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ゴール前3kmから、突如として、とんでもない山道が始まった。辺りにはクラッチの焼ける匂いが漂い、大量の関係車両が脚止めを食らった。最大勾配19%超の激坂を、招待客やジャーナリスト、フォトグラファー、さらにはポディウムガールさえ歩いて上った!少々お疲れ気味の美女たちから、ライダー・ヘシェダルが祝福のキスを勝ち取った。最難関ゾーンで勃発した総合バトルでは、5選手がしのぎを削り、アルベルト・コンタドールが虎の子の赤ジャージをしっかりと守った。
短い急勾配へと向かって、200km超の、長く壮大な駆け引きが繰り広げられた。スタートから全速力だった。巻き起こるアタック合戦は、ジャイアント・シマノの隊列にことごとく潰された。結局は35.7km地点の第1中間ポイントまで、緑ジャージを守りたいジョン・デゲンコルブは、誰1人として先へ行かせなかった。
なにしろ、今ステージを含めて、難関山頂フィニッシュはあと5回も残っている。そして区間勝者には25ポイントが与えられるから……、ヒルクライマーに最終的なポイント賞をさらい取られる危険性は大きい。デゲンコルブがジャージを死守するためには、つまり、中間ポイントを貪欲に取りに行くしかない。こうして、ドイツ人スプリンターは望み通りに1位通過を果たし、貴重な4ポイントを積み重ねた。
ちなみに、ポイント賞2位のナセル・ブアニは、今ステージ半ばで戦いを去った。43pt差でマイケル・マシューズも追いかけるが(しかも中間ポイントで2位に食い込んだが)、事実上、デゲンコルブの賞ライバルはもはやヒルクライマーだけである。
ジャイアントの作業が成功に終わると、ようやく逃げが許された。大量23人が逃避行の切符を手に入れた。
大きなエスケープ集団を見送ると、すぐにティンコフ・サクソが集団制御に動いた。プロトンの前方で隊列を組んで、それほど早過ぎないスピードで前進を続けた。全ては、逃げ切りを許すためであり、総合ライバルたちに、ボーナスタイム収集のチャンスを与えないためだった。タイム差も8分近く与えた。……というのも、アルベルト・コンタドールは、前夜、ボーナスタイム収集が苦手だと告白している。また、現時点では区間勝利よりも、まずはマイヨ・ロホを守ることに全力をそそぎたい、とも。オリバー・ザウグとセルジオ・パウリーニョという強脚アシストを前方に送り込んだのも、やはり、そのためだった。
いつまでたってもタイム差が縮まらないことに、オメガファルマ・クイックステップは業を煮やした。総合3位リゴベルト・ウランのために、突如として、メイン集団を牽引し始めた。ゴール前75kmで7分15秒あった遅れは、ゴール前55kmで4分にまで縮まった。しかし、引いても引いても、これ以上差が縮まらないどころか、再び距離は開いていくばかり。ベルギーチームはゴール前35kmまで粘ったが、そこで追走を中断した。タイム差は改めて6分50秒まで広がった。
前方では、カハルラルのルイスレオン・サンチェスとダビ・アローヨが、2人で飛び出したこともあった。黄色いティンコフジャージの2人は、周りの選手と上手く協調関係をとりながら、ひたすらエスケープ集団の保持に励んだ。それからパウリーニョは2つ目の峠の下りで、自ら後方へと脱落すると、コンタドールの援護にまわった。ザウグは前に残った。積極的にリレー交代も手伝った。そして、最終的に12人に絞り込まれた集団内で、4分20秒のリードを手に、ラスト3kmの激坂へと飛び込んだ。
ブエルタ初登場の山は、そこから2km以上も、延々と15%以上の急勾配が続く。アングリルは確かに20%超えゾーンも存在するけれど、ほんの100m単位で勾配が変わるため、きつい部分もあり、実は休める部分もある。しかし、この2kmは、一切休む場所が存在しないのだ。誰もが、じりじりと、一寸ずりで上がるしかなかった。残り2km地点で、2012年ジロ総合覇者ヘシェダルが仕掛けた。2011年ジロ・デ・ロンバルディア勝者のザウグは、ここで自らカウンターアタックを打った。
「あらゆる力を振り絞って、ザウグに決定的なリードを与えないよう努力した。前を行く彼がずっと見えていた。彼に追いつけると分かっていた。決して望みを、失いはしなかった」(ヘシェダル、大会公式リリースより)
ラスト数百メートルで、急激に勾配が緩やかになる、そこがラストスパートの狙い目だった。しぶとくしがみついたカナダ人は、こうして、ゴール前200mでスイス人を捕らえた。総合争いに加わる夢は、第5ステージで早くも失った。第7ステージでは、大逃げ中の落車で、勝利をつかみそこねた。もう1度、チャンスが欲しかった。数日前から、ひたすら今日のために、準備を重ねてきた。
「僕もチームも、もはや総合争いの野望は抱いていなかったけれど、チームとしては区間勝利のチャンスを取りにいきたいと考えていた。だって、まだブエルタは、終わっていなかったのだから。僕にとっての初めてのグランツール区間勝利は2009年ブエルタで、またしてもスペインで勝つことが出来た。すごく嬉しいよ」(ヘシェダル、大会公式リリースより)
ザウグは2番目の位置で、長い奮闘を終えた。区間勝利こそ叶わなかったけれど、コンタドールの望んだ「ボーナスタイム潰し」は自らの体を張って成功させた。そもそも区間の上位9番目までは、エスケープ選手の名前が並んだ。2日連続でロングエスケープに乗ったLLサンチェスは、チームメートのリュイス・マスから、白地に青玉の山岳賞ジャージを引き継いだ。
さて、ヘシェダルが人生初のグランツール勝利を上げた2009年ブエルタの、総合はバルベルデが勝ち取っている。2014年大会のこの日は、総合2位につけるバルベルデが、最終峠で真っ先に仕掛けた。
激坂ゾーンに入った直後だった。「エル・インバティド=無敵」が、おなじみの鋭い加速を切った。すぐに首位コンタドールと、総合5位ホアキン・ロドリゲス&ジャンパオロ・カルーゾは張り付いた。ファビオ・アルも、じりじりと、追いついてきた。バルベルデは幾度も、執拗に、スピードアップを繰り返した。ところが、ラスト1.9km、そこまで様子見に終始していた「エル・ピストレロ=拳銃男」が弾かれたように飛び出すと、バルベルデは玉切れ状態に陥ってしまう。
「正直に言うと、最終峠のことは、良く知らなかったんだ。麓でアタックを仕掛けたけれど、僕にはちょっと厳しすぎたよ。舗装状態も悪く、自転車がアスファルトにめり込むような感覚だった」(バルベルデ、チーム公式HPより)
一方で、麓で完全に脱落したかに思われていた総合4位クリス・フルームは……、実は、じわじわと前方に舞い戻ってきた!淡々と一定ペースで上ってきた2013年ツール覇者は、すでに2km近くも加速と牽制を繰り返してきたコンタドールとロドリゲス、アルを、ラスト800mで捕らえた。しかも、追いついただけでなく、3人組の前にするりと入りこんだ。速いリズムでくるくるとペダルを回し、いつものように下を向きながら、ひたすらに前進をつづけた。
「ただ自分の走りだけに専念した。他の選手の動きには、目を向けないようにした。それに、激坂の麓でいきなりアタックをかけるなんて、絶対に息切れしちゃうと分かっていたからね。そんな事態は絶対に避けたかった。結果は僕に微笑んだ」(フルーム、ゴール後インタビューより)
そして、ヘシェダルとまさしく同じように、勾配がわずかに下がるラスト200mで一気に畳み掛けた。ほんのわずかではあるけれど、ロドリゲスを1秒、コンタドールを7秒、アルを9秒突き放した。またバルベルデからは29秒、ウランからは1分06秒を奪い去った。
「フルームがアララール(第11ステージ)で苦しんだのは、単にタイムトライアルの翌日だったからだと分かっていたんだ」(コンタドール、大会公式記者会見より)
「クリス・フルームはツール・ド・フランス総合覇者であり、世界屈指の名選手。彼を決して侮ってはならないのさ」(ロドリゲス、大会公式リリースより)
「フルームは今日、みんなに思い出させたんだ。この先の数ステージの総合争いで、彼が危険な男になるだろうことを」(バルベルデ、大会公式リリースより)
一瞬びっくりさせられつつも、よくよく考えれば予想通りだった好パフォーマンスで、フルームは1分13秒差の総合3位に浮上した。バルベルデは総合2位の座を守ったが、20秒までせっかく縮めたタイム差を、再び42秒にまで落とした。ロドリゲスとアルも1つずつ順位を上げて、それぞれ1分29秒差の総合4位、2分15秒差の6位につける。代わりにウランが5位・2分07秒差に、サムエル・サンチェスが7位・3分26秒差に後退した。
もちろん、アルベルト・コンタドールは、驚くような激坂をよじ登った果てに改めてマイヨ・ロホに袖を通した。
「結果には満足している。たしかに一部の選手からはタイムを奪われたけれど、ほんの数秒でしかない。それ以外のライバルからはタイムを稼いだ。特にバルベルデからね。明日は、僕の好きなステージだ。どうなるか様子を見ていく必要があるよ。でも、間違いなく、あらゆる峠でアタックが起こるだろう」(コンタドール、大会公式記者会見より)
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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