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サイクル ロードレース コラム 2014年7月15日

ツール・ド・フランス2014 第10ステージ レースレポート

サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか
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黙示録のような旅は、ヴォージュ3日目も続いた。あちこちでは局地的な大雨が叩きつけた。雲間がわずかに途切れると、7月の太陽が、急激にかあっと照りつける。山に入れば一寸先も見えないほどの濃霧。暑くなったり、寒くなったり。たとえ晴れてはいても、道はじっとりと濡れていて……。ディフェンディングチャンピオンのクリス・フルームを遠くへ連れ去った悪天は、大会10日目のこの日、総合大本命アルベルト・コンタドールを地面に叩きつけた。

15時20分。7つの峠のうち、3つ目の、ちょうど麓にさしかかったときだった。「ポケットに手を入れて何かを探しているときに」(チームプレスリリースより)、コンタドールが道路右側に転がり落ちた。右ひざを切り、大量の血が流れた。左足のシューズに不具合が発生し、交換を余儀なくされた。「ハリーアップ」という焦ったような声。時は刻々と過ぎていく。グランツール総合優勝5回の大チャンピオンが、再びバイクにまたがったときには、メイン集団から4分近い遅れを喫していた。

チームメート3人がリーダーを待ち、必死の追走を始めた。しかしスペイン人の脚は、もはや思い通りには動かなくなっていた。チームカーで併走するチーム監督ビャルヌ・リースと、静かな話し合いが続けられた。そして15時55分。これまで力を尽くしてくれたアシストたちに感謝の意を告げると、真っ白な霧の中で、自転車を降りた。5年ぶりのツール・ド・フランス総合獲りへの挑戦は、前触れもなく終わりを告げた。指で涙を軽く拭いて、エル・ピストレロは戦いの場をあとにした。

大会メディカル班の診察によれば、コンタドールの負傷は右ひじの外傷、創傷、そして右足の高原骨折(脛骨の上面の骨折)。

「前を向いて行かねばならない。ただし今現在は、アルベルトがブエルタを走る可能性については、なにも言及できない。ケガの回復次第だし、どれくらい早い時期に自転車に乗れるのか、いつトレーニングを再開できるのかといった状況次第だ」(リース、チームプレスリリースより)

フルーム vs コンタドールの一騎打ち。開幕前に用意されていたシナリオは、こうして、急遽書きなおされることになった。新しい筋書きを決めたのは、大会前は「第3の男」と呼ばれていたヴィンチェンツォ・ニーバリ、その人であった。

第2ステージの区間勝利でマイヨ・ジョーヌを手に入れ、前夜ゴール地で脱いだばかりのイタリアチャンピオンは、いつもよりも静かな朝を満喫していたはずだった。なにしろアシストたちを仕事から解放するために、あえて7日間守ってきたジャージを手放したのだから。

「ステージの滑り出しは上々だった。スタートと同時に出来上がったエスケープは、ボクらにとっては好都合だったし、ロット・ベリソルが制御役を務めてくれた。ただし最初の2級峠からの下りで、ミカル・クヴィアトコウスキーとトニー・マルティンが飛び出した。さらにコンタドールがセルジオ・パウリーニョを使って、下り分断を試みてきた。だから、結局はボクらチームが、コントロール権を掌握しなきゃならなくなった」(ニーバリ、公式記者会見より)

真っ先に飛び出したのは、チームメートのリエーベ・ウェストラだった。クリストフ・リブロン、アマエル・モワナール、トマ・ヴォクレール、アルノー・ジェラールのフランス4人組と他の数人が、すぐさま賭けに乗った。スタートから20kmを過ぎ、最初の上りに入ると、ホアキン・ロドリゲスやペーター・サガン等々が前方集団へと追いついた。さらに下りでミカル・クヴィアトコウスキーとトニー・マルティン等々が猛突進。つまり……青・白・赤のフレンチトリコロールを祝うべき革命記念日に、サガン、マルティン、クヴィアトコウスキーという緑・赤・白の3色ジャージがロングエスケープに乗り出したというわけ!

結果から言えば、ある意味で逃げを成功させたのは、サガンとロドリゲスだけである。マイヨ・ヴェールを着用する選手が、厳しい山岳ステージで「中間ポイント獲得エスケープ」に乗り出す戦術は、2009年でトル・フースホフトが成功させて以来すっかり定着している。サガンも中間ポイントで首位20ptを勝ち取り、マイヨ・ヴェール争いで2位以下に131ptもの差をつけた。その後は徐々にエスケープ集団から遅れだし、後方の小さなグルペットで1日を終えた。詰め掛けたたくさんのファンたちの前で、得意の「ウィリー」フィニッシュをお披露目する余裕さえあった。

この日の終わりに赤玉ジャージを着ることになるロドリゲスは、なにも力づくでマルティンから剥ぎ取ったわけではない。だってドイツ人は、ジャージ保守など1mmたりとも考えていなかったはずだから。ヴォクレールとロドリゲスが白熱した山岳ポイント収集合戦を繰り広げるのを横目に、マルティンは黙々とエスケープ牽引役に徹した。通算50km以上も先頭を引き続けたマルティンの目的はただ1つ。新人賞ジャージを身にまとい、総合で4分差、ニーバリから2分26秒差につけるクヴィアトコウスキーの、総合タイム差を縮めること。

後方メイン集団では、光り輝くような黄色をまとったトニー・ギャロパンを、ロット・ベリソル集団が守り続けた。スプリンタートレイン要員も、いや、むしろエーススプリンターのアンドレ・グライペルさえも、マイヨ・ジョーヌのために集団牽引に参加した。前方集団とのタイム差コントロールに励んできたが、コンタドール落車の直後だけは、ほんの少しリズムを落とした。そのせいでクヴィアトコウスキーの暫定マイヨ・ジョーヌが、徐々に現実味を帯びてきて……。

「たしかに少しリズムを落としたよ。ボクもリッチー・ポートやチーム監督と話し合って、速度を控えめにした。でも、前方とのタイム差が思った以上に開いてしまったから、速度を上げることに決めた。なにしろ総合争いで危険になりかねない選手が、前方にいたからね」(ニーバリ、公式記者会見より)

前夜イエロージャージを脱いだばかりのイタリア人だが、やはり、ゆっくり休んでいるわけにはいかなくなった。アシストを総動員して、追走態勢に入った。ゴール前21.5km、1級シュヴレール峠に突入するころには、差は2分半にまで縮まっていた。

そしてこの、とびきり勾配の厳しい山で、マルティンの超人的な牽引作業は終わりを迎える。赤玉を手放し、赤ゼッケンを手に入れ、そして白ジャージに希望を託しつつ……ドイツ人は先頭を下りた。バトンを引き継いだクヴィアトコウスキーは、山道で猛然と加速を切った。エスケープの残党たちがあっというまに散り散りになる中で、「プリト」が追いついてきた。35歳の大ベテランに、ポーランドの新進気鋭は振り払われた。下りで追いつくも、最終峠で、稀代の激坂ハンターにまたしても軽々と付き離された。あと5kmが足りなかった。結局のところポーランドの24歳は、区間勝利も、総合タイム差を縮めることも、マイヨ・ジョーヌも、マイヨ・ブランさえも、成し遂げることは出来なかった。

「目標を達成するためには、脚が必要なのさ。トニーには感謝している。彼はとにかく信じられない仕事を成し遂げた。ただボクが、彼から引き継いだ仕事を仕上げることができなくて、がっかりしてる。ボクだって最善は尽くした。でも最終峠では、自分のスピードにさえ上手く乗れなかった」(クヴィアトコウスキー、チームリリースより)

プリトにも手痛いラストが待っていた。2011年ジロ覇者ミケーレ・スカルポーニ(下りで派手な落車をしたにも関わらず)の力強いアシストを経て、ゴール前3kmで全ライバルを鮮やかに置き去りにしてきたニーバリに、ラスト1kmのアーチの下で、振り切られた。2日連続のロングエスケープで疲れ切った脚では、とても対抗することは出来なかった。

ちなみに前日センセーションを巻き起こした大逃げ組の多くが、この第10ステージは、苦しい1日を強いられた。黄色で革命記念日を走ったギャロパンは、シュヴレール峠でメイン集団から脱落。総合では3分12秒差の総合5位に転落した。総合表彰台候補へと一気に復帰したピエール・ローランもまた、脚の疲れと苦手の激坂に苦しんだ。前日は5分01秒を取り戻し、この日は4分14秒を失った。総合3位に躍り出たティアゴ・マシャドは、落車の犠牲となり、43分06秒遅れの最下位でステージを終えた。制限タイムは37分27秒だったが、悪天候や落車を考慮しての、救済措置が取られたようだ。プリトだけは、あと1kmのところで、区間勝利は逃したけれど……前夜の宣言通り、マイヨ・ア・ポワを身にまとった。

2年前にクリス・フルームが初のツール区間勝利をさらい取った山で、ニーバリは自らがマイヨ・ジョーヌにふさわしい王者であることを改めて証明した。フルームが消え、コンタドールが去ったから、自動的に頂点の座に格上げされたのではない。ニーバリは自らのアタックで、区間とマイヨ・ジョーヌを勝ち取ったのである。

「もしもボクがツール総合優勝を果たしたとき、フルームとコンタドールの落車のせいだ、って言われたら悲しい。ボクはすでにかなりのタイム差をつけていたし、なにより、ボクはコンタドールと一騎打ちする準備が出来ていたんだからね。これからはマイヨ・ジョーヌを守っていく。だからといって、ボクに、もはやライバルがいないわけではない。リッチー・ポートやアレハンドロ・バルベルデは、いまだ戦線に残っている。すでにあるタイム差を、上手く制御して行かなければならない」(ニーバリ、公式記者会見より)

総合2位ポートとの差は2分23秒、3位バルベルデとは2分47秒。その背後には4位ロメン・バルデ3分01秒、5位トニー・ギャロパン3分12秒、6位ティボー・ピノ3分47秒、8位ジャンクリストフ・ペロー3分57秒と、フレンチ総合勢がひしめいている。ニーバリとのマイヨ・ジョーヌ争いよりも、この先はむしろ、表彰台の2番目と3番目の争いの方が熾烈になりそうだ。

英国から走り出し、雨の石畳を経由して、落車とアタック合戦に明け暮れた大会前半戦がようやく終わった。翌日は待望の休養日。疲れを癒し、ほんの束の間のリラックスタイムを楽しんだら、アルプスとピレネーの待つ後半戦へ向かう。

宮本あさか

宮本 あさか

みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。

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