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【パリ~ニース 第7ステージ:レビュー】チームのために、己のために、容赦無く勝利を掴み取ったログリッチ「誰もが勝ちたいと願っていて、それを成功させるためには最強でなきゃならない」
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか今大会3勝目のログリッチ
ノーギフト。いつかの誰かの圧政を思い出す。ステージ序盤から逃げ続けたジーノ・マーダーを非情にも残り20mで抜き去って、マイヨ・ジョーヌがパリ〜ニースで区間3勝目をさらった。総合タイム差もさらに52秒にまで開いた。ただし2020年ツール・ド・フランス閉幕2日前に、57秒差で総合リーダーに立っていたプリモシュ・ログリッチの意図は、必ずしも誰かの希望を打ち砕くことではなかった。
「たしかにマーダーにとっては難しい状況だったと思う。でも誰もが勝ちたいと願っていて、それを成功させるためには最強でなきゃならない。それに僕1人だけではなく、チーム全体が、ステージ最初から全力で働いてきた。無料ではないんだよ。仲間たちが集団を制御して、上りで牽引して..そのおかげで僕は仕事を完遂できたんだ」(ログリッチ)
南フランスの太陽は燦燦と輝いていたけれど、地中海の碧とは、2021年パリ〜ニースのプロトンはついに出会うことがなかった。コース変更のせいで119.2kmに短縮されたステージは、スタート直後にいきなり山へとよじ登ることになり..多くのチームが出走前にローラー台をせっせと回した。もちろん大方の目論見通り、集団は超高速で走り出した。最初の2級峠で、すぐに逃げ集団が出来上がった。
イネオス2人、トレック2人、ドゥクーニンク2人、バーレーン2人と、複数を前に送り込んだチームもあった。トーマス・デヘントやアレクセイ・ルツェンコといった、プロトン屈指のエスケープ巧者も紛れ込んだ。逃げ切れる。こんな風に感じた選手も多かったはずだ。
ただし最後に笑うのは、結局のところ、前日に続きアントニー・ペレス1人だけなのだ。真っ先に逃げを先導した赤玉ジャージは、この日4つあるうちの序盤3つの山岳で先頭通過。最終日を待たずに2021年パリ〜ニース山岳賞の座を確かなものとしーーもちろん2020年ツールのように落車リタイアすれば全てが水の泡となるーー、早々に逃げ集団から幸せ気分で脱落していった。
「山岳ジャージはもちろん、なにより、この1週間で何度も逃げに乗れたことに満足している。僕の好調さをしっかりと示すことができたからね。ツールはすでに過去のこと。いまだ背中に傷は残っているけれど、悪い記憶は忘れ去った。前だけを常に見続けてきたんだ」(ぺレス)
緑のジャージをまといつつ、実はポイント賞2位に甘んじるサム・ベネットもまた、前線へと飛び出していた。ウルフパックの尽力により第5ステージで区間2勝目を上げたスプリンターは、苦手なはずの起伏コースにも関わらず、積極的に先頭交代に加わった。総合2分01秒遅れの同僚マティア・カッタネオのために働きつつ、「今後はミラノ〜サンレモに集中する」と宣言していた通り、山の脚を鍛えつつ。しかもフィニッシュ手前30.5kmの中間ポイントでは先頭通過を果たし、マイヨ・ヴェール争い首位ログリッチに対する6pt遅れを、一旦は3pt差に縮めた。
先頭で集団を牽引するサム・ベネット
その後もヨーヨーのように戻ったり離れたりしつつ、全長16.3kmの最終峠の入り口まで、ベネットは勇敢に粘りつづけた。ただし2つ目の中間ポイント=残り6kmは、はるかに遠かった。そもそもフィニッシュラインを先頭で通過したログリッチに15pt返され、1日の終わりに遅れは18pt差に広がっていた。
「いいトレーニングになったよ。チームメートにお返しできる機会というのはそれほどないから、こうして機会を得て、力を尽くせたことが嬉しい。最終峠はできる限り遠くまで粘ってみた。おかげで来るべき数週間に向けて、脚の調子をしっかりとテストできた」(ベネット)
ボーラ・ハンスグローエやDSMが精力的にコントロールするメイン集団から、逃げの13人は、最大2分半しかリードを奪うことは出来なかった。残雪を抱くコルミアーノの麓に差し掛かる頃には、猶予はもはや1分にまで減っていた。
こうなるともはや協力体制など存在しない。加速や化かし合いが繰り返され、1年前も同じステージで逃げたデヘントは早々と姿を消した。エース2人の途中棄権で「自由カード」が与えられたイネオス2人組もまた、あっさり千切れた。牽引を先導するトレックから主導権をむしり取り、大きな一発を試みたルツェンコは、先頭のライバルをマーダー、エリッソンド、ニールソン・ポーレスの3人に絞り込みながらも、自らは脚の痙攣で残り12kmで脱落。そして前ステージに145km近く逃げたせいで、朝から感じていたという脚の痛みが限界に達し、エリッソンドも山頂まで7kmを残し後退していった。
ちなみにメイン集団ではコフィディスが猛烈な牽引を行い、本日が35歳の誕生日だったサイモン・ゲシュケを発射したが、とうとう前を捕らえることは出来なかった。愛犬ウナが応援に来ていたダヴィ・ゴデュも、残り6kmでマイヨ・ジョーヌ集団からじわじわと遅れ始め、残念ながら勇姿を見せられず。
軽やかに上り続けるマーダーの後輪で、最後まで粘ったのはポーレスだ。総合上位入り目指してパリ〜ニース入りしながら、総合20位台後半に停滞していた24歳は、この日は朝から「逃げる」と宣言していた。しかし4か月年下のスイス人に、残り5km、ついには振り払われた。
この時点でマーダーとメイン集団とのタイム差は35秒。後方でもいよいよ総合上位勢の争いのゴングが鳴った。まずはアスタナが主導権をむしり取ろうと試みた。さすがに総合3位と4位を擁するカザフ軍の侵攻を、マイヨ・ジョーヌ親衛隊は見逃すわけには行かない。ジョージ・ベネットがきっちり事態収拾へと向かい、続けてステフェン・クライスヴァイクが高速牽引で集団を小さくちぎった。総合2位マキシミリアン・シャフマンも残り2km、大きなアタックを仕掛けた。一気にライバルを数人に絞り込むも、「でもやっぱりログリッチはついてきた」。
フラムルージュの下でも、マーダーはいまだ20秒のリードを有していた。直後に打ったログラの大きな一発に、シャフマンが粘り強く反応すると、一時は牽制に入る。残り500mでも10秒の開きがあった。減速して様子を伺い合う両者に、ルーカス・ハミルトン、アレクサンドル・ウラソフ、ティシュ・ベノートもいつしか追いついた。こんな団子状態の中から、再びログリッチが飛び出していったのが、ライン手前300m。最後の力を振り絞り、孤独に突き進むマーダーがこの地点を通過したのは、ほんの5秒前だった。
マイヨ・ジョーヌはライン手前50mでついに若きスイス人を捕らえると、ほんの一瞬後輪に入った後、ためらわらず一直線にフィニッシュラインへ突進した。有無を言わせぬ圧倒的な強さで、ログリッチがすべてをねじ伏せた。
「表彰台でテレマークを決められるのは、何度だって素敵なことさ!最高の形でシーズンを始められた。昨シーズンを好調に終えたのと同じやり方で、スタートを切ることができた。すごくハッピーだし、僕にとって初めてのパリ〜ニースを楽しんでいるよ」(ログリッチ)
フィニッシュ脇では子供たちがスキーやそり遊びに興じる、そんな不思議な空間の中で、他の選手たちの見せた表情は様々だった。ログリッチに最終的に置き去りにされたとは言え、シャフマンは笑みが止まらなかった。「難関山岳でラスト1kmになっても脚が痛くなかったのは初体験!これは僕にとって勝利に等しい。今後の励みになる」と興奮状態で語った。エリッソンドは「マーダーが勝つべきだった」と少々渋い表情。「あまりにも強いチームに守られている彼は、他の誰も必要としていないし、だからギフトも贈らない」との持論も展開した。
そして敢闘賞で自分を納得させるしかなかったマーダーは、「たったの20m!」と少々自虐的に何度も繰り返した。
ラスト20mでマーダーを抜き去ったログリッチ
「追い抜かれた瞬間は、『くそっ、僕の勝利のはずだ』って思ったさ。あと20mのところまで来て、飛行機が横をすり抜けて行ったら、そりゃあむなしい気分になるよね。でも改めて考えると、満足すべきなのかもしれない。こうして前を走り、勝利を争えたことは、素敵な経験だったのだから」(マーダー)
7勝中3勝を手にしたログリッチは、最終第8ステージを前に、総合2位以下に52秒のリードを有する。ボーナスタイム制度がなければ8秒ビハインドで総合2位だったはずの2020年ブエルタとは異なり、たとえボーナスタイム33秒を抜いても、2位シャフマン(ボーナスタイム14秒)を33秒上回っていることに変わりはない。過去の失敗を教訓に変え、どうやらログリッチはさらに強く進化しつつある。
果たしてパリ〜ニース特有のドンパチには、どう対処するのだろう。急なコース変更で、おそらく大会史上初めてニースに一歩も足を踏み入れない2021年パリ〜ニース最終日は、起伏だらけの周回コースが用意されている。
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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