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サイクル ロードレース コラム 2020年11月9日

【ブエルタ・ア・エスパーニャ2020 レースレポート:第18ステージ】ログリッチのもとに訪れた美しき栄光の日「See you next year(来年また会いましょう)」

サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか
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プリモシュ・ログリッチ

プリモシュ・ログリッチ

写真判定にもつれ込む接戦で、2020年ブエルタ・ア・エスパーニャは大団円を迎えた。パスカル・アッカーマンはフィニッシュライン上で両手を1度も上げられないまま、しかし堂々たる区間2勝目を手に、笑顔でシーズンを締めくくった。プリモシュ・ログリッチは2年連続マドリードに赤いジャージで帰り着き、2年連続UCIランキング年間1位も確定させた。

「チームメートたちに心からお礼を言いたい。今日のリードアウトは最高だった。こうしてシーズンを勝利で締めく来ることが出来て、本当に幸せだ」(アッカーマン)

長くて、短くて、ぎゅうぎゅう詰め。こんな不思議な1年が、ついに最終日を迎えた。1月下旬にオーストラリアで始まったロードレースシーズンは、3月14日のパリ〜ニース7日目で、慌ただしくいったん中断された。その後に続いた長く暗いロックダウンの時期を経て、多国籍プロトンが再びワールドツアーを走り出したのは、8月1日からでしかない。再開からブエルタ最終日までの100日間で、実にワールドツアー92レース(+世界選手権+欧州ツアー多数)が無事に開催された。

「新型コロナウイルス危機のせいで、2020年はかなりスペシャルな年だった。だからみなさんの健康を祈りつつ、レース主催者たちの努力に感謝したい。それから、すべての選手にもありがとうを言いたい。特にチームメートたちに。みんなのおかげで僕はベストを尽くせたんだ」(ログリッチ)

それにしてもグランツール最終日がシーズン最終日に重なるというのは、極めて特別だ。3週間の健闘をライバルたちと称え合い、シーズン序盤から積み重ねてきたあらゆる努力を、チームメートたちとしみじみ振り返る。マドリード郊外の競馬場から走り出した142人の選手たちは、そんな贅沢な時間を過ごすことが出来たに違いない。

なにより人生2度目のグランツールを走り終えたアッカーマンは、朝から興奮していたらしい。だって2019年ジロは区間2勝でポイント賞マリア・チクラミーノを獲得したけれど、肝心の最終日は個人タイムトライアル。つまりパレードランも、最終スプリントもなし。「ジロはちょっと寂しかったから、今日は思いっきり満喫するよ!」と、すべてを楽しみ尽くすつもりだった。

最終日独特の和やかな雰囲気も、マドリードの周回コースに入ると一変する。今大会区間2勝のティム・ウェレンスが、残り30km、1度目のライン通過の手前で飛び出した。第1ステージから数えて、なんと8回目の逃げだった。ウィリー・スミットやゴンサロ・セラノも企てに加わり、途中でドミトリー・グルズジェフも追いついた。緊急事態宣言下のせいで人出の少ない目抜き通りを、4人は先頭で駆け抜けた。

後方ではスプリンターチームが、今年最後の仕事に取り掛かる。今大会ここまでの17日間で大集団スプリントのチャンスはわずか3回。その3つを平等に分け合ったサム・ベネット(第4)とアッカーマン(第9)、そしてジャスパー・フィリップセン(第15)が、それぞれに隊列を走らせた。逃げる4人には、最大25秒程度の余裕しか与えなかった。

そして最終周回を告げる鐘の音を聞きながら、残り6km、集団はひとつになる。

最前列で隊列を組み上げたのはドゥクーニンク・クイックステップだった。今大会スーパー敢闘賞のレミ・カヴァニャが、いつにも増して強烈な牽引を行った。ところが1周回で2回登場するUターンカーブの、1つ目をこなした直後に、サンウェブが猛然と競り上がった。ウルフパックの結束が揺らいだ隙に、ミッチェルトン・スコットも割り込んだ。24秒差の総合2位、リチャル・カラパスを守るイネオス・グレナディアーズも、「3km手前の事故」回避のためどんどん前へと上がってきた。小さな混乱が場を満たした。

パスカル・アッカーマン

パスカル・アッカーマンが最終ステージを制した

しかし2つ目のUターンカーブを、ボーラ・ハンスグローエが巧みにすり抜ける。そのまま4人隊列で残り1kmのアーチをくぐると、エースを残り250mまで完璧に導いた。さらに猛スピードでフェンス脇をUAEの2人組が上がってくると、アッカーマンは吸い寄せられるようにライバルチームの発射台後輪に飛び移り、そのまま残り200m、流れるようにスプリントを切った。

ベネットはぎりぎり残り100mでアッカーマンの背後から飛び出した。ほんの一瞬進路を塞がれ減速するも、ライン手前25mでついにライバルに並んだ。第9ステージにライン上では2番手ながら勝利を得た男と、その第9ステージにフィニッシュラインを1番に越えた男は、ライン上でハンドルを投げた。

「勝ったかどうか分からなかった。サムにもどっちが勝ったか聞いたけど、2人とも分からなかったんだ。だからフィニッシュ後にしばらく待たされたよ。結果は無線で聞かされた」(アッカーマン)

1回目はベネットの失格により区間の栄光が転がり込んできたが、今度こそ……わずか車輪リムの差とは言え、正真正銘の一等賞だった。アッカーマンにとっては2020シーズン通算8勝目。中断前2勝、中断後6勝で、ボーラの年間21勝に最大限に貢献してみせた。

表彰台に上がった上位3選手

表彰台に上がった上位3選手

そしてアッカーマンと同タイム39位でフィニッシュラインを越えた瞬間、ログリッチのブエルタ総合優勝が確定した。やはり同集団で終えたカラパスは24秒差の総合2位、28秒遅れで1日を終えたヒュー・カーシーは1分15秒差の総合3位と、前夜コバティーヤの山頂で決まった順位にもはや変動はなかった。ツール・ド・フランス最終日前夜に逆転優勝をさらわれてからちょうど50日目に、ログリッチのもとに美しき栄光の日が訪れた。

「今年の状況を考えると、今回の勝利は、たしかにより感慨深いものがあるね。でもそれぞれのレースに、それぞれの物語がある。他のレースとは比較はできない。今はただ、こうして頂点に立っていることが、信じられないような気分だよ」(ログリッチ)

シーズン中断前は一切レースに出場しなかったログリッチだが、一方で初戦となる6月21日の国内選手権で優勝して以来、中断後は実に50日も走り続けてきた。驚くことにステージレース出場46日中、29日は総合リーダージャージを着用した。シーズン12勝は、スプリンターのアルノー・デマール14勝に次ぐ堂々2位の記録だし、2つのグランツールで総合表彰台に上がった今季唯一の選手となった。

実は今ブエルタ総合トップ10の全員が、フランス一周とスペイン一周を連戦している。それどころか山岳賞ギヨーム・マルタンやスーパー敢闘賞カヴァニャ、もちろん総合5位&新人賞エンリク・マスも、さらにはチーム総合首位モビスターの8人中7人(ホルヘ・アルカスを除く)さえも、ツールを走ってからブエルタに乗り込んできた。タフな男たちのための、タフな大会だった。

その2大会とも、勝者こそ違えど、最終日の空にはスロベニア国歌が流れた。つまり3つのグランツールのうち2つをスロベニアが独占し、残す1つは英国人の手に渡った。

クリス・フルーム(右)

クリス・フルーム(右)

やはり英国人としてブエルタ・ア・エスパーニャを2度勝ち取ったクリス・フルームに、この日のスタート前、2011年大会の優勝トロフィーが授与された。昨季クリテリウム・ドゥ・ドーフィネでの大怪我からのリハビリ中に、繰り上げ優勝の知らせが飛び込んできたのだ。35歳で新天地へと移るフルームにとって、11年過ごしてきたイネオスで走る最後の日に、実はイネオスにとってもフルームにとっても初めてのグランツールタイトルの証がもたらされた。

「あの年のブエルタこそが、自分にはグランツール総合優勝を争う実力があるのだ、と理解した初めての大会だった。今日は走りながら、ここまでの自分の成長の軌跡を、ずっと考えていたよ」(フルーム)

暦の上ではすでに冬。ようやく変則的なロードレースシーズンの幕が閉じ、選手たちはオフを楽しむことができる。そして約2ヶ月半後、ここスペインでのマヨルカ・チャレンジにて、多くの選手にとっての2021年シーズンが開幕する。

南半球のワールドツアー初戦2大会は残念ながら中止された。しばらくは大陸間移動を避け、ワールドチームは欧州圏内のみでの転戦となるのかもしれない。それでも恐ろしい第2派の真っ只中にありながらも、第1波の時とは違い、欧州の各国政府は「プロスポーツ活動」を積極的に推進する。大丈夫。きっとプロトンは帰ってくる。ログリッチだって表彰台上でこう言っているではないか。See you next year(来年また会いましょう)、と。

文:宮本あさか

宮本あさか

宮本 あさか

みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。

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