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サイクル ロードレース コラム 2020年11月2日

【ブエルタ・ア・エスパーニャ2020 レースレポート:第12ステージ】クレイジーなほどの勾配を、凄まじいパワーでねじ伏せたヒュー・カーシー「観客が望むものがすべて揃った」

サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか
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ヒュー・カーシー

表彰台のヒュー・カーシー

いつ果てるとも知れぬ、一寸刻みのバトル。2020年ブエルタの主役たちが、自転車界有数の激勾配で、限界ぎりぎりの死闘を繰り広げた。アングリルのてっぺんでは、ヒュー・カーシーが力づくで栄光をさらった。攻めたリチャル・カラパスはマイヨ・ロホを取り戻し、受けたプリモシュ・ログリッチは損失をわずか10秒に留めた。2度目の休息日明けの33.7km個人タイムトライアルを控え、総合上位4人が35秒以内で並んだ。

「エキサイティングだね。観客が望むものがすべて揃ったんじゃないかな。タイムトライアルに向けて、大接戦だよ」(カーシー)

とうとう11月に入った。自転車界にシーズンオフの始まりを告げる風物詩、来夏のツール・ド・フランスのコースが発表されたこの日、晩秋のグランツールは最高潮を迎えた。全長109.4kmの短距離クイーンステージ。道の果てに待ち構えるのは怪物だ。「誰もあそこで素の自分を隠すことなどできないのさ」と、3度目のアングリル登坂に挑む前に、こうクリス・フルームは証言していた。過去2回上った時は、最終的に、自らが大会覇者に輝いている。

恐ろしい山へ向かって、しかし多くの選手が勇敢に前へ飛び出した。たとえば総合エース擁するモビスターとイネオス・グレナディアーズ、EFエデュケーションファーストは前方にアシストを送り込み、青玉を着るギヨーム・マルタンは今大会5度目の逃げへと邁進した。

スタートから18km、ついに最前線で21人がひとつにまとまる。全22チーム中16チームが参加し、コフィディス2人、ロット・スーダル2人、ミッチェルトン・スコット2人、UAEチームエミレーツ2人……が滑り込んだ先頭集団は、いよいよ順調に先を急ぎ始めた。

ただUAEだけは、計画遂行に向けて、ちょっとした修正が必要だったようだ。前方のスプリンター(ジャスパー・フィリプセン)とメイン集団内のクライマー(ダヴィデ・フォルモロ)を、大胆にも入れ替えることにした。遠ざかっていく逃げを追いかけ始めたフォルモロに、ロットのトーマス・マルチンスキーが相乗りした。2人は30kmにも渡る粘り強い追走を続けた。2つの山を上って下りた先で、見事に合流を成功させた。

もちろん2つの山では、マルタンが先頭通過を果たしていた。今区間の短いコースには、さらに3つの山がぎゅうぎゅうに詰め込まれている。すなわち山岳ポイントを最大41pt収集できる絶好機なのだ。マルタンにとって幸いなことに、前日激しく競り合ったティム・ウェレンスは後方に留まった。しかもロットから3人も前に来ていたというのに、誰ひとり邪魔はしてこなかった。

共に逃げた同僚ピエールリュック・ペリションの助けもありがたかった。最終的にアングリルを除く4つの山で、マルタンは最大限のポイントをかき集めることになる。区間終了時点で山岳賞2位以下とのポイント差は46pt。3週目だけでもトータル81ptが収集可能だから、あと数日は努力が必要だろうか。

「今日の第一目標は、新たなポイントを収集しつつ、ライバルにポイントを取らせないこと。これに関しては完璧に成功した。おかげで少し平和な気持ちで3週目に取り掛かることができるし、ポイントに対する警戒レベルを下げて、区間勝利へ向けて全力を注ぐこともできる」(マルタン)

残り55km、後方では新たなはかりごとが動き出した。3つ目のモスケタ峠へと上り始めると同時だった。3分ほどのタイム差で制御していたユンボ・ヴィスマから、突如としてモビスターが主導権をむしり取ったのだ。ほぼ同時にUAEのダビ・デラクルスは、前方へと駆け出した。

総合13位の大胆な企てに、前夜総合7位から14位へと陥落したエステバン・チャベスもすかさず反応した。しかし4年前に総合3位に食い込んだ後者は、すぐに脚が止まる。やはり4年前にマイヨ・ロホを1日着用したデラクルスは、アタック直後は同僚イヴォ・オリヴェイラに助けられつつ、チームメート2人が待つ逃げ集団へと急いだが……。山からのダウンヒル中に肝心の「前待ち」フォルモロが落車。無念にもUAEの3段攻撃は実らなかった。残り38km、下りきった先の谷間で、エースもアシストもメイン集団に飲み込まれていった。

下りの犠牲者はフォルモロだけではない。メイン集団ではイネオスの頼れるアンドレイ・アマドールさえ、地面に転がり落ちた。それほどモビスターの刻むリズムは強烈だった。なにしろ前で逃げていたイマノル・エルビティを早々と呼び戻し、濡れ落ち葉の散らばる危険な坂道を、高速で駆け下りたのだ。UAE勢を飲み込む頃には、先頭集団との差はすでに1分に縮まっていた。4つ目コルダル峠の中腹まで、モビスターの激しい突進は続けられた。

最大21人だった逃げは、この平均勾配9.3%のコルダル峠で、いつしか3人にまで絞り込まれた。ルイスレオン・サンチェスとマティア・カッタネオ、そして今区間最後のポイントチャンスに全力を注いだマルタンだけが、そのまま先頭でアングリルへ突入する名誉を手に入れることになる。

すでに45秒差にまで接近していたメイン集団でも、やはり同じ山道でふるいわけが進んだ。勾配が14%に跳ね上がるゾーンでは、突如としてフルームが「リッチー」カラパスを連れてペースアップを敢行したことさえあった。調子がいまだベストには程遠いとは言え、グランツール総合7勝の大チャンピオンの鋭い加速で、2人の背後には一瞬大きな空白が生まれた!

そして、これをきっかけに、ユンボが主導権を取り戻しに走った。山頂間際で黄色い隊列を組み上げると、集団を完璧なるコントロール下においた。最後の勝負峠に入る頃には、30人ほどの小集団の先頭に、ログリッチと5人のアシストたちがきっちり並んでいた。

「チームはまたしてもすごく強かったし、とてつもなく圧倒的だった。全員が非常にハイレベルな走りを実現した」(ログリッチ)

すでに今季幾度となく驚異的な走りを披露してきたユンボは、アングリルに入ってからも、衝撃的なほどのチーム力を発揮する。まずは残り10.5kmで逃げをすべて回収しつつ、淡々と集団を小さく削っていった。後方からひとり、またひとり、と脱落していく。2017年大会では人生最後の勝利へと突き進むアルベルト・コンタドールに最後まで同伴した総合6位マルク・ソレルは、今回は山の麓であっさり千切れた。

残り7kmの14%ゾーンからは、ヨナス・ヴィンゲゴーが、先頭を受け持つ番だった。途端に7位フェリックス・グロスチャートナーや8位アレハンドロ・バルベルデが脱落した。

しかもそのまま3.5km半に渡って精力的に牽引する。グランツール初体験の23歳が強いるリズムに、最後まで耐えられたのは8人だけ。うち2人がユンボ(ログリッチ、セップ・クス)で、EFエデュケーションファーストも2人残した(総合4位カーシー、マイケル・ウッズ)。残すエース級は2位カラパス、3位ダニエル・マーティン、5位エンリク・マス、15位アレクサンドル・ウラソフまで、みなとっくに1人になっていた。

勾配が15%に跳ね上がるカーブで、残り3.5km、マスがアタックを打つ。やはり3年前はコンタと共に山道に突入しながら、残り7kmで先頭から脱落してしまった当時22歳は、25歳の今年は真っ先に攻撃に転じた。

ここでヴィンゲゴーとウッズの「アシスト組」は力尽きる。唯一踏みとどまったクスだけは、すぐにマスのチェックに走った。ただ「セッピー」は、ライバルを潰す作業ではなく、つきっきりでマイヨ・ロホの世話をするほうを選んだ。

「セップには申し訳なく思うよ。だって彼なら間違いなく今ステージを勝てたはずなんだ。でも同時に彼の最終盤のサポートに感謝してる。彼がいなかったらもっとタイムを失っていただろうから」(ログラ)

じわり、じわり、と数センチずつしか先に進めないマスのすぐ背後では、アングリルの激勾配ならではの不思議な戦いが繰り広げられていた。それはくんずほずれつでありながら、てんでんばらばらでもあった。

「とにかく自分のペースで上るべきだと心がけた」(ウラソフ)、「普通のレースと言うよりはタイムトライアルのように、ただできる限りペダルを強く踏み続けた」(マーティン)と、みなひたすら自分自身との戦いに挑んだ。それでいて残り3kmの別名「コバイヨス(モルモット)」22%ゾーンでカーシーが加速を切ると、ウラソフはたまらず追いかけた。その背後では総合同タイムで並ぶカラパスとログリッチが、睨み合っていた。

ヒュー・カーシー

トップでフィニッシュするヒュー・カーシー

20%超が500mも続く最大勾配ゾーン「クエニャ・レス・カブレス」にぶち当たると、誰もが大いにもがいた。とりわけログラは苦しんだ。それをカラパスは見逃さなかった。直後、残り2kmのやはり勾配20%「エル・アヴィル」で、思い切って敵を振り払った。アシストだけが一瞬動き、やはりエースは動けない。そのままカラパスは突進を続け、マスをとらえた。さらにはカーシーも追いついてきた。追いついたどころか2人をあっさり置き去りにした。

残り1.2km、最後の難所「ロス・ピエドロシネス」の20%ゾーンを、カーシーはひとり突き進む。しかも大きなギアを回し、クレイジーなほどの勾配を、凄まじいパワーでねじ伏せた。すべてを振り切りフィニッシュへと飛び込み、人生初のグランツール区間勝利を手に入れた。

「プロのレースで勝つことだけでもすでに夢が叶ったと言えるのに、グランツールの、しかも伝説的上りで勝てたんだからね。これ以上のことなんてないよ。上手く言葉にならない」(カーシー)

後から追いついてきたウラソフが、長時間トップを走り続けたマスと共に、フィニッシュになだれ込んだ。残り1kmで脚が止まったカラパスは、少し引き離されたが、両者と同タイム16秒遅れの4位で1日を終えた。クスの懸命のサポートのおかげで、ログリッチは区間勝者から26秒遅れ、カラパスから10秒遅れでフィニッシュラインを越えた。マーティンも同タイムだった。

「スプリンターには厳しすぎる上りだったよ(笑)。最高の1日ではなかったけど、最終的には問題ない。この成績に満足だ。そりゃあタイムを失うよりは稼げたほうが嬉しかったけどね」(ログリッチ)

つまり大会初日からログリッチ5日→カラパス4日→ログリッチ2日と着回してきたマイヨ・ロホは、再びカラパスに手渡された。ログリッチは10秒差の2位に後退し、カーシーが32秒差の総合3位へと浮上した。入れ替わり4位に落ちたのはマーティンで、35秒差につける。ちなみにカーシー以外の3人は、大会初日からここまで、4位圏外に落ちたことはない。カーシーもまた大会6日目以降は4位以内をキープしている。

リチャル・カラパス

マイヨ・ロホを取り返したリチャル・カラパス

「僕にとって、チームにとって、僕たちがここまで行ってきたすべてのことにとって、素晴らしい成果だ。マイヨ・ロホを再び着ることができてすごく嬉しい。全力を尽くし、総合リーダーの座を守ると誓いつつタイムトライアルに向かえるなんて、最高だよ」(カラパス)

また奮闘したマスは5位を維持。ただタイム的には総合首位から1分50秒もの遅れがあり、上位4人とは大きく差をつけられている。またチームメートのバルベルデはいまだ総合8位に踏みとどまるが、ソレルは総合19位へと一気に陥落した。そのせいでモビスターにとって極めて大切なチーム総合成績は、この日だけで2位ユンボに大幅に追い上げられてしまった。残り1週間、こちらにも気を使う必要がありそうだ。

この朝スタートした151選手は、全員無事にアングリルを上り切った。大会2日目の休息日を明けると、マドリード到着までいよいよ残すは6日だ。

文:宮本あさか

宮本あさか

宮本 あさか

みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。

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