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まるで蒸し風呂に入っているような蒸し暑い日に、ヴィンチェンツォ・ニーバリは、英国から続けてきた長い黄色の旅をほぼ完結させた。54kmの個人タイムトライアルを、区間勝者トニー・マルティンから1分58秒遅れの区間4位で終え、総合2位以下とのタイム差も7分52秒にまで広げた。
「総合首位として走るんだから、このジャージにふさわしい走りを見せなければならなかった。でも難しいコースだったから、ちょっとプレッシャーも感じていたんだ。とにかく精一杯の力を出した。4位でゴールできてかなり満足しているよ。すごく、幸せな気分だ」(ニーバリ、ミックスゾーンインタビューより)
大会2日目にマイヨ・ジョーヌを身にまとった。ほんの1日だけ、フランス人のトニー・ギャロパンに素敵な衣装を貸してあげたけれど、あとは2度と手放さなかった。つまり開幕から計18日間、レース後に表彰式、TV・ラジオインタビューやマイヨ・ジョーヌ公式記者会見、ドーピング検査を淡々とこなしてきた。そして、ニーバリは、2014年ツール・ド・フランス最後の記者会見にやってきた。
「初めてツールに出場したとき、シャンゼリゼのことを考えるだけで感動したものだ。凱旋門、エッフェル塔、フランスのファンたち、パリジャン……。あの感動は、言葉ではうまく説明できないほどだよ」
「今のボクの気持ちを説明するのも、やっぱり難しい。きっと、少し時間がたって、ゆっくりと考えたら、うまい言葉が出てくるんだろう。そして、きっとこう言うのさ。『本当にぼくは、全てを成し遂げたんだ……』って。シャンゼリゼにつくころには、もう少し、実感が湧いているんじゃないかな」
(ニーバリ、マイヨ・ジョーヌ公式記者会見より)
マイヨ・ジョーヌ争いが大会2日目ですでに終わっていたのだとしたら、表彰台でニーバリの両脇に並ぶ権利を巡る戦いは、パリ前夜までもつれ込んだ。ティボー・ピノ、ジャンクリストフ・ペロー、アレハンドロ・バルベルデの3人が、わずか15秒差で、2つの座を奪い合ったのだから!
総合4位の座は、比較的あっさりと確定した。19km地点の第一計測ポイントで、現役のスペイン国内タイムトライアルチャンピオンが、2人のフランス人から早くも1分以上も遅れた。差は決して縮まらなかった。
「努力したけれど、脚が思い通りに動いてくれなかった。レース中にタイム差はなんとなく把握していたから、自分がポディウムから遠ざかりつつあるのも分かっていた」(バルベルデ、チーム公式HPより)
若き日には「エル・インバティド(無敵)」と呼ばれた34歳は、マイヨ・ジョーヌを狙って乗り込んできたツールを、総合4位で終えた。2009年ブエルタ覇者にとっては、7回目のフランス一周挑戦で、それでも自身最高順位を記録したことになる。
総合2位の座は、大方の予想通り、北京五輪マウンテンバイク銀メダリスト&2009年フランス選手権タイムトライアル勝者のペローが勝ち取った。バルベルデを2分03秒、ピノを32秒上回るタイムで、フィニッシュラインを越えた。ただし33km地点の後輪パンクで、少々ヒヤリとさせられる場面もあったけれど……。
「中間計測地点のタイム情報があったから、自分に少々のリードがあることは分かっていた。ああいったストレスを感じる状況では、取り乱したところで、なんの解決にもならない。冷静に状況を制御するべきであり、ぼくもそれを心掛けた。再び走り出した後は、1、2kmかけて徐々に元のスピードに戻して行った」(ペロー、公式記者会見より)
焦りもせず、がむしゃらにもならず。37歳は黙々とシッティングスタイルで走り続けてきた、ところがフィニッシュした直後から、嬉し涙が止まらなくなってしまった。おかげで周りに詰め掛けたメディアに、「今は何も言えないよ。だって泣いてるんだから!」と断りを入れる羽目になった。1984年大会の優勝ローラン・フィニョン&2位ベルナール・イノー以来、30年ぶりに2人のフランス人が表彰台に上ることになったせいで、マイヨ・ジョーヌ記者会見後には特別に2位と3位の会見も開かれた。その会見場でも、ペローは何度も涙ぐんだ。
「考えるだけで、涙がふたたび溢れていてしまう。だって、課された任務は、すごく重かったから。とてつもない努力を要する仕事が、成功に終わったときというのは、いつだって、喜びでいっぱいになる」(ペロー、公式記者会見より)
一方で総合3位に後退したピノは、24歳の若者らしくクールな表情で、3週間の戦いを締めくくった。それでも純正ヒルクライマーにとっては、ニーバリから1分14秒遅れの区間12位という、上出来すぎる成績だった。実は……、監督から無線で、「バルベルデとはいまだ15秒差しかないぞ!」とラスト10kmまで「嘘の」発破をかけられていたそうだ。ゴールしてみたら、結局1分16秒も上回っていた!
こうして表彰台争いは終結した。総合首位ニーバリの次点が7分52秒遅れのペロー、3位が8分24秒遅れでピノ。フランスメディアが盛んに使用している言い方をすれば「シャークと2匹のドルフィンたち」――ニーバリのあだ名は「メッシーナの鮫」で、フランス語のイルカ=ドーファンという言葉には王太子、後継者、次点、という意味がある――が、7月最後の日曜日、シャンゼリゼという名の大海で先頭を泳ぐのだ。
「まだまだツールを勝てるレベルには程遠い。ニーバリとの間には、大きな隔たりがある。時間はかかるよ。タイムトライアルでは上達したから、今後はプロトン内でのポジション取りを上達させていかなきゃならないね」(ピノ、公式記者会見より)
新人賞ジャージを颯爽と身にまとう若者は、さっそく晩夏のブエルタから、グランツール獲りへと挑戦する。
ロメン・バルデとティージェイ・ヴァンガーデレンの総合トップ5入りを賭けた一騎打ちは、アメリカ人に軍配が上がった。アージェードゥゼール・ラ・モンディアルのチームメート、ペローに続いてバルデも後輪パンクに見舞われ、たったの2秒差で明暗が分かれた。
「(ふぅーっと長いため息)3週間の毎日の努力が……、あのパンクで……、たった2秒差で……無駄になってしまった。パンクさえなければ、ぼくはツール・ド・フランスの総合5位に入れたはずだと確信している。今回の失敗は本当にいい勉強になった。来年はもっと強くなって帰ってくる」(バルデ、ゴール後TVインタビューより)
肝心の区間優勝は、世界中のすべての自転車ファンの予想通り、世界選手権個人タイムトライアル3連覇中のトニー・マルティンの手に落ちた。164人が無事に54kmの全力疾走を済ませた。翌朝にプロトンは飛行機3台に分乗し、いよいよ最終ステージ・花の都パリを目指す。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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