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プロトンに嵐が襲い掛かった。ベルギーのフランドル地方にもサマータイムが訪れた3月最後の日曜日、低温と、雨と、そして強風が選手たちを苦しめた。
なにも自転車界を揺るがしたのは、悪天候だけではない。ヘント3勝のトム・ボーネンは、3月序盤のパリ〜ニースでの落車負傷で、第一線から遠ざかっていた。ほんの2日前のE3ハーレルベーケでは、ボーネンの長年のライバル、昨年のツール・デ・フランドル覇者ファビアン・カンチェラーラが落車リタイアを余儀なくされた。かれこれ10年近くも北クラシックを独占してきた二強が、フランドル週間から完全に姿を消した。多くの北巧者たちが、ほんの少し、浮き足立ったに違いない。
ものすごい強風と、濡れた道路。ストレスと、メカトラと、そして多発する落車。集団は容赦なく分断していった。「スプリンターズクラシック」に夢抱くスプリンターたちも、どんどんと後方へ脱落していく。そしてユルゲン・ルーランツが果敢に独走に打ちだし、ゴール前65kmで7選手が追いかけ始めると、勝負はほぼ決まった。
しかも前を行くルーランツが2013年ツール・デ・フランドル3位と、かなりの北クラシック巧者だったとしたら、追走集団もスペシャリスト揃い。昨パリ〜ルーベ覇者ニキ・テルプストラにアシスト役ステイン・ヴァンデンベルフ、2日前のE3覇者ゲラント・トーマス、昨ツール・デ・フランドル3位セプ・ヴァンマルク、2013年E3表彰台ダニエル・オス、ベルギーチャンピオンのイェンス・デブシェール、そして2013年にヘットニュースブラットを制しているルーカ・パオリーニ。一方でメイン集団は次第にスピードを落として行き、ついには勝負を諦めた。最終的には勝者から6分54秒差で、集団は暴風雨の1日を終えた。
コース上に待ち受ける9つ全ての激坂を乗り越え、ゴールまで約20kmに迫った平坦なアスファルト路で、ルーランツの孤独な逃げも終わりを告げる。7人は合流と同時に、駆け引きとアタック、分裂と合併を繰り返す。そんな中、不意に加速を切り、そのままライバルたちを振り切って1人フィニッシュへと突っ走り始めたのは、パオリーニだった。
「スプリントでは勝てないかもしれないと思っていた。テルプストラとトーマスは、まだ脚が残っているように見えたしね。でも、彼らは、互いにひどく警戒し合っていた。だから、その状況を、上手く利用したんだ」(パオリーニ)
1週間前はスプリントリーダーのアレクサンドル・クリストフのために、ミラノ〜サンレモのフィニッシュライン直前200mまで全力で引いた。1年前はそのクリストフを栄光に導いた。10年以上前には、稀代のクラシックハンター、パオロ・ベッティーニのためのアシスト役を務めていた。今では38歳になった大ベテランが、この日は自分のためだけに、ペダルを踏んだ。
テルプストラとトーマスは、すぐさま追走を仕掛けたが、ヒゲもじゃのヒップスターには11秒届かなかった。パオリーニは悠々とフィニシュエリアに姿を現すと、頭と、胸を指差しながら、ゴールラインを越えた。
「ハートと、勇気と、そしてインテリジェンスの勝利さ」(パオリーニ)
本来のチームリーダーであるクリストフは、メイン集団内のスプリントを制し9位に滑り込んだ。かつてのリーダーであり盟友のベッティーニは、イタリアのスポーツ日刊紙『ガゼッタ・デッロ・スポルト』の一面とパオリーニのガッツポーズのコラージュ画像を、ツイッターに大々的にアップした。リーダーたちに信頼され、愛されてきた男が、大荒れのヘント〜ウェヴェルヘムの王となった。完走者はたったの39人だった。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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