかった。だから最後まで、追走も諦めなかった。でも、差が2分あると知って、さらには、その選手がすでにゴールしたことを知った。だったら最後はライバルを振り払うために全力を尽くそう、って決めたんだ」(コンタドール、個人プレスリリースより)
そしてスペイン人は、ラスト1kmで軽やかに、しかし全力で飛び出した。シチリアっ子はすかさず張り付いた。ほんのわずかな動きさえも見逃すまいと、3つの峠の間中、マイヨ・ジョーヌはひたすらコンタドールの背中を見つめ続けていた。もちろん2人で飛び出してからも、とにかくライバルだけを凝視し、全ての行動を共にした。コンタドールが脚を緩めればニーバリも緩め、加速すれば後に続き、後ろを振り向けばやはり後ろをチラリと見て——。コンタドールが黄色い影をようやく振り払えたのは、ゴール前200mだった。
「調子は良かった。でも、付けられたタイム差は、ほんの少しだけ。ただニーバリを突き放せるとは、思ってもいなかった。とにかく、本当に、短い上りだったからね。この結果には満足しているよ」(コンタドール、個人プレスリリースより)
「コンタドール向きの、爆発的で厳しいステージだったよね、でもボク自身は調子がすごく良かったから、彼の後輪に張りついて、状況コントロールができた。ゴールの手前でギアチェンジをミスして、そのせいで足が少し止まってしまった。数秒も失った」(ニーバリ、公式記者会見より)
コンタドールがニーバリから取り戻したタイムは、結局のところ、わずか3秒だった。総合2分37秒差が、2分34秒差に縮まっただけ。マイヨ・ジョーヌ本人は「どうせ自分向きの山じゃなかったから」と、たいして気にも留めていない。ちなみにニーバリはもちろん総合首位のままで、コンタドールは16位から6位へと大幅なジャンプアップを成功させた。
またコンタドールのアタック時に少々出遅れたリッチー・ポートは、すぐに立て直して、コンタドールから7秒差・ニーバリから4秒差でフィニッシュ。総合でも7位から1分58秒差の3位に上がった。オーストラリア人の4秒後には、フランス人のティボー・ピノとジャンクリストフ・ペローが入り、すでに区間優勝で歓喜に沸くフランスのファンたちをさらに喜ばせた。ニーバリとコンタドールが揃って「危険人物」として名前を上げたバルベルデは、スペインの同朋から19秒遅れで1日を終えた。総合では9位から、2分27秒差の5位へ浮上だ。
初の山岳ステージで総合順位は大きくシャッフルされた。3位だったペーター・サガンは一気に38位まで急降下。ちなみに2位はフグルサングで、4位はクヴィアトコウスキーで変わらず。ただしタイムを参照すると、それぞれ前日より1分42秒、1分36秒もタイムを失っている。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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