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サイクル ロードレース コラム 2021年3月22日

【Cycle*2021 ミラノ〜サンレモ:レビュー】息を飲む心理戦の果てにジャスパー・ストゥイヴェンがキャリア最大の勝利!前回大会王者のファンアールト「スプリントチャンスを無駄に消費したくなかった」

サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか
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ジャスパー・ストゥイヴェン

両手を上げるジャスパー・ストゥイヴェン

ポッジオから下り切ると同時に放たれた、鋭い一撃。本命トリオの周囲に渦巻く様々な思惑を振り払い、シンプルに「一か八か」に出たジャスパー・ストゥイヴェンが、ぎりぎりの賭けに勝った。自身初のモニュメントタイトルをさらい取り、春のサンレモの空に両手を力強く突き上げた。

「キャリア最大の勝利だ。完全に脚が空っぽになっちゃったけれど、1分差だろうが1センチ差だろうが、最後に勝てればそれで十分なのさ」(ストゥイヴェン)

プロトンは猛スピードで走り始めた。すぐさま8選手が逃げ出すと、序盤2時間ほどは大会史上最速ペースで走り続けた。ちなみに最終的な走行時速は45.06kmで、1990年45.806km、2006年45.268kmに次ぐ史上3番目。ただし、この過去2大会は、今年2021年大会よりも5km距離が短かかった。

ストゥイヴェン属するトレック・セガフレードからまんまとニコラ・コンチが滑り込んだ先頭集団とのタイム差が、スタートから25km、7分半に開いたところで、「ビッグスリー」の所属チームが仕事に取り掛かる。つまりディフェンディングチャンピオンのワウト・ファンアールト擁するユンボ・ヴィスマと、2年前の勝者ジュリアン・アラフィリップのドゥクーニンク・クイックステップ、そしてもちろんマチュー・ファンデルプールとアルペシン・フェニックスの仲間たち。3チームがそれぞれ1人ずつ集団前列に人員を配置し、淡々とプロトンコントロールに勤しんだ。残り200kmで5分半、残り100kmで3分20秒。長丁場の争いだけにゆっくり焦らずと、しかし確実に、前方との距離を縮めていった。

ミラノからの長い長い南下を終えて、空と海が遠くまで見渡せるリグリア海岸線に入ると、メイン集団内の緊迫感はじりじりと増していく。残り約55kmから連なる3つの小さな起伏「トレ・カピ」に差し掛かると、いよいよ複数のチームが前方に詰めかけ、道幅いっぱいに隊列を組み始めた。

美しい景観の中を走るプロトン

美しい景観の中を走るプロトン

このトレ・カピの最終盤では、ドゥクーニンクのエーススプリンター、サム・ベネットがメカトラの犠牲に。7kmにも渡る孤独な追走の果てに、無事メイン集団に復帰を果たすも、間違いなく体力を大いに消耗した。またレース後のアラフィリップのコメントによると、もう1人のスプリンターであるダヴィデ・バッレリーニも調子は良くなかった。スタート前には複数の切り札を擁していたはずのウルフパックだが、この段階で、世界チャンピオンは1人で勝負せざるを得なくなった。

残り25km、朝からの逃げの最後の1人が飲み込まれたのは、チプレッサの坂道だった。つまり「マチューがアタックするのではないか」と数日前から話題で持ちきりの、この日最後から2番目の難所だが……ここで効果的な動きを見せたのは、むしろワウト率いるユンボ・ヴィスマのほうだった。チームメートのサム・オーメンが、クライマーの脚で最前列を高速牽引。おかげでフェルナンド・ガビリアや元覇者アレクサンドル・クリストフ等々、複数の強豪スプリンターが後方へと脱落していく。下りで一旦、脱落組も前に追いつくものの、ポッジオで再び突き放されることになる。

チプレッサの下り突入直前には、イネオス・グレナディアーズが最前列を奪取した。最後の難所ポッジオでも猛烈に引いた。特に現役個人タイムトライアル王者フィリッポ・ガンナが、トーマス・ピドコックのために高速テンポを強いる。

驚くべきは小型スプリンターのカレブ・ユアンが、常に前から2〜3番目にしっかり潜んでいたこと。一方でファンデルプールは、頂上に近づきつつある頃、ほんの数人程度ながらポジションを落としていた……。

「ポッジオで差を付けるのはすごく難しい。だってスピードが完全に上がりきっていて、あそこから独走に持ち込むのは至難の業だよ」(ファンデルプール)

だからアラフィリップが3年連続ポッジオでアタックを打った瞬間、ファンアールトがすかさず背中に貼り付けたのに対して、ファンデルプールは遅れを取った。もちろん2週前のストラーデ・ビアンケ王者はあっさり穴を埋めた。自らの後輪にたくさんのライバルたちを引き連れて。

アタックを仕掛けたアラフィリップについていくファンアールト

アタックを仕掛けたアラフィリップについていくファンアールト

ところでファンデルプールは「あのアタックのタイミングはちょっと遅かったように思う。しかもポッジオの一番簡単な区間だったし」と振り返っているが、実は2019年のアラフィリップは完全に同じ場所で加速を切っているし、2020年もほぼ変わらないのだ。ただ昨夏はすぐにファンアールトとの一騎打ちに持ち込めたが、優勝した2年前は頂上を7人で越え、下りで13人にまで膨らんでいる。

一方の今年は11人でダウンヒルへと突入した。アラフィリップに続きファンアールトも加速を試みたが、数を絞り込むことはできなかった。これに関して誰もが異口同音に「スピードのある選手がたくさん残ってしまった」と嘆く。つまりはユアン、ストゥイヴェン、マキシミリアン・シャフマン、セーアン・クラーウアナスン、トーマス・ピドコック、グレッグ・ヴァンアーヴェルマート、マッテオ・トレンティン、そしてマイケル・マシューズ。下りではピドコックが先頭を奪い、大胆にコーナーを攻めたが、やはり誰ひとりとして振り払えなかった。むしろソンニ・コルブレッリやペーター・サガン等々が下りを利用して、追いついてきた。

「最後は本当に試練だった。上りで差をつけようとトライしたけれど、勝利を決めるには十分ではなかった。スピードのある選手がたくさん残ったから、正直に言って、僕にはあれ以上なにもできなかった。それにポッジオからの下りもすごくスピードが上がって、息を付く暇さえ一切なかった」(アラフィリップ)

大急ぎでポッジオから下り切った瞬間だった。集団内の選手たちがほんの僅かな牽制状態に入った……その隙を突くかのように、ストゥイヴェンが一直線に飛び出した。

「スピードのある選手がたくさん残っていた。だから僕は『オール・オア・ナッシング』のつもりでトライしなきゃならないと分かってた。もしこのまま何もせずラインまで進んだら、5位か10位で終わるだろう。でもすべてを投げ売って手ぶらで帰るか、それともキャリア最大の勝利を手にするか、そのどちらかの方がいいと思ったんだ」(ストゥイヴェン)

一瞬ピドコックは追走体制を取るも、すぐに脚を緩めた。残された者たちは顔を見合わせるばかりで、ストゥイヴェンとの距離は否応なしに開いていく。

「みんなが僕をマークしてきた。ただ追いかけようにも僕もいっぱいだったし、自分自身のスプリントチャンスを無駄に消費してしまいたくなかったんだ」(ファンアールト)

2年前の苦い後悔。トレンティンが最後の平地で飛び出した後、先頭で追走を率いたのはファンアールトだった。おかげでスプリントは6位に沈んだ。2年前のアムステル・ゴールドレースでは、追走を牽引した猛烈な勢いでそのままスプリント勝利を奪ったファンデルプールもやはり、動くつもりはなかったようだ。

「なにもできることはなかった。もしも僕が穴を埋めに行ったら、勝利を自ら放棄するようなものだから」(ファンデルプール)

普段ならとてつもなく攻撃的な2人が、脚を温存することに決めたのは、ユアンの存在が大きかった。スプリントに持ち込みたいピュアスプリンターもまた、我慢比べに参加していたからだ。

「あの集団で最後まで行けば、おそらく僕が最速だった。でも、いつだって、こういう状況は宝くじのようなもの。ただ単に攻撃的に走り、すべての飛び出しに飛び乗ることはできない。リスクを冒さねばならなかったし、勝つために自分がやるべきことをやった」(ユアン)

最終的にファンアールトは「賭けに負けた」と語り、ユアンは「長く待ちすぎた」と失敗を認めることになる。単独で後を追い、残り1kmでストゥイヴェンに追いついたクラーウアナスンのその後の行動が誤算だった。そもそも独走勝利の得意なデンマーク人自身も「ミスを犯した」と認めているように、2009年ジュニア世界選ではアルノー・デマールにスプリントで競り勝ち、2015年ブエルタでは約50人の集団スプリントを制し、近ごろは仲良しマッズ・ピーダスンの最終発射台役を務めている俊足を背負って……前を引いたのだ!

おかげで息を整え直したストゥイヴェンは、フィニッシュライン手前150mで、最後にもう一度だけもがいた。100m後方でほぼ同時にファンデルプールが加速を切り、ファンアールトとユアンが競り上がったが、勝者には後ろをしっかり振り返る距離的・心理的余裕さえあった。

ジャスパー・ストゥイヴェン「キャリア最大の勝利だ」

ジャスパー・ストゥイヴェン「キャリア最大の勝利だ」

「3人がすごく強いことは、誰もが知っていた。だからといって自分が勝つためのレースをしない理由にはならない。もしかしたら10回トライしたうち、8回は実を結ばないかもしれないね。でも1回か2回は上手く行く。そして今日はすべてが上手く行った」(ストゥイヴェン)

伝統のヴィア・ローマで両手を高く突き上げたストゥイヴェンの背後では、ユアンが2018年大会と同じ0秒差で逃げ切りを許し、2度目の2位に終えた。1度目は「自分にも勝てるポテンシャルがある」と勇気付けられたが、ポッジオでのアタックに備え特別練習を積んで臨んだ今回は、「かなりがっかり」と失望を隠さない。

ストラーデ・ビアンケから2週間に渡り話題をさらってきた3強豪は、結局はファンアールトだけが3位表彰台に上った。祖父レイモン・プリドールが制してからちょうど50年目のサンレモを、ファンデルプールは5位で終えた。世界王者アラフィリップは16位に沈んだが、「後悔はないよ。まったくない。いい天気だったし、猛スピードで走った素敵な1日だったね。勝とうとは思ったけれど、いつも上手く行くわけじゃないのさ」とさばさばと語った。

イタリアの春を6時間半以上かけて堪能したクラシックハンターたちは、今週からはベルギーへと陣を移す。フランドルの石畳&激坂戦へ、さらにはアルデンヌの起伏へ。4月末まで続く春クラシック月間は、まだ始まったばかりだ。

文:宮本あさか

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【ハイライト】ミラノ〜サンレモ|Cycle*2021

宮本あさか

宮本 あさか

みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。

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