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バーレーン・ヴィクトリアスで5年目を迎える新城幸也は、この不確定要素も多いシーズンに向けてどのような気持ちで、どのような調整を行ってきたのか。スペインでのチームトレーニングキャンプを終えて帰国し、東京オリンピックを見据えながらヨーロッパでのシーズンインに向けて乗り込む36歳に話を聞いた。
「期間にして2週間ほど、チームスタッフを含めてほぼメンバーが全員揃うトレーニングキャンプに参加しました。期間後半は暖かくて、気温が25度に達する日もあったほど」。1月中旬にスペインでチームと顔を合わせ、距離を乗り込み、互いの状況を確認するとともに今シーズンのプログラムについても話し合った新城はその後一旦帰国することを選んだ。「今はまたヨーロッパに寒さが戻っているようです。寒いヨーロッパにいるより、天気の良い日本にいる方がトレーニングしやすいので帰国しました」。
新城選手
2020年の最終戦となったジロ・デ・イタリア以降、自宅のある東京でオフシーズンを過ごしてきた新城。軽くその戦歴を振り返ると、2010年ジロ第5ステージ3位、同年ロード世界選手権9位、同年パリ〜トゥール5位、2014年アムステルゴールドレース10位など、数々の「日本人歴代最高」を連発してきた。ツールでは2度ステージ敢闘賞を獲得し、全日本選手権ロードで2度優勝。これまでグランツールに13回出場し、チームの仕事に徹しながらリタイアなしの13回完走を果たしている。
温暖なスペインで行われたトレーニングキャンプについて、新城は「とにかくトレーニングがメインだった」と言う。通常であれば年が明ける前に複数回トレーニングキャンプが開かれるが、2021年は1月の1回のみ。そこはやはり新型コロナウイルスが大きく影響している。バーレーン・ヴィクトリアスは、感染対策を施しながらキャンプを開いた数少ないチームの一つだ。
「今年は『誰も感染しない、感染させない』を徹底したので、ホテルを訪れるスポンサー関係者もゼロ。外部の人間と接触することもなく、家族がホテルに来ることもできないし、外出なんてもちろん禁止。同じホテルに他のチームもいたんですが、僕たちはエレベーターが使用禁止で、4階まで階段で上がりました。朝からヨガをやって、ご飯食べて、ミーティングして、トレーニングに出て、マッサージを受けてという合宿的なキャンプだった」と、コロナ禍ならではの状況を振り返る。
新城幸也 選手インタビュー | 辻啓のワールドチームに所属する日本人選手に話聞いちゃいました。
2017年のチーム創設当初からの古株メンバーである新城は、年齢的には上から3番目(マルセル・シーベルグ38歳、ハインリッヒ・ハウッスラー36歳、新城36歳)。20代前半の選手が8名所属するチームの中では完全にベテラン枠だ。この5年間のチームの変化について新城は「最初(創設時)はイタリア色が強くて、昨年マクラーレン社が加わったのでイギリス色が強くなり、今はバーレーンやスロベニアの色が強まっています。ニバリがいた時代、イギリスが入ってきた時代を経て、最初の立ち上げからいるスタッフを中心にチームが動いているので一回りした感じですね」と説明する。
新城の言う変化の一つが、選手やスタッフ間の情報伝達方法にある。かつては選手が監督やメカニック、ドクターに直接連絡する形だったが、現在はトレーニングコーチが窓口係を一手に引き受けている。「チームにはトレーニングコーチが5~6人いて、それぞれが6~7人の選手を担当しています。僕はメニューをもらっているというよりは、トレーニングについてのコメントをもらったりして、彼が僕のコンディションをチームに報告している形ですね。いつも(トレーニングを)評価してくれていて、そのままでいいと言ってくれています」。
トレーニングコーチの仕事は練習関係のことにとどまらない。情報伝達を一本化し、選手の面倒を見るマネージャー的な役割を果たしている。「このチームでは、選手の声や状態について担当コーチが全体ミーティングで報告します。例えば選手の体調が悪い時は、ドクターに報告するのではなく、まずコーチに報告します。マテリアル(バイク機材)が壊れた時もコーチに伝えて、彼がメカニックに伝えてくれる。移動に関してもコーチ経由。連絡する相手が一人なので選手は楽ですね。スペイン人の彼とはフランス語でコミュニケーションが取れるし、世間話もしながらいい関係を作れています。パワーデータを読めない監督もいるし、コーチが間に入ることで客観的に評価しやすくなっていると思います」。
新城選手
2021年、バーレーン・ヴィクトリアスはマーク・カヴェンディッシュやエンリコ・バッタリーンといったベテランを放出し、新たに27歳ジャック・ヘイグ、24歳ジーノ・マーダー、20歳アフメド・マダン、20歳ジョナサン・ミランを獲得。グランツールからクラシックまで、幅広く活躍できる選手層の厚さを誇る。
「グランツールではミケル・ランダに(総合表彰台の)可能性があるので、彼を中心にしたメンバーが組まれます。彼はジロ・デ・イタリアに出場予定で、さらにツール・ド・フランスに出場する可能性もある。とは言っても総合成績だけを狙うチームではなく、フィル・バウハウスがエーススプリンターで、マルセル・シーベルグやハインリッヒ・ハウッスラー、マルコ・ハラー、マテイ・モホリッチといったクラシックを走れる選手もいる。仮にランダの予定が変わっても、他にもいくつもプランは用意されています。あと、若いイタリア人のジョナサン・ミランはフィリッポ・ガンナみたいに大きくて、トラックでも成績を残していて、キャンプの時点で『いい選手が入ってきたよ』と話題になっていました。今まで以上にいろんな可能性を追求できるチームになってきている」。
インタビューで新城が繰り返したのは「チームの雰囲気の良さ」だった。「経験豊富な選手も揃っているし、5年かけていいチームになってきています。キャンプの雰囲気も良くて、『誰かの誰かのためのチーム』のような雰囲気もないです。確かに一番年上のシーベルグが一番喋るものの、ランダの意見がすべて通るわけでもなく、『誰かがまとめているチーム』でもない。隔たりなくて仲も良く、スタッフを含めてみんなで良いチームを作っている感じ」。そんなバーレーン・ヴィクトリアスは、シーズン初戦のツール・ド・ラ・プロヴァンスでワウト・プールスが総合4位、新加入ジャック・ヘイグが総合7位。バウハウスがスプリントでチームにシーズン初勝利をもたらし、上々のシーズンスタートを切ったと言える。
新城選手
トレーニングキャンプではスプリンターグループ(本人の言葉を借りると「年寄り組」)に振り分けられたと言うが、実際のレースではクライマーもサポートする。「『どちらつかず』という表現は変ですけど、スプリンターとクライマーの両方をアシストするのが僕の仕事です。だから両方とよく話しますね」と、コースを問わずに役目を与えられることが多い新城。
2009年のブイグテレコム時代から数えて、新城はこれまで12シーズンをヨーロッパに拠点を置いて活動してきた。チームバン時代や梅丹本舗時代を含めると15シーズン。その間、新城はオフシーズンを除いて1年の大半をフランスとタイで過ごしてきた。
タイ?そう、新城のオフシーズンと言えば、タイでの長期的な個人トレーニングキャンプを行うのが常だった。真冬でも暖かいタイでたっぷりと乗り込み、すっかり日焼けして絞れた状態でシーズンインを迎えるのが新城スタイル。しかし2021年は状況が異なる。「プロ選手になってから初めてタイ合宿に行かない年になりました」と、主に東京でトレーニングをこなした新城は笑う。
トレーニング環境の変化がパフォーマンスに影響を及ぼすのではと心配されるが、本人は冷静に状況を読み、シーズンインに向けて準備を続けていた。「2週間の隔離もありましたし、ビザも必要だったり、トレーニングキャンプもあったので、タイに行くタイミングがなかった。いつもなら10月にシーズンが終わって、11月は休んで、12月にトレーニングを再開して、1月のシーズンインまでに準備期間1月半でコンディションを作らないといけなかったんですが、今年はシーズンインが3月なので、準備期間が3ヶ月も取れるんですね。ダウンアンダーや南米のレースがなくて、10年前のような、伝統的なカレンダーに戻りましたね。僕は10年前のカレンダーを経験しているので、一周して戻ってきた感じです。でも10年前を経験している選手が周りにいなくなってきました(笑)」
新城選手
パンデミックに伴う変則的なオフシーズンだが、逆に日本の様々なテレビ番組に出演するなど「今年だからこそできること」を新城はこなしてきた。「イベントもなく、外食に出かけることもなく、自宅にいる時間も長くて、その分お取り寄せを注文したりして。日本は便利な国だと改めて思いました。よくヨーロッパの人が『日本はすごい』と言っている気持ちがよくわかりました(笑)」
さらに「4年ぶりに実家に帰ることができました。しかも2泊3日とかではなく1週間も」と笑顔を浮かべる。「ヨーロッパから帰国して2週間の隔離を経てすぐ、誰にも会うことなく石垣島に飛びました。もちろんウイルスを持ち込みたくないので(陰性が確認されている)今なら大丈夫だということで帰省したんです」。ちなみに、ヨーロッパ渡航前後やキャンプ中を含めて、すでに新城は今年に入ってから5回PCR検査を受けている(すべて陰性)。
3月に再び渡欧してシーズンインする新城は「まだ不確定な部分が多いのでどのレースに出るのか具体的には言えないんですが」と前置きしてこう続ける「昨年の走りをしっかり評価してもらい、良いレースプログラムをもらいました。オリンピック出場の内定が決まってから、そこに向けたスケジュールが組まれています」。
新城は増田成幸(宇都宮ブリッツェン)とともに日本代表として7月24日に東京オリンピック男子ロードレースのスタートラインに立つ。「オリンピックは約250kmの長丁場で、なおかつ最後にきつい三国峠が待っている。もちろん富士山で遅れないという前提があるんですけど、三国峠でしっかり力を出すのが一番大事。登れる身体を作ることをずっと考えています。もともと登りが得意な選手ではないので、ヨーロッパで登りが多い環境に身を置くことも考えています」。新城はキャリア初期から長年フランスを拠点に活動してきたが、登坂力強化を見据えて拠点を移すことも検討しているという。
新城選手
新城のオリンピック出場は3回目。2012年ロンドンは48位、2016年リオは27位だった。いずれもツール・ド・フランス完走を果たした後の成績。仮の仮の、可能性の話として、2021年もツールに出場した場合は7月18日の閉幕から大急ぎで帰国し、時差ぼけを解消するとともに調整しなければならない。
そんな外野の心配をよそに「もちろんそれは考えてますし、仮にツールに出場するとしても、その後にオリンピックに出るのは僕だけではないと思いますよ。今までの経験から、グランツールの1週間後はちょうど調子が良いですし」と絶対の自信をもつ。「合宿してオリンピックに挑むのと、ステージレースを走ってから休んでオリンピックに挑むのはアプローチが全然違う。例えば世界選手権を狙う時は、その前のレースから調子が良くないといけない。なのでオリンピックだけというより、その前のレースも含めて調子を合わせます。オリンピックだけにピークを持っていくシーズンを送ってないので、逆に一つのレースだけに合わせる方法がわかりません(笑)」
インタビュー中、ずっと膝の上には新しい家族である生後2ヶ月半のミニチュアピンシャー「リンク(輪久)くん」が大人しく座っていた。心身ともにシーズンインに向けて新城は準備万端。「(パンデミックやオリンピックの行方を含めて)すべてがうまく行くように願っています。しっかり準備をして走れることが嬉しい。去年も短い期間でしたがレースするのが楽しかったですし、また今年レースできることに楽しみしかない」。はやる気持ちを抑えながら、新城はシーズン前の最終調整に入っている。
文:辻 啓
辻 啓
海外レースの撮影を行なうフォトグラファー
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