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短い晴れ間をプロトンは楽しめただろうか。休養日から夏らしいお天気に恵まれているツール一行だが、3日後の日曜日からは再び下り坂の予報。ちなみに翌日からは、大バトルが繰り広げられるであろう、アルプス山頂フィニッシュ2連戦が控えていて……。だから今日こそは、誰もが本物の「移動ステージ」を待ち望んでいた。
幸いにも、前日の「エスケープ向きステージ」を破壊したキャノンデールは、攻撃的戦術を引っ込めた。代わりにジャイアント・シマノが制御権を握った。スタートから10km地点でセバスティアン・ラングフェルド、グレゴリー・ラスト、サイモン・クラーク、ダヴィド・デラクルス、フロリアン・ヴァションが飛び出すと、すぐに背後で列車を作り上げた。
「今日は、たしかに昨日と同じように、アップダウンの多いステージだね。でも、距離が少し長いかわりに、実のところ起伏の難度は低い。ゆるやかなアップダウンだから、上れるスプリンターなら軽々と超えてくるだろうし、アタックも決まりにくい。中規模の集団スプリントになるはずだよ」(クリスティアン・ギベルトー、ジャイアント・シマノ監督、スタート地インタビューより)
(ピュアスプリンターのマルセル・キッテルではなく)ジョン・デゲンコルブを支える集団は、猛追モードのペーター・サガン親衛隊に比べて、極めて落ち着いたコントロールを行った。前を行く5人には最大5分近いタイム差を与え、その後は3分程度で淡々とタイム差を調整した。
ゴール前95kmだった。逃げ切りのわずかな可能性に賭けて、勇んでペダルを回す前方集団に、アクシデントが発生した。下り右カーブで、ダヴィド・デラクルスが右肩から地面に落下。すぐ前を走るラングフェルドも巻き込まれ、アスファルトに滑り落ちた。山岳ポイントを少しでも稼ぎたい……と願っていたというスペイン人は、鎖骨を骨折して即時リアイアを余儀なくされた。オランダチャンピオンはすぐに立ち上がり、どうにか先を続けた。
4人になったエスケープ集団の背後で、隊列を組んだのはなにもジャイアント集団だけではない。補給地点を過ぎて、少しずつ起伏が増して行く、そんな時だった。ジャイアントの白黒ジャージに混ざって、ユーロップカーの深緑ジャージがじわじわと前線へと上がり始めた。最終的には9人全員が一列に並び、オランダチームから主導権を奪い去った。
「今日の第一目標は、エスケープに乗ること。だけど、それが果たせなかったから、Bプランへと切り替えた。逃げ集団とのタイム差を縮めて、そして、終盤の起伏で動くこと。同時にブライアン・コカールをいいポジションにとどめ、集団フィニッシュに備えることだった」(アンディ・フリカンジェ、ユーロップカー監督、ゴール地インタビューより)
緑のジャージは勢い良く進んでいく。サンテティエンヌと言えば、フランス人にとって、いや、古くからのサッカーファンにとっては「レ・ヴェール=緑」の町だろう。国内リーグ優勝10回を誇るサッカークラブ、ASサンテティエンヌの愛称で、ジャージの色ももちろん緑。1976年にUEFAチャンピオンズカップの準優勝(現在のUEFAチャンピオンズリーグ)に輝いたことがあり、かのミシェル・プラティニが若き日に所属していたチームとしても名高い。そしてゴール地のファンたちが「アレ・レ・ヴェール!」の応援歌を口ずさみだしたころ、緑色の2人が飛び出した。ペーリ・ケムヌールとシリル・ゴチエだ!
「昨日ロードブックを見て、ペーリと2人で、ちょっとしたアイディアを温めていたんだ。だからチームメートにも引いてくれるように頼んだ。そして、プロトンの隙をついて、上手く飛び出した」(ゴチエ、ゴール後インタビューより)
前方はすでに1人になっていた。2012年ブエルタで逃げ切り勝利をつかみとり、山岳ジャージも持ち帰ったクラークが、最後の力を振り絞っていた。そこにゴール前27km地点からタンデム走法で突き進んできた2人が、20km地点で追いついた。しかし……。
「クラークと合流してからは、もう全力はださなかったんだ。だって、クラークを、どうにかして千切りたかったからね。クラークをゴールまで絶対に連れて行きたくなかった。彼とゴール勝負をしたくなかったんだ」(ゴチエ、ゴール後インタビューより)
しかしスタート直後からすでに150kmも逃げていたクラークは、当然のようにユーロップカー組の背中にひたすら張りついて、決してリレー交替を担当しようとはしなかった。ゴチエが「引けよ」と合図しても、頑なに、後ろの位置を守り続けた。背後からはスプリンターチームがスピードレベルを一段上げて、とてつもない勢いで迫ってきていたというのに。
「ゴチエとケムヌールの2人に、もしも、あと数人協力してくれたら、逃げ切りを成功させられたかもしれないのに。スプリント勝利を期待できないチームが、もっと選手を前に送り出してくれたら……。でも、残念ながら、受身のチームが多すぎた」(ジャンルネ・ベルノドー、ゴール後インタビューより)
5kmを残して、果敢な試みは強制終了させられた。スプリント強者たちが、どっとフィニッシュラインへと詰め掛けた。
ここでもやはり、緑は成功しなかった。1日中おとなしくしていたマイヨ・ヴェールのペーター・サガンは、軽く上り気味のロングストレートで全力を爆発させたが、またしても2番目の位置でステージを終えた。今大会4度目の2位だった。
「まるで、脚が、残っていなかったんだ。もしかしたら、今ツールは2位止まり、っていうのがボクの運命なのかも。それほどがっかりもしていない。この結果を受け入れて、前を向いていかなきゃ。今大会は開幕以降、自分に向いている全てのステージで全力を尽くしてきた。そのせいで、ほかの選手たちに比べて、疲労も大きかったんだと思う」(サガン、チームリリースより)
ちなみに1970年代に「アンジュ・ヴェール(緑の天使)」と呼ばれたASサンテティエンヌのゴールキーパー、ドミニク・ロシュトーから緑のジャージを授与された。1990年生まれの若者にとって、しかもフランス人でもなんでもないサガンにとっては、「まるで知らない人」だったらしい。
最後に笑ったのは紅白ジャージの男だった。アレクサンドル・クリストフ、27歳。この春のミラノ〜サンレモ優勝で一躍トップライダーの仲間入りを果たしたノルウェー人が、初めてのツール区間勝利でその名声を確かなものとした。3月のイタリアでは37歳ルーカ・パオリーニの後輪にぴたりと付いて行けばよかったのだけど、7月のフランスではゴール前1kmで見失ってしまった。それでも、三両編成オメガファルマ・クイックステップ列車の、最終車両マッテオ・トレンティンの背後にまんまと飛び乗った。「あそこが一番確実な列車に見えたから」と。
「今日のステージは、前々から、ボクにチャンスがあると分かっていた。だから昨日は、わざとなにもしなかった。あらゆるアタックの動きになにも反応せず、後方で休んでいた。おかげで今日の上りでは、足の調子はもの凄く良かった。でも最終盤はものすごくストレスを感じたよ。チームメートとはぐれてしまうし、前後左右をふさがれてしまうし……。でも脚が残っていたからこそ、ひとりで上手く切り抜けることが出来たのさ」(クリストフ、公式記者会見より)
ステージ序盤から黙々と働いてきたジャイアント・シマノは、デゲンコルブの13位で1日を終えた。積極策が再び不発に終わったユーロップカーは、コカールの7位が最高順位だった。第9ステージに大逃げでマイヨ・ジョーヌ、第11ステージには最終盤のアタックで区間勝利と、フランス自転車界を大興奮させたトニー・ギャロパンは、さすがに疲労には勝てず5分45秒遅れでゴール。総合5位から20位へと大きく後退した。それ以外の総合トップ20選手は、全員クリストフと同じ先頭集団でフィニッシュラインを越えた。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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