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【ブエルタ・ア・エスパーニャ2020 レースレポート:第6ステージ】恐ろしいカオスの果てにログリッチが首位陥落「この先も全力で戦う。だってそのために僕はここにいるんだから!」
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか首位から30秒遅れの4位へと転がり落ちたログリッチ
凍えるようなピレネーの山で、激震が走った。雨と霧に紛れて強豪たちが次々と蜂起し、総合順位をことごとくひっくり返した。初日から5日間マイヨ・ロホを守り続けたプリモシュ・ログリッチは首位から引きずり降ろされ、リチャル・カラパスが赤き衣を身にまとった。イザギレ兄弟が巧みな連携プレーを成功させ、弟ヨンが山の上で区間勝利を祝った。
「天候のせいですごく難しいステージだった。でも明日が休息日だってことも分かっていたから、全力を尽くしたんだ。兄ゴルカには感謝してる。彼が僕を勝利へと導いてくれたようなものだから」(ヨン・イザギレ)
フランスの名峰、トゥールマレーで締めくくられるはずだった日曜日。しかし非常事態宣言が出された隣国行きを断念し、ブエルタ一行はスペイン国内に留まった。この区間の最中には、スペインでも全土に非常事態宣言が発令された。夜間外出こそ禁じられたが、プロトンにとって幸いなことに、都市間の移動は特に制限なし。ただ各自治体が独自の移動制限を設けることは許されているため、この数区間と同じく、今後もコースが変更される可能性は十分にある。
大会1週目の終わりは、いつもより3日早くやって来た。普通ならば9日間のところ、今回はたった6日走るだけで休息日を迎える。しかも前夜にヨーロッパは冬時間に変わり、選手たちは1時間余計に睡眠を楽しむことができたはずだ。つまりまだまだ体力の有り余る選手たちは、空模様など気にもせず、血気盛んに飛び出した。
スタート直後から勇敢に突き進んだレミ・カヴァニャに、25km地点で22人が合流することで、大きな逃げ集団が出来上がった。前方には14チームが名を連ね、中でもコフィディスとサンウェブが3人ずつ揃えた。総合3分37秒遅れのゴルカ・イザギレは弟のヨンと一緒に滑り込んだし、イネオス・グレナディアーズは1人、モビスターは2人を前に送り込んでいた。
前日はコントロール作業から解放されたユンボ・ヴィスマだが、この日は8人全員で制御に励んだ。タイム差を3分半から4分程度に留めるべく、ひたすら黙々と牽引を続けた。ステージ半ばから雨はいよいよ本降りとなっていく。
残り40km、2級コテファブロの山頂を過ぎた直後だ。「暫定」マイヨ・ロホの座をしばらく行ったり来たりしていたゴルカ・イザギレが、ダウンヒルを利用して先行を始めた。22人の逃げ仲間をあっさり置き去りにすると、濡れて滑りやすい路面を恐れもせず、カーブの多いテクニカルな道を高速で下っていく。一時は後続に40秒ものタイム差をつけた。その後も実にラスト7kmまで粘り、追走する者たちの体力をじわじわと奪い続けた。
「ゴルカが前に飛び出したことで、僕の有利に働いた。周りが追いつこうと必死に仕事をする一方で、僕は体力をたっぷり温存することができたから」(ヨン・イザギレ)
同じ2級峠からの下りでは、総合を争う者たちもまた、布石を打つ。アンドレイ・アマドールと総合3位リチャル・カラパスが、残り33km、突如としてプロトン先方で凄まじいダウンヒルを開始した。あっという間に集団は分裂し……しばらくすると総合2位ダニエル・マーティン率いるイスラエル・スタートアップネイションや総合11位以内にマス、ソレル、バルベルデと3人を擁するモビスターも同調した。
「僕らが下りで加速したことで、他のチームも俄然やる気を出した。おそらく大部分がログリッチの姿が見えないことに気がついたはずだからね。他チームの協力を引き出すことが、まさに僕らの狙いだった」(カラパス)
ログリッチが遅れた理由は、落車でもメカトラでも、はたまた不調でもない。2019年ジロ第15ステージでもちょっとした不注意の積み重ねでタイムを失ったログラだが(メカトラで自転車交換が必要だというのにチームカーはのんきにトイレ休憩中、しかもサイズの合わないチームメイトの自転車で追走中に落車してしまう)、今回もまた少々不用心だったかもしれない。なにしろ山頂手前でレインジャケットを受け取り、肩に羽織ったはいいけれど……ジッパーがなかなか上がらなかったそうだ(手が凍えていたせいだろうか)。集団の後ろでもたもたしているうちに分断が起こり、ライバルたちはどんどん先へ行ってしまったのだ!
「おかげで追走にものすごく体力を使ってしまった。最終峠にたどり着くはるか前にね」(ログリッチ)
それどころか自慢のアシストたちさえも消耗した。「チームメートのおかげで戻れた」と証言しているが、残り22kmで……つまり10km以上もの奮闘の果てにようやくライバル集団に追いついた時、マイヨ・ロホの側にはもはやジョージ・ベネットしか残っていなかった。
兄のおかげでしっかり体力を温存したヨン・イザギレは、残り3kmで勝利へのアタックを決めた。同僚2人の協力を得て積極的に攻め続けたギヨーム・マルタンを突き放し、やはりチームメートと逃げ集団内で助け合ってきたマイケル・ウッズやルイ・コスタの追走も振り切った。ジロ(2012年)、ツール(2016年、やはり大雨だった)に続き、母国のグランツールで手にした初めての歓喜。嬉しいことに兄ゴルカも敢闘賞を手に入れ、総合順位も19位から12位へジャンプアップを成功させた。
ステージ優勝を掴んだヨン・イザギレ
「3大ツールすべてで勝利を手に入れられたなんて、とてつもない喜びだよ。明日は休息日だから、今夜はゆっくり勝利を堪能できるね。最高だ」(ヨン・イザギレ)
体力もアシストも温存できなかったログリッチは、最終峠では総攻撃の標的にされた。「前待ち」組が合流し、登坂口でいまだ6人残していたモビスターが、まずはとてつもない高速で隊列を走らせた。残り7kmでは総合12位ダビ・デラクルスが単独で仕掛け、総合20位ダヴィ・ゴデュはタンデムアタックを打つ。さらに残り4kmでは、総合9位マルク・ソレルが加速した。
まったく後を追おうとはせず、前方を虚しく引くだけのベネットとログリッチを見て、もはやライバルたちは遠慮しなかった。総合8位エステバン・チャベスの加速をきっかけに、ついには五月雨のようにアタックが相次いだ。7位フェリックス・グロスチャートナーや5位ヒュー・カーシーも飛び出していった。
そしてラスト3km。そこまで少し緩やかだった勾配が跳ね上がったタイミングで、カラパスが動いた。長らく逃げていたディラン・ファンバーレが、後ろから追いついてきたエースのために、残るすべての力を費やした。
「最後の上りはよく知っていた。だから他の選手には好きなように攻撃させておいた。好タイミングを待つ必要があると分かっていたからね。しっかり距離を計算しつつ、残り3kmで再び攻撃に転じたよ」(カラパス)
必死で追いかけるログラの後輪で、しばらく様子をうかがっていたマーティンも、ついにはマイヨ・ロホを置き去りにした。総合4位エンリク・マスだけがなにもできなかった。ただ「あまりに寒くて最後までたどり着けないかもしれない」と考えていたそうだから、フィニッシュできただけでも満足に違いない。
恐ろしいカオスの果てに、総合勢としてはカーシーが真っ先にフィニッシュへたどり着いた。その7秒後にカラパスとソレルがラインを越え、さらに26秒遅れでグロスチャートナーが、その2秒後にマーティンが続いた。
カーシーから遅れること50秒、ようやくログリッチは苦しい1日を終えた。つまりカラパスから43秒を、マーティンからは15秒を失った。総合では首位から30秒遅れの4位へと転がり落ち、赤いジャージから緑のポイントジャージに着替えた。
「我々が望んでいたような走りはできなかった。だがベストは尽くした。こうして身体が無事な限りはショーを続けるよ。明日しっかり休んでカンバックするつもり。この先も全力で戦う。だってそのために僕はここにいるんだから!」(ログリッチ)
代わりに総合3番目の場所から、カラパスが首位へと駆け上がった。昨ジロのマリア・ローザが、生まれて初めてマイヨ・ロホを身にまとった。それにしても6年ぶりにツール総合制覇を逃したイネオスにとっては、誇らしい日曜日となった。なにしろイタリアでは若きテイオ・ゲイガンハートが逆転優勝に輝き、ここブエルタでもカラパスが総合制覇へ向け一歩を踏み出したのだ。
「この1週間、僕らチームはハードに仕事を続けてきた。今日もまた大きな一撃を試み、上手く成功させた。チーム全体にとって素晴らしいご褒美だ。まだまだ先は長いけれど、このジャージを守っていきたい」(カラパス)
総合2位には18秒差でカーシーが浮上し、3位マーティン20秒差、4位ログリッチ30秒差と続く。マスは新人賞ジャージは守ったものの、総合では1分07秒差の5位に後退した。対してグロスチャートナーは総合6位・1分30秒差、ソレルは総合7位・1分42秒差へと順位を上げた。また5日目まで総合6位につけていたセップ・クスは、一気に総合23位まで陥落してしまった。
10月最後の日曜日、いつもより短い大会1週目が終わった。特殊進行のせいでぎゅうぎゅう詰めだった2020年自転車シーズン後半も、もはや残す戦いはブエルタだけになった。しかしマドリードまではいまだ遠い。冷たい雨にも負けず最後まで走り切った163選手は、ほんのひとときの休息の後、再び枯野と走り出していく。
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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