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普通に走れた、とアルベルト・コンタドールは安堵の笑みを漏らした。朝は雨に見舞われたが、1級山岳の頂は晴れていた。レインウェアを着脱するときだけは、左肩の状態を気にする必要があったけれど、ダンシングスタイルに不都合はなかった。総合ライバルたちと同時にフィニッシュへ到着し、また1日、マリア・ローザを守った。逃げの権利を力づくでもぎ取った12人の中から、ベナト・インサウスティが独走勝利を果たした。山のてっぺんでは、亡き友トンドに勝利を捧げた。
雨に加えて、めくるめく飛び出し攻勢が、選手たちを震え上がらせた。ステージ序盤には下りが2度待ち構えていた。慎重に下りつつ、危険人物を決して逃してはならない……。こうしてレース最初の1時間の時速は、46.9kmまで跳ね上がった。
コンタドールに言わせると「狂乱の1時間」だった。いつまでたっても逃げができなかったことで、思いもよらず、チャンピオンは小さな利を得ることになる。50.9km地点の最初のスプリントポイントを、コンタドールは2位通過。ボーナスタイムを2秒懐に入れた。
走行距離が60kmを過ぎる頃に、ようやく、アタック合戦にも終止符が打たれた。ステフェン・クルイスウィクが単独で飛び出し、後を追うように11人が追走集団を作り上げた。メインプロトンの前方にはティンコフ・サクソ9人全員が陣取り、静かにコントロールに乗り出した。
前方では離合集散が続いた。追走集団からフランコ・ペッリツォッティとカルロスアルベルト・べタンクールが飛び出すと、クルイスウィクを捕らえた。続いてクリストフ・ヴァンデワールが単独でブリッジを試み、前の3人に合流した。するとペッリツォッティは脱落し、先頭はクルイスウィク、ベタンクール、ヴァンデワールの3人に絞りこまれた。トリオはそのまま、全長13kmの最終1級峠へと突入していった。追走集団には1分30秒の、メイン集団には4分45秒のリードを保っていた。ところが、最終峠で3人は、すぐにバラバラになる。しかも……、追走集団からセバスティアン・レイヘンバッハとインサウスティが、先頭の座を奪い取りにやってきた!
とりわけスイスのヒルクライマーは、熱心に加速を続けた。スペインチームのリーダーは、背中にじっと張り付いたまま、先頭交代をちっとも引き受けてくれなかったというのに。
「スペインの奴に、ひどい目に合わされた。インサウスティは先頭を引くことを拒否したんだ。彼が上りで強いことは知っていたから、このまま僕1人で引き続けてもいいものかどうか、随分とためらった。でも選択肢はなかった。だって後ろからメイン集団が猛スピードで近づいて来ていたから……」(レイヘンバッハ、ゴール後TVインタビューより)
「最終峠の麓からずっと、レイヘンバッハが力強く走っていることには、気がついていた。なにより、僕が最初にアタックを仕掛けた時、たった1人ついてきたのが彼だった。でも彼が先頭を引く時間が短くなってきたから、作戦を変えたんだ。彼の後輪にくっついて、彼に重大な責任を押し付けることにした」(インサウスティ、チーム公式HPより)
25歳の若者は、自らの選択を悔やむことになる。ゴール前3.5km、インサウスティは、突如として背後から飛び出した。フレッシュな体力で、山頂まで一気に駆け上がった。
「もしかしたら、もう少しうまくやれたのかもしれない。経験不足によるミスだね。この失敗を、将来の教訓としたい」(レイヘンバッハ、ゴール後TVインタビューより)
インサウスティにとって、5月のレースは、少々特別なものだ。2011年5月23日、自らの目の前で、親友のシャビエル・トンドが命を落とした。2年前は、5月21日に、第16ステージを勝ち取った。「2日後がトンドの命日なんて、なんだかすごく特別な気がする」としみじみ想いにふけった。そして今日は、フィニッシュラインを越えながら、指をエックス(X)に交差させて――シャビエルの頭文字だ――、天国の友へ投げキッスを贈った。
「この勝利はシャビ・トンドと、亡き祖父に捧げたい。きっと高いところから、僕らをいつも見守っていてくれてるんだよね。この先は、1日1日走っていく。なにより、今日、新しい目標ができた。本当にワクワクしているよ。山岳ジャージだ。最終日まで守り切ることができたらきっと素敵だろうね。ミラノまで着続けるためには、多大なエネルギーを要することは分かってる。まだまだ先は長い」(インサウスティ、チーム公式HPより)
まだ先は長いから、誰か他の選手にマリア・ローザを一旦譲りたい……、なんて第5ステージ後に語っていたコンタドールは、今日のエスケープには最大10分のリードを与えた。おかげで総合で5分10秒遅れにつけるプリジミスラウ・ニエミエツが、暫定マリア・ローザに立った。ティンコフ隊列はただ淡々とリズムを刻み、タイム差を静かにコントロールし続けた。
ゴールまで残り85kmに差し掛かると、NIPPO・ヴィーニファンティーニが追走作業を買って出たことも。日本の石橋学を含む4人が、プロトン先頭に進み出た。小さなプロコンチネンタルチームは、そこから約35kmに渡って、最前線で存在感をアピールし続けることになる。残念ながら、タイム差は、まったく縮まらなかったけれど。
痺れを切らしたのがアスタナだ。第1中間ポイント以来、ファビオ・アルの総合の遅れは、2秒から4秒へと広がっている。それに、ほかの誰かに、ピンク色のジャージを、簡単に手渡したくはなかったはずだ。水色の戦士は追走を始めた。それから、ラスト30kmのアーチをくぐり抜ける頃には、9人全員が猛スピードでペダルを回していた。
最終峠に入っても、アスタナの勢いは衰えなかった。パオロ・ティラロンゴが集団を小さく切り刻み、さらには坂道スプリントで仕事を締めくくると、ラスト5kmで、アル自らが動いた。リーダーのアタックに、山岳アシストのミケル・ランダが同伴した。コンタドールはほんの一瞬出遅れるものの、きっちりと追いついた。リッチー・ポートとリゴベルト・ウランも問題なくついていった。
そこから、ランダだけが、1人で前に飛び出すことになる。対する総合本命たちは、一旦、後方からの合流を待って仕切り直し。ゴール前1.3kmでダミアーノ・クネゴが動いた、その少し後に、再びアルが猛攻を仕掛ける。今度はポートがすぐに反応した。コンタドールは軽々と後流に入り込んだ。どうやら本来の調子を取り戻したらしいウランと、アルのアシスト役ダリオ・カタルドも、引き離されることはなかった。ラスト1kmのアーチをくぐると、ポートががむしゃらに加速する番だった。コンタドールとウランはひたすら張り付き、アルとカタルドは後ろからライバルを監視した。
5kmの攻防の末に、5人は一緒に1日を終えた。塊の中ではアルが先頭でフィニッシュラインを横切ったけれど、2番通過のコンタドールにはまるで影響はなかった。だってボーナスタイムはもはや残っていなかったから。ランダが区間2位に滑り込み、マリア・ローザ集団のほんの4秒前に、ライヘンバッハが3位へ滑りこんでいたからだ。
「区間勝利のチャンスがあると思った。でも、山道はそれほど急ではなかったし、エスケープにリードを与えすぎた」(ランダ、アスタナ公式HPより)
結果論だけれど、ランダが行かなければ、アルが3位のボーナスタイムを取れたのかもしれない。4秒を手に入れて、コンタドールと同タイムで並んでいたら、ステージ順位の累計が少ないアルがマリア・ローザを着ていたはずだった。現実はコンタドールが総合首位を守り、アルは4秒差の総合2位のまま。ポートは22秒差で3位につけ、ウランは12位→8位へとジャンプアップしたが、ライバルたちとのタイム差自体は1分24秒と変化なし。またアスタナはアルの2位に続き、4位カタルド(30秒)、5位ランダ(42秒)と総合トップ5に3人を送り込んでいる。
「本当に満足してる。動くべきところで、しっかり動くことができた。つまり、僕にとっては、普段通りの走りができたというわけ。明日を終えれば、幸いにも、休養日がやってくる。おそらく2週目は、元気いっぱい100%で戦うことができるだろうね」(コンタドール、ゴール後TVインタビューより)
いまだ表彰台でシャンパンファイトは出来ないし、第14ステージのタイムトライアルポジションには不安も残しているけれど、「エル・ピストレロ」のライフパワーはほぼ満タンまでまで回復しているようだ。100%になる前にジャージを奪い取りたいなら、ライバルたちには、あと1日しか余裕はない。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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