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ピレネー難関山岳3日目。総合争いを繰り広げてきた選手にとっては、これが正真正銘、3週間で最後の「直接対決」のチャンスだった。超級オタカム峠の13.6kmの山道で、もはや思い残すことなどなにもないくらいに、強豪たちは死力を尽くして戦った。そんな彼らに残された唯一の機会は、2日後の、全長54kmの、ストップウォッチ相手の孤独な戦いとなる。
気温は少し下ったものの、嫌な蒸し暑さがツール一行を包み込んだ。疲れた体に鞭打って、勇敢な者たちはスタート直後からアタックを繰り出した。20選手が抜け出した。山岳ステージのエスケープ常連(アレッサンドロ・デマルキやビエル・カドリ)に、いつも通りに複数を送り込んだチームユーロップカー(トマ・ヴォクレール、ブライアン・コカール、ケヴィン・レザ)。もしもの場合に備えて、ヘスス・エラダ&ヨン・ヨン・イサギーレインサウスティも2日連続で飛び出した。
去年までとは違うジャージカラーで、ピレネーの山を走る選手もいた。スカイ所属の、スペイン人、ミケル・ニエベ。つまり元エウスカルテル・エウスカディ所属の、バスク人だ。オレンジ色のチームは昨季限りで消滅し、沿道で見かけるオレンジ色の割合も、残念ながらすっかり少なくなってしまったけれど……。国境の反対側の、コースからほんの150kmほどしか離れていない町で生まれ育ったニエベは、黒チームのために区間1勝を探しにいった。
「何かを試そうと思ったら、今日が最後のチャンスだった。ボクはヒルクライマーで、最後の山岳ステージだったからね。脚の調子はよかった。数日前に体調を崩さなければ、もっといいツールになったかもしれないのに。でも、トライしたし、全力を尽くした」(ニエベ、チーム公式HPより)
メイン集団に3分50秒差をつけて、20人は超級トゥルマレ峠へと上り始めた。ここでニエベは抜け出すと、ただカドリと共に先を急いだ。伝説峠の山頂にかけられた「ジャック・ゴデ賞」(先頭通過者は賞金5000ユーロ)には興味がなかったから、特に争わずに、フランス人に譲った。最終峠の入り口まで、とにかく協力体制を崩さず走り続けた。そして再び道が上り始めると、すかさず、単独走行を始めた。しかし超級オタカムの入り口で、背後のメインプロトンは、すでに約1分後に迫っていた。
後方でも、スペイン人が大胆に試みた。トゥルマレ山頂からの下りで、アレハンドロ・バルベルデが、突如としてスピードアップ。約20kmもの長い下り坂を利用して、ダウンヒルアタックに打って出た!アレクサンドル・クリストフの急襲ダウンヒルに屈し、2006年ブエルタ・ア・エスパーニュを落としたあのバルベルデが……、2014年ツールでは総合2位の座を死守するために谷間へと飛び込んでいった。前方ではエラダ&イサギーレインサウスティが待っていた!
「バルベルデが下りアタックに打って出た瞬間、彼の調子が良くないことを悟った。あれはまさに、自分の弱点を、さらけ出すようなものだった」(ティボー・ピノ、ミックスゾーンインタビュー)
もちろん、バルベルデからわずか34秒差で総合3位につけたピノは、笑顔で背中を見送ったわけではない。やはり逃げ集団から脱落してきたマチュー・ラダニュに集団牽引を命じ、ライバルに決して20秒以上のリードは与えなかった。下り坂が完全に終わる前には、きっちりスペイン人を回収した。上りで一旦小さくなった集団も、再びボリュームを増し、ヴィンチェンツォ・ニーバリ擁するアスタナが集団制御権を取り戻した。淡々と、しかし高速で。
そのリズムを断ち切ったのが、クリストファー・ホーナーだ。ゴール前10.5km、オタカムの山道で、ランプレのアメリカ人は突如として集団前方へと躍り出た。しかも、このアタックが、マイヨ・ジョーヌ本人を動かした。2013年ブエルタで史上最年長グランツール覇者に輝いた当時41歳(現42歳)は、つまり、閉幕の3日前にニーバリからマイヨ・ロホをむしり取った張本人なのだから。ちなみに、この4月、練習中の交通事故で重傷を負い、「ようやく今日、かつての感覚を、取り戻せたような気がしていた」(ホーナー、ゴール後インタビューより)。
「ホーナーがそのまま区間勝利をさらい取ってしまうんじゃないかと、怖かった。だから、早すぎるかもしれないと思ったけど、ボク自身も飛び出した。それに、ホーナーには、ちょっとしたライバル意識があったからね」(ニーバリ、公式記者会見)
ヴィンチェンツォ・ニーバリは、そのまま10kmの勝利街道へと飛び立っていった。一心不乱にペダルを回し、もがくニエベの脇をすり抜け、もちろん誰にも後輪には張り付かせなかった。第2ステージに始まって、第10、第13ステージも勝ち取ったイタリア人は、オタカムの山の上へも最速で駆け上がった。あらゆるライバルから、いや、ツールに残る全164選手から改めてタイムを奪い取って、4度目の区間優勝に、通算16回目のマイヨ・ジョーヌ表彰式。メディアからは「(ランス・アームストロング風)ノーギフト」とか「(エディ・メルクスのあだ名カニバルをもじって)カニーバリ」なんて呼ばれた!
「最終盤は無線が上手く聞こえなくて、ニエベとのタイム差は分からなかったんだ。もう追いつけないかもしれない……と怖かった。とにかく、4勝もできたなんて、ファンタスティック。しかも総合タイム差もさらに開けた。今、ようやく、平静な気持だよ」(ニーバリ、公式記者会見より)
つまり区間優勝は、あらかじめ狙っていたわけだ。赤玉ジャージのことは、特に気にしていなかった。しかし118ptの山岳賞2位が勝利へ向かって突っ走り出したからには、首位149ptのラファル・マイカは、黙って指をくわえているわけにはいかなくなった。山頂フィニッシュポイント2倍ルールのせいで、ニーバリが区間優勝を果たした暁には計168ptとなる。暑さが好きなポーランド人が、首位を守ろうと思ったら、区間6位(=20pt)以上に入ることが絶対条件だ。だからゴール前8.5km、ひとりで飛び出した。
昨日の大逃げ勝利の後で脚はひどく疲れていた、と告白する24歳は、別次元の強さを見せるニーバリの後塵を拝むことすらできなかった。しかも後方からは、「ニーバリの両隣に並ぶ権利」を追い求める3人が、猛スピードで追いついてきた。ただ、うまくこのトリオにくっつくことで、マイカは勢いを失わずに済んだ。
「なんとか区間3位に入れたんだから、悪くないよね。満足さ。この山岳ジャージをパリに持ち帰ることが出来るなんて、ボクにとっても、チームにとっても、とても素晴らしい成績だよ。来年はもっといい年になる。だってアルベルト・コンタドールと共に、再びツール総合優勝にトライするんだから」(マイカ、ミックスゾーンインタビュー)
マイカと合流したトリオメンバーとは、総合3位ピノ、4位ジャンクリストフ・ペロー、そして6位ティージェイ・ヴァンガーデレン。特にピノとペローのフランス人2人は、「打倒バルベルデ」を明言していた。……バルベルデが憎いわけでも、フランス人同士が結託しているわけでもない。圧倒的なニーバリの強さの前に、1985年以来のフランス人ツール総合優勝は夢見ることさえできなかったけれど、ならば「ニーバリ以外では1位」に値する総合2位の座が、どうしても欲しかった。そしてラスト5.5km地点。ピノが加速し、ヴァンガーデレンがカウンターを仕掛け、ペローが2人の後輪にピタリとつけると、ついにバルベルデを振り切った。
下り単独アタックのせいで、タンクの中にそれほどエネルギーは残っていなかった。しかし、気力は失ってはいなかった。一旦離されたあと、バルベルデは自分のリズムでゆっくりと差を詰めていった。少し前を行く5人集団と合流しても、誰も追走に手を貸してはくれなかったけれど、被害を最小限に食い留めようと懸命に走り続けた。ニーバリがフィニッシュラインを越えてから、1分10秒後にピノが山頂にたどり着いた。1分15秒後にペローが、そして1分59秒後にバルベルデが入った。
「我慢して、しがみ付いて、苦しんで。すごく疲れていた。ボクはずっと1人で走って、それでも、たいして離されはしなかった。悲劇なんかじゃないさ。たしかに、ヘトヘトだけど、ほかのみんなも同じだと思う。残りの力をかき集めて、戦うしかないんだよね」(バルベルデ、ゴール後TVインタビュー)
ブエルタでは総合優勝1回・2位2回・3位2回と計5回も表彰台に輝いてきたグランツールライダーは、6度のツール参加で、いまだに1度も総合表彰台に上ったことがない。そして大会閉幕まであと4日のこの日、またしても表彰台から転がり落ちた。そう、ピノに総合2位の座を横取りされ、3位の座さえもペローに引き渡した!ただしバルベルデも含む三者は――表彰台の残り2席を争う3人は――、わずか15秒の間にひしめいている。
「55kmのタイムトライアル前に15秒。ないも同然のタイム差だね。表彰台から追い落とされたくははないけれど、難しいだろう」(ピノ、ミックスゾーンインタビュー)
「バルベルデからはタイムが奪えるだろうし、ティボーよりもボクのほうがTTは得意のはず。表彰台に上れると信じてる。総合2位だ」(ペロー、ゴール後インタビュー)
「もしも、本来の脚を取り戻せたら、タイムトライアルで、総合2位の座を奪い返せるはずだ」(バルベルデ、ゴール後TVインタビュー)
2014年、スペイン人による区間優勝はいまだなく、スペイン人の表彰台乗りも危うくなってきた。またスペイン人のホセホアキン・ロハスが、トゥルマレからの下りで長時間インレースカーを風除けに利用したとして、審判団からレース除外処分を食らっている。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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