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カオスの果てに、アルベルト・コンタドールが伝説を作り上げた。モルティローロで怒涛のごぼう抜きを成功させ、約50秒の遅れを取り戻した。マリア・ローザのパンクを横目に、加速を続けたファビオ・アルは、結局のところ、ミイラ取りがミイラになったのかもしれない。コンタドールと、アシストのミケル・ランダに、「パンターニの山」で置き去りにされた。新たに2分17秒を失い、総合2位の座は、区間勝者のランダに譲り渡した。
コンタドールが約55kmの大逃げを成功させた2012年ブエルタの第16ステージも、第2回目の休養日の翌日だった。あのときは28秒遅れの総合2位だったけれど、2015年ジロ・デ・イタリアでは、スペインの「エル・ピストレロ」は2分35秒差でしっかりと総合首位を守っていた。ミラノ到着まであと6日に迫り、雨雲に覆われたドロミテの山塊へ向けて、173選手が走り出した。2週間前はマリア・ローザ候補だったリッチー・ポートは、度重なる不運の果てに、ついに帰宅の途についていた。
ヨーイドンと同時に上り始め、そこから先は上りか下りしか存在しない。そんなコースで、10人の足自慢が逃げ集団を作り上げた。一時はティンコフ・サクソが制御するプロトンに、2分半ほどのリードをつけた。そこからアプリーカへの1回目の登坂の途中で、2012年ジロ覇者ライダー・ヘシェダルが単独で飛び出した。
山頂で、すでに、兆しはあった。カチューシャが、ティンコフを押しのけて、集団前方に上がっていた。そして、下りに入ると、総合6位のユーリ・トロフィモフを背負って、一気に山道を駆け下りた。アプリーカ山頂からの下りは、ひどく急で、ヘアピンカーブが多いことでも有名だ。邪魔者たちを突き放すには、絶好の地形だった。ロシアチームの特攻に呼応するように、カザフスタンの隊列も、猛烈なダウンヒルに乗り出した。……一方のティンコフは、大きく遅れを取った。リーダーのコンタドールが、パンクしたせいだった。
「自転車は数学とは違うんだ。全てがパーフェクトに進行していた。アプリーカからの下りで、僕がパンクにあうまではね。イヴァン・バッソがホイールをくれた。彼と僕のギア比は同じだったから。だけど交換に時間がかかってしまったし、前方は全力で突っ走っていた。だから、すぐには、前とのタイム差を縮められなかった」(コンタドール、公式記者会見より)
メカトラや落車のリーダージャージに、アタックを打つべきか、打たぬべきか。「プロトンの紳士協定」がしばし自転車界では引き合いに出される。
「たいていのシナリオは、今日のような感じで進んでいくものさ。そんなこと分かっていたよ。今日のライバルたちの態度が正しかったのか、そうではないのかは、ここでは議論したくない。ただ僕は諦めなかったし、冷静さを保ち続けた。ただ前だけに集中し続けた」(コンタドール、公式記者会見より)
アルを含む6人のアスタナ隊列は、猛烈に突っ走り続けた。モルティローロに突入する前に、ヘシェダルを非情にも追い抜き、さらに進軍を続けた。ティンコフボーイズは必死に追いかけたが、タイム差が思うように縮まらないどころか、アシストは1人、また1人と消えていく。
そして、ついに、モルティローロの坂道が始まった。アスタナはパオロ・ティラロンゴ、ミケル・ランダ、ファビオ・アルの3人を残していた。50秒後に山に入ったコンタドールは、最終アシストのロマン・クロイツィゲルを捨てて、単独で先を目指し始めた。ゴールまではいまだ45km。そして、ピンク色のジャージが、ここから、恐るべき反撃にでる。
「パンターニの山」で、本家パンターニを思い出したティフォジも多かったに違いない。1999年第15ステージの、オロパへと向かう道の上だった。マリア・ローザ姿のマルコ・パンターニが、パンクの犠牲となった。つい2日前まで総合首位につけていたローラン・ジャラベールが、「不文律」を無視して、アタックを仕掛けた。これが海賊の怒りに火をつけた。怒涛のごぼう抜きを成功させ、山頂へと単独で飛び込んだ――。
「何より厳しかったのは、まだ45kmも残っていたこと。つまりは、その間、僕にはどんな問題さえも許されない。メカトラブルも、急な失調も。モルティローロでは自分のリズムで上った。タイムトライアルになるだろうと悟っていた。とにかく冷静さを失わぬよう、それだけを自分に言い聞かせ続けた」(コンタドール、公式記者会見より)
その「マイペース」で上ったというコンタドールは、この日のモルティローロ11.85kmで、45分07秒という今年の最速登坂タイムをたたき出した。ちなみにこれは史上5番目の記録で、1996年イヴァン・ゴッティの42分40秒には2分27秒及ばなかった。パンターニの1994年の記録にもまた、2分07秒足りない。しかし、21世紀の伝説作りには、十分だった。たった1人になったコンタドールは、道すがら、同胞イゴール・アントンに少しだけ引いてもらったり、アスタナから振り落とされたヘシェダルやトロフィモフの後ろでちょっと息を整えなおしたりもした。ただしほとんどの時間は、平均勾配10.9%、最大18%の激坂を、孤独なダンシングスタイルで上り続けた。
ティラロンゴの猛引きで集団は小さく絞り込まれ、ランダの刻む厳しいリズムで、ついに先頭はアルとステフェン・クルイスウィクの3人になった。しかし、肝心のアスタナのリーダーが、苦しくなってしまう。ステージ中盤の「とてつもない努力」の影響が、突如としてアルの脚に現れた。
まさに、ちょうど、そんな時だった。ヘアピンカーブの向こうから、コンタドールが姿を現したのは!
ゴールまで40.2km。チームメートと共に約28km、単独で5kmの勇敢な追走の果てに、コンタドールは、ついに先頭への合流を成功させた。しかも、合流からわずか数百メートルで、マリア・ローザはアタックを打つ。苦しむライバルを突き放すために。少し前に飛び出していたクルイスウィクと、そしてリーダーを捨ててついてきたランダと共に、残りの40kmへと走り出した。
「アルベルトに追いつかれた後、アルは調子が良くなかった。チームカーからの無線で、僕が前に行き、区間勝利を目指すよう指示された。そこから先のことは、皆さん、ご存知の通りだ」(ランダ、公式記者会見より)
そこから先の40kmは、アルにとっては長く孤独な戦いだった。モルティローロの上りは、まだ6km半も残っていた。一度は追い抜いたヘシェダルやトロフィモフに追い越された。下りではアンドレイ・アマドールと共闘体制を組めたかに思えたが、ラスト18km地点のメカトラで、置き去りにされた。アプリカの2度目の上りに入り、ゴールまで残り11kmの地点で、アスタナのチームカーにさえ見捨てられた。マリア・ビアンカの側を離れ、前にいるランダの元へと、走り去っていった。
「今日だけで20分を失う可能性だってあった。大切なのは、諦めてしまわないことだった。気力でペダルを回した」(アル、ミックスゾーンインタビューより)
さすがにタイム損失は2分17秒だけで済んだ。ただ、もしかしたら、チームリーダーの座は失ったかもしれない。
コンタドールとクルイスウィクと一緒に、ずっと3人で走ってきたランダが、ゴール前3.8kmで勝利のアタックを決めた。Vサインでフィニッシュラインへ飛び込んだ。山頂フィニッシュ2連覇で、総合でも2位に浮上した。総合首位コンタドールからは4分02秒遅れで、3位アルに対しては、50秒のリードを有している。
「この先どうなるのかは、まだ分からない。アルの体調回復具合にもよるけれど、もしかしたら僕ら2人で協力し合って、コンタドールを倒しにも行けるかもしれないよ。僕にとってはとにかく、新しい状況だ。済んでしまったことではなく、これからどんな風に物事が終わっていくのかを、見ていこう」(ランダ、公式記者会見より)
本当ならば「クルイスウィクに勝たせてあげたかったんだけど」と記者会見で述べたコンタドールは、2位の座をオランダの27歳と無理に争うことはせず、ランダから38秒差の3位で山頂にたどり着いた。11回目のマリア・ローザ表彰式では、いつもよりも強く、思いを込めてガッツポーズを握り締めた。自らに惜しみない拍手を送ってくれるティフォジには、おなじみのピストル「バキューン」ポーズの代わりに、ハートを叩き、心を込めた拍手をお返しした。
「チームメートのみんなのことも、誇りに思っている。今日の彼らは100パーセントを尽くしてくれた。見事だった。皆さん忘れがちだけれど、僕らのチームは、毎日スタート直後からずっとレースを制御しているんだよ。僕がこのジャージを着ているのは、彼らがいるおかげなんだ」(コンタドール、公式記者会見)
混乱の1日のきっかけを作ったトロフィモフは、アマドールと一緒に、区間勝者から2分03秒遅れでゴール。最終1kmで2人から後れを取ったヘシェダルは、2分10秒差でフィニッシュラインを越えた。総合ではランダが4位から2位へ格上げされたことにより、アマドールが3位から4位へ自動的に格下げ。トロフィモフは6位から5位へ、ヘシェダルは13位から10位へとそれぞれに順位を上げた。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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