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【ブエルタ・ア・エスパーニャ2020 レースレポート:第17ステージ】奇妙なシーズンの、美しきフィナーレ。ログリッチが2年連続のマイヨ・ロホに「僕こそが最強で、僕らのチームこそが最強だった」
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか総合優勝を確信するログリッチ
雨雲を突き抜けた先には、輝かしい栄光が待っていた。ダヴィ・ゴデュは今大会2つ目の山頂フィニッシュを勝ち取り、プリモシュ・ログリッチはライバルたちの総攻撃に耐え切り、2年連続のマイヨ・ロホを確定させた。奇妙なシーズンの、美しきフィナーレだった。
「区間2勝に総合トップ10入り。僕のブエルタは本当に成功した。これで平和なオフシーズンを迎えることができる」(ゴデュ)
2020年ブエルタ・ア・エスパーニャが最後の山岳決戦を迎えた。行く手に待ち構えるは6つの山。しかも天候は最悪だった。雨、風、霧、寒さ……。つまりゴデュにとっては「僕の大好きな気象条件!」だったらしい。当然ながら、スタートから20kmほどで出来上がった大きな逃げに、まんまと滑り込んだ。
巨大な先頭集団には34人が飛び乗った。参加22チーム中18チームが少なくとも1人は選手を前に送り込み、特にUAEチームエミレーツが4人、コフィディス、サンウェブ、モビスターがそれぞれ3人ずつ。総合2位リチャル・カラパスのアシストは5人全員がメイン集団に留まったが、ユンボ・ヴィスマからはレナード・ホフステッドが逃げた。もちろんゴデュの側には、同僚ブルーノ・アーミライの姿があった。
総合10位ダビ・デラクルスと11位ゴデュが紛れ込んだ逃げは、7位フェリックス・グロスチャートナー擁するボーラ・ハンスグローエを追走に駆り立てた。ただし人数があまりに多過ぎた。共通の利益を有するチームもなかった。すぐにボーラは集団制御権を返上し、そのままユンボに責任が委ねられた。赤ジャージを守る黄色い隊列は、3分半から4分ほどの差を保ちながら、淡々とリズムを刻んだ。
やはりデラクルスを支えるUAE3人衆が、最前線で精力的に働いた。ステージ半ばに差し掛かると、個人TT5位と絶好調アーミライも、いよいよゴデュのための牽引作業に乗り出した。実は第11ステージでも「2人で逃げる」計画を成功させ、山岳エースに勝利をもたらした名アシストは、この日も「絶対に一緒に逃げるべし」との指示を完璧に遂行する。
今大会2勝目をあげたダヴィ・ゴデュ
「ブルーノ(アーミライ)は今日もまた凄かった。こういった仕事に関して言えば、彼は間違いなく現役世界ナンバーワンレベル。平地は速いし、上れるし、下りさえ上手いんだから!」(ゴデュ)
UAE3人とアーミライ1人がせっせと引く逃げ集団の背後では、残り62km、モビスターがいよいよ動き始める。3つ目の山からのダウンヒルで、ユンボから主導権をむしり取ったのだ。しかも逃げた3人のうち、1人がメイン集団にわざわざ戻ってきて、6人でスピードアップを敢行した。おかげで雨に濡れたヘアピンカーブで小さな落車分断、カラパス遅れる……という緊迫する事態も発生したが、幸いにもすぐに状況は落ち着きを取り戻した。
この「前待ち」ならぬ「前落ち」作戦を、今区間のモビスターは2度採用した。つまり逃げからあえて下りてきた2選手と共に、牽引作業を続行しつつ、前との距離をじわじわと狭めていく。そして残り30km。タイム差は1分半にまで縮まった。5つ目の上りに差し掛かったタイミングで、満を持してマルク・ソレルが飛び出した!
「マルクの動きは区間勝利を狙うためのものであって、決して僕のためではなかった」(エンリク・マス)
今シーズンわずか2勝しか上げていない--しかも2勝ともにソレルの手によるもの--モビスターは、前区間に続き、あくまで勝利にこだわった。今度こそ本当に「前待ち」していたチームメートの助けを借りて、約10kmの追走の果てに、ソレルは逃げへと追いついた。
作業を終えたモビスターに代わって、ユンボが再びメインプロトンを静かに引いた。すでに総合20分以上もの遅れを喫していた第2ステージ勝者を、当然ながら追う必要はなかった。ちなみに決して「前待ち」要員ではなかったはずのソレルは、最終的には総合5位マスと、なによりログリッチの助けとなる。
ソレル合流直後の残り18km、小さな村を貫く石畳の急勾配を利用して、先頭集団からマーク・ドノヴァン、ジーノ・マーダー、ヨン・イサギレがまんまと抜け出した。そのまま逃げの友を突き放すと、全長11.4kmの最終峠へと、40秒差で飛び込んだ。
ここでもまた、アーミライが見事な仕事を成し遂げる。「あらん限りの力を尽くした。できる限り長く前を引いた。自分の最大限を尽くした」おかげで、前の3人との差を保ちつつ、ゴデュはぎりぎりまで体力を温存した。そして同僚の献身に結果で報いるべく、残り7km、勾配10%ゾーンの突入と同時にクライマーは加速に転じる。
すぐに大多数のライバルは振り落とされた。ただ青玉ジャージ姿のギヨーム・マルタンだけが……2日前にすでに山岳賞首位を確定させ、この日はひたすら区間勝利のためだけに逃げていた同朋フランス人だけが、後輪に張り付いてきた。4年前のツール・ド・ラヴニール総合覇者は、さらにスピードを上げた。強い向かい風の中、すでに7度も逃げてきたマルタンは力尽き、ゴデュは大急ぎで前を行く3人を追い始めた。
やはり第6ステージで山頂フィニッシュを制したイザギレが、ライバル2人を置き去りにし、独走に持ち込んでいた。しかし1度目の勝利の朝まで不調に悩んでいたゴデュは、まるですべてが吹っ切れたように、軽やかに山を駆け上がった。残り4.5kmでついに敵に追いつき、そのまま追い越した。いつしか雲さえも追い越した。陽光に照る標高1965m地点へと、晴れやかな笑顔でたどり着いた。
「今朝バスの中で考えたんだ。(ティム)ウェレンスは2勝した(第5・14ステージ)。(ベン)キングも2つ勝ったし(2018年)、ティボー(ピノ)だってやっぱり1大会で2勝してる(2018年)。だったら……僕だって勝てるんじゃない?今日がその日じゃないかな?って」(ゴデュ)
1回目と同じように、この日もゴデュは山頂でハートを描いた。プロ入り4年目にして、初めてのシーズン複数勝利。またチームにシーズン25勝目を献上し、グルパマのゼネラルマネージャー、マルク・マディオからは「極めて正確に目標を射止めた」とお褒めの言葉を頂戴したのだった。
ユンボの導くメイン集団は、逃げから約4分遅れで、最終決戦の地コバティーヤへと取り掛かった。いまだマイヨ・ロホの側をアシスト3人が固めていた一方で、3位ヒュー・カーシーと5位マスはもはや1人ずつしか助けを残していなかったし、2位カラパスと4位マーティンに至っては早くも孤軍奮闘を強いられていた。
ところがステージ序盤は深追いしなかったボーラが、ここで改めて追走作業に取り掛かる。すでに30人ほどに小さくなった集団先頭に、アンドレアス・シリンガーが駆け上がると、急激なスピードアップに転じたのだ。猛烈な牽引は3km近くも続いた。まさかのユンボ勢を2人吹き飛ばすほどの威力だった。
やはりトップ10圏外陥落の危機にあるアレクサンドル・ウラソフは、むしろ自らの加速で対応した。ボーラは慌てたが、利害関係にないユンボは無視を決め込んだ。ログラの最終山岳アシスト、セップ・クスが落ち着いて集団先頭に立ち、状況を上手く収めにかかる。しかし残り4.5km、ログリッチの真のライバルたちが最終攻撃を開始すると、その頼みのクスさえも脚が止まる。
真っ先に大きな一発を振り下ろしたのはカーシーだった。「表彰台確保ではなく、その上を狙う」との宣言通り、アングリル王者は遠くからアタックに転じた。カラパスも好機とばかり加速した。マーティンは早くも遅れ気味になるが、マスは踏みとどまった。ログラは問題なく自らのきっちり穴を埋めた。
マイヨ・ロホの周りにアシストがもはや残っていないと知るや、カーシーはさらに2度、加速を畳み掛けた。しかしマイヨ・ロホを振り払うことはできない。
決定機を打ったのはカラパスだ。フィニッシュまで残り3kmのアーチの手前で、重たい一撃を打ち込んだ。「いまだ勝機はある」と揺るぎない信念を抱いた昨季ジロ総合覇者は、45秒差を逆転するために、単独で山頂へと急ぎ始めた。
「常にすべてが自分のコントロールできる状況にあったわけではない。でも冷静に、自分のするべきことをするだけだった」(ログリッチ)
こう腹をくくり、黙々と追いかけ始めたログリッチに、救いの神が現れる。ステージ序盤に34人の巨大な逃げ集団に潜り込み、山頂3km地点まで粘り続けていたホフステッドが、目の前にいたのだ!なんという最高のタイミング。
「ありがたかった。どんなに短い距離だろうが、彼がしてくれた最高の仕事だよ」(ログリッチ)
身体の大きな「平地の風よけ要員」の背後で、少し息をついたログリッチに、もう1人、思いがけない助けがやって来る。区間勝利が無理だと悟ったソレルが、残り1.5kmほどでマスのために「前待ち」していたのだ。残り1kmでカーシーはひとり前へと飛び出していってしまうが、ログラはこの「ウェルカム」な状況を利用した。ソレルとマスの影でしばらく走り、それからフィニッシュに向けて、改めて最後の力を振り絞った。
「自分のペースで走り続ければ、十分なはずだと分かっていた。一瞬たりとも自分のブエルタ総合優勝を疑わなかった。もちろんフィニッシュラインを越えるまで、決して戦いは終わらないのだけれど」(ログリッチ)
カラパスが、もはやボーナスタイムの発生しない区間8位で山頂にたどり着いた15秒後、カーシーが区間を終えた。さらにその6秒後に、マイヨ・ロホはフィニッシュラインを越える。力強いガッツポーズと共に。
通常よりも3日短いブエルタの最終日前夜、ログリッチは改めてマイヨ・ロホに袖を通した。総合2位カラパスを24秒差で、3位カーシーを47秒差で振り払った。たしかに過去17日間で収集した48秒のボーナスタイムがなければ、8秒差でカラパスが首位に立っているはずだった(カラパスのボーナスタイム16秒、カーシー10秒)。しかしこの大量のボーナスタイムとはまた、ログリッチが区間4勝を力強くもぎ取った結果であり、集団スプリントにさえ果敢に挑んだ証拠でもあるのだ。
「一旦勝ってしまえば、どんな勝ち方をしたかなんていういのはどうでもいいことなんだ。僕はただ最高に嬉しいだけ。僕こそが最強で、僕らのチームこそが最強だった。自分が成し遂げたことを誇りに思う」(ログリッチ)
エキサイティングな大会の終わりだった。ブエルタでは初めての表彰台に立つカラパスは「本当に楽しい戦いだった」と振り返り、生まれて初めてグランツール表彰台を射止めたカーシーは「後悔はない。自分が誇らしい」と言葉少なく語った。
最後の逃げでデラクルスとゴデュは希望通り総合順位を3つずつ上げ、総合7位と8位で大会を終える。マルタンは念願の区間勝利こそ逃したものの、コフィディスにとっては6度目となる山岳賞をもぎ取った。全部で47登場した山岳のうち13峠で先頭通過を果たし、さらに8峠でポイントを収集し、2位以下に65pt差をつけての圧勝だった。マスは新人ジャージを持ち帰り、そして地元スペインチームの責任として連日攻撃的に走ったモビスターは、最強チームとして最終表彰台に立つ。
最後まで戦い続けた143人の勇者と共に、晩秋のマドリードへと、ブエルタは帰り着く。
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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