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3週間前、遠く英国の地で、マルセル・キッテルの区間勝利と共にツール・ド・フランスは始まった。そして7月最後の日曜日、おなじみのパリにて、やはりキッテルの勝利で101回目の大きな輪が閉じられた。3664kmの長くて辛い旅を、164人の勇者が走り終えた。
前夜の個人タイムトライアルで、総合表彰台も各賞ジャージも、すでに戦いは決していた。スタート地エヴリーからシャンゼリゼ入場までの約80kmは、アタックもなければ、飛び出しもない。いわゆる慣習に則って、ゆっくりと時が紡がれた。
大会2日目から「わずか1日を除いて」マイヨ・ジョーヌを守ってきたヴィンチェンツォ・ニーバリに、やはり大会2日目から「1日も途切れることなく」マイヨ・ヴェールを着ているペーター・サガン。第16ステージ後に素敵なジャージに着替え、パリまで羽織り続けたマイヨ・ア・ポワ・ルージュのラファル・マイカとマイヨ・ブランのティボー・ピノ(総合3位)。そして前夜の逆転劇で総合2位に駆け上がり、嬉し涙で上手く話せなくなってしまったジャンクリストフ・ペロー。栄光を手にした者も、挫折を味わった者も、リーダーのために影で黙々と働き続けてきたアシストたちも、誰もが笑顔で最後のひと時を楽しんだ。シャンパングラスがプロトン内を巡り、スマートフォンが思い出の風景を切り取り、ライバルチームの友と健闘をたたえあう声が夏の風に乗った。
3週間レースを厳しくコントロールし続けてきた水色ジャージのニーバリボーイズは、この日はいわゆる「ご褒美」として、集団先頭を颯爽と牽引した。シャンゼリゼ8周回コースに滑り込み、1回目のフィニッシュラインを越えたのを合図に、いよいよ華やかなラストバトルに突入だ!
真っ先に飛び出したのはシルヴァン・シャヴァネルだったけれど、「世界一美しい大通り」のファンの前を長時間先頭で走ったのはリッチー・ポート、ミカエル・モルコフ、ホセ・セルパ、アルミンド・フォンセカの4人だった。とりわけディフェンディングチャンピオンのチームリーダー、クリス・フルームを第5ステージで失い、自らに課された代理リーダーの役目も上手く果たせなかったポートは、不名誉をすぐラストチャンスとばかり石畳の長い直線道路を夢中で駆けた。
急なスピードアップのせいで、2周回目には、コンコルド広場の長いロータリーのカーブでペローが落車してしまうハプニングも。チームメート4人が引っ張り上げ、ジャージ背中に小さな破れ目を作った以外はなにごともなく、37歳はプロトンへ無事復帰した。
ポートの勇敢な逃げは、ゴール前7.5kmで終わりを告げた。スプリントトレインの隙間を縫って、入れ替わるように飛び出したサイモン・クラークも、やはり3.3kmで集団に呑み込まれた。大集団スプリントへと突き進む流れは、もはや誰にも止められなかった。2005年最終日にアレクサンドル・クリストフが、コンコルド広場のロータリーを利用して獰猛にフィニッシュラインを射止めたような――2014年最終日はのヴィノは、アスタナのチームオーナーとして満面の笑みを浮かべていた――、そんな奇襲を、試みるものはいなかった。
400mの最終ストレートには、ジャイアント・シマノの発射台が勢いよく突っ込んだ。ところが肝心のキッテルがほんの少し脱線している隙に……、アレクサンドル・クリストフに真っ先にスプリントを切られてしまう。第12・15ステージ優勝で自信を身にまとうノルウェー人にとっては、しかし、所詮シャンゼリゼは平坦すぎた。キッテルが態勢を建て直し、スピードアップすると、見事に2年連続2度目のシャンゼリゼ勝利をさらい取った!
ちなみに2年連続で区間4勝+初日マイヨ・ジョーヌという成績で、初日&最終日ステージ勝利もまた2年連続の快挙である。
「最高に誇らしいし、すごく嬉しい。チームに大いなる感謝を伝えたい。彼らは今日もまた、驚異的だった。そして、またここで勝てたなんて、本当にとんでもなくすごい経験だよ。チームとしては去年よりも良くなっていると思う。いずれも区間4勝とマイヨ・ジョーヌを取ったけれど、今年は2位にも3度入ってる。チーム全体で、真に素晴らしいパフォーマンスを繰り出せたと思ってる」(キッテル、チームプレスリリースより)
ところで、シャンゼリゼゴールにありがちなのは、選手たちのゴールタイムが細分化すること。ラスト3kmに入ると、途端と、余韻を噛みしめながら流す選手が増えてくる。そのため、プロトンに小さな亀裂が入りやすい。今年も区間勝者と同タイムが記録されたのは、たったの17選手のみ。総合2位ペローは9秒遅れで、ニーバリは24秒遅れの集団で悠々と帰ってきた。一方で「2秒差」で総合トップ5入りを逃したロメン・バルデは、スプリンター集団にくっついていって、このミニ分断を利用してやろうと試みたようだ。しかしながら、この若きフレンチを総合5位の座から蹴り降ろしたティージェイ・ヴァンガーデレンが、隙間さえ作らぬようしっかりとライバルの背中に張り付いて……2人共々キッテルから4秒遅れでフィニッシュしている。
89時間59分06秒の間、サドルの上で戦ってきたニーバリが、第101回ツール・ド・フランスの正式な総合覇者となった。区間4勝(うち3つが山頂フィニッシュ)、マイヨ・ジョーヌ19日間。これにて2010年ブエルタ、2013年ジロ、2014年ツールと、3大ツール全制覇を完成させた。現役ではアルベルト・コンタドールと並ぶ2人目の大快挙である。そして16年ぶりに、イタリア国歌が、パリの空に流れた。
「今こそが最も美しい瞬間であり、ほかの何にも変えられない大切な時間です。ツール・ド・フランスで味わうこの喜びは、ほかの何とも比べることなどできません。だってシャンゼリゼの表彰台というのは、なにか、唯一の存在だからです。そして今、こうして表彰台の一番上に上がって、よりいっそう感動しています。想像以上です。日々努力を積み重ねて、この成功を築き上げました。チームと共に、すでに冬から、このツールに向けての調整を始めて来ました。だからチームには特に、感謝の気持を伝えたいのです。だって目標は、チームのみんなとともに、達成したんですから」(ニーバリ、表彰台コメントより)
その後は光と色の祭典だった100回大会の最終表彰式とは違って、いわゆる「通常進行」ですべてが執り行われた。1年前にはなかったパレードも、今年は復活。「やっぱりパレードがなくちゃ。あれが選手の一番楽しみなんですから」と語った新城幸也も、5度目のツール完走を果たし、つい1時間ほど前まで縦一列のチーム列車を引いていた石畳の道へ、今度は横一列になって走り出して行った。「夏が終わりました!」と笑いながら。
来年、選手たちの夏は、7月4日土曜日、オランダのユトレヒトから始まる。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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