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2005年のプロ入りからずっと、別府史之はフランスに身を置いて活動してきた。数々の全日本タイトルやツール・ド・フランスの大舞台での敢闘賞、5大クラシック完走などの輝かしい成績を収めているが、近年はチームメイトのために身を粉にした走りが目立つ。個々の成績だけでは選手の価値を図ることができない、ロードレースの奥深さと魅力を体現している37歳に話を聞いた。
別府選手
「高校を卒業してからフランス拠点に活動しているので、人生の半分をこっちで過ごしていることになります。日本語が心配です(笑)」と、オンラインインタビュー画面の向こうで別府は照れ臭そうに笑った。今年から加わったEFエデュケーション・NIPPOのピンク色のTシャツが映える。その背後に映り込むのはレンガ柄の壁紙ではなく本物のレンガが積まれた壁。
フランス人の妻マリリンさんと娘さんとともに別府が住むのはフランス東部のアイン県。フランス第二の都市リヨンの北部に位置し、スイス国境とは直線距離で70kmほどしか離れていない。もっとざっくり分かりやすく言うと、アルプス山脈とジュラ山脈の西側、ワインの産地ボジョレーの近く。「この地域に住んでもう11〜12年ぐらい経つので、ほぼ地元のような感覚。そんなに寒くないだろうと思われがちなんですが、山に行くと雪は積もっているし、雪だるまみたいに着込んで走っていると隣でスキーをしている人がいたり。最低気温はマイナス10度近くまで下がりますね。それでいて盆地なので夏は暑い。山梨みたいと言えばいいのかな。少し前に春一番のような風が吹いて春めいてきました」。
別府選手
そんなアイン県も例外なく2020年から新型コロナウイルスの影響を受けてきた。「プロサイクリストは走ることが仕事なので外で活動することは可能なんですけど、午後6時をすぎると外出ができない。外出するには許可証が必要だったり、地域によってはまたロックダウンするという話が出ています。平日は仕事で外出できるけど週末は外に出ないでくれという状況です」。今でも移動は大きく制限されているが、トレーニングは問題なくこなすことができていると言う。
別府史之 選手インタビュー | 辻啓のワールドチームに所属する日本人選手に話聞いちゃいました。
「2020年春のロックダウンからレストランを閉めないといけない時期が長くて心配ですね」と、食べることや作ることにも積極的な別府らしいコメントも。「面白いことにブーランジェリー(パン屋)は開いてるんですよ。でもピザ屋も開いてたりして、あれ??と思ったり。パンの上に具材が乗っているからOKなのか??という。かれこれ半年以上外食はしていないので、逆に手料理のレパートリーは増えました。最近はお肉もこだわっていて、ちょっと遠出をして買い物をしたりしています。ポジティブに考えると、普段できないことをできる時間になっています」。
別府選手
例年であればシーズンの締めくくりとして10月に宇都宮で開催されるジャパンカップに出場し、続くツール・ド・フランスさいたまクリテリウムやイベントに参加するパターンが多かったが、2020年シーズン終了後も帰国せずにフランスの自宅で過ごしてきた。「親の顔も見たかったんですが」と声のトーンを落としたが、新チームに移籍した年ならではの忙しさもあったと言う。
「環境が変わったので準備に忙しかった。シーズンが終わるのも遅くて、チームとビデオミーティングをしたり2021年の話をしたり。新しいトレーナーと話し合って身体のベース作りをしたり。12月に個人合宿で南フランスに行ったり。なんだかんだで忙しかったですね。遠出できないのが心残りでしたが、この状況の中でもアクティブに動けています」。
雨が降り続く時はズイフトでの室内トレーニングも取り入れながら、悪天候の日でもなるべく外のトレーニングに出かけ、ロードバイクに限らずTTバイクやマウンテンバイクにも乗ってエンデュランスを向上させてきたという。「マウンテンバイクのトレイルも近くにあって、家を出てから80%ぐらい未舗装のコースを走って帰ってこれる。5〜6時間、延々とマウンテンバイクで走れるようなトレイルも近くにあるんです」と、元マウンテンバイカーらしく豊かなライド環境を喜ぶ。
別府選手
EFエデュケーション・NIPPOはオフシーズンにメンバー全員が集うチームトレーニングキャンプを行わなかった。ヨーロッパ在住の選手に限定して1月に南仏で開かれた小さなキャンプに別府は参加。監督やスタッフを含めてチームメンバーとそこで顔を合わせた。「年末にみんな集まって顔合わせするのは重要だと思うんですけど、出場するレースに合わせて選手が集まってトレーニングするのがこのチームの方式です。クライマーとスプリンターが一斉に集まっても、トレーニングが異なるし、結局は別々に走ることになるし」。
2005年のディスカバリーチャンネルでのプロ入り以降、スキル・シマノ、レディオシャック、オリカ・グリーンエッジ、トレック・セガフレード、NIPPOデルコ・ワンプロヴァンスと、多くのチームを渡り歩いてきた別府。2021年から所属するEFエデュケーション・NIPPOは、アメリカ籍ながらスペインに拠点を置き、15か国の選手が所属する多国籍チーム。37歳にして「新入生」になるわけだが、いざ入ってみると旧知の選手やスタッフが多く、決して「初めまして」という雰囲気ではなかったようだ。
「2020年のチームから一緒に移籍した選手もいるし、ミッチェル・ドッカーやイェンス・クークレール、セバスティアン・ラングフェルドはオリカ時代のチームメイト。スタッフの中には昔同じチームだった人もいたり、監督たちも昔のチームメイトだったり。どこかで話が繋がるので、リラックスして受けるべきマッサージ中もずっと喋っていた」という思わぬ誤算も。
なお、世界トップカテゴリーであるUCIワールドチームに所属する約550名の選手たちの中で37歳は稀な存在。4月に38歳の誕生日を迎えるプロ17年目の別府よりも歳が上の選手は10名しかいない(40歳:バルベルデ、38歳:シーベルグ、ケイセ、ボネ、グライペル、ジルベール、ワイナンツ、ポッツォヴィーヴォ、デコルト、リケーゼ)。
別府選手
「チームでテーブルを囲んでいると、ふと『あれ…、自分が一番ベテランなんだな』と思うことがあります。昔の話をできる選手が少なくなってきた」とチーム最年長の別府は笑うが、こう付け加える。「プロチームという仕事場なので、年齢に関係なく、みんなで力を合わせて、互いにリスペクトしながらいいものを作りたいという思いがあるので、年齢はあんまり関係ないですね。『今年で38歳なんだよね』って言うと周りが『エー!!』って驚く。『28歳ぐらいに見えるから大丈夫だよ、フミ』って言われます(笑)」。
平均年齢27歳の世界で、ここまで長くトップチームで走り続けることができる秘訣は、スポンサーの存在を差し引いても、安定感と信頼感のある走りに他ならない。別府は2月27日にフランスで開催されたファウン・アルデッシュ・クラシックでシーズンインし、その翌日のロイヤルベルナール・ドローム・クラシックにも出場。そこで早速チームの期待に応える走りを見せた。
「フランスの春先のレースは道が曲がりくねっている場合が多いので、集団の前にいないといけない。ポジショニングって大事なんです。だからチームメイトを引き連れて集団内のポジション取りをする。勝負どころの山の麓でチームメイトを送り出して、自分の仕事は終了です。テレビに映りにくい地味な仕事だけど、自分はその仕事に長けている。チームとして初戦だったけど、チームメイトたちが信頼して自分の後ろについてきてくれたのは嬉しかったですね」。フランス語と英語を流暢に操ることから、年齢と経験を考えても司令塔的な役割も期待される。
成績だけを見ると別府は2レースともにDNF(途中リタイア)。しかしチームとして成績を残したため、充実したシーズン初戦だったようだ。「チームメイトのヒュー・カーシーがアルデッシュで3位。レース後に、エースの一人アルベルト・ベッティオルに『サイレントジョブ』と言われました。うまいこと言うもんだなと。心晴れやかに初戦を終えることができました」。
別府選手
別府はすべてのグランツール(ジロ・デ・イタリア、ツール・ド・フランス、ブエルタ・ア・エスパーニャ)の完走経験者であるとともに、日本で唯一すべてのモニュメント(世界五大クラシックレース)完走を果たしている選手だが、レースでは自身の完走よりもチームの働きを優先する。「グランツールでは完走という目標もあるけど、ワンデーレースでは50位とか60位に入っても意味がない。だから上位を狙える選手をサポートする走りに徹します。逆に、仕事をしないで完走しても意味がない。チームメイトのために仕事をしながら、チームとして機能できるように動くのが自分の中のプロフェッショナリズム。ある程度自由に走ることができる格下チームとは違い、UCIワールドチームではチームメイトのために仕事をする意識が強い。それがプロサイクリングであり、ずっと僕が続けてきたキャリアです」。
まだ次戦は確定していないが、別府のレーススケジュールは4月から再び本格化する予定。2月末の2連戦で感じたのは「レースは楽しい」ということ。「レース前にスーツケースにシューズやサングラスを入れて準備している時、遠足に行くようなワクワク感があった。ミーティングでレースについて話して、戦略を練って、レース後に改善点を話し合ったり、その感覚がやっぱり楽しい。自分が求めているのはレースで走ることだと再確認しました」。
現在ヨーロッパでは、多くのレースが中止や延期に追い込まれながらも、シーズンは前に進み続けている。大人数が一般道を移動するという特性をもつロードレースは、隔離しやすいスタジアムスポーツとは異なり、新型コロナウイルス対策を施しにくい。それだけに複数回のPCR検査やレースバブル(外部と接触させない仕組み)などが徹底されている。「レースの週には合計3回もPCR検査受けないといけないし、国境を越える時も陰性証明書が必要。偽陽性が出ることもあるし、ストレスは多いです」とコロナ禍ならではの動きにくさを説明する。
「それでも2020年のロードレースはコロナ禍のスポーツイベント開催の成功例とされていますし、ロックダウンになったからレースも中断するのではなくて、開催に向けての糸口を見つけながらレースを開催してくれると信じてます。いつ中断するか分からないので、2021年も一つ一つのレースが大切。なので100%の力で挑みたい」。チームから託された役割を完璧にこなすために、プロ選手として17回目の春を迎える別府はフランスの地で静かに身体を研ぎ澄ましていく。
文:辻 啓
辻 啓
海外レースの撮影を行なうフォトグラファー
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