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【Cycle*2020 フレッシュ・ワロンヌ:レビュー】生粋のワンデー巧者が22歳で初のクラシックタイトル獲得!マルク・ヒルシ「いつピークの終わりが来るか分からない」
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさかマルク・ヒルシ
22歳37日。いまだ決して長いとは言えない人生で、マルク・ヒルシが初めてのクラシックタイトルを手に入れた。ユイの壁をいち早くよじ登って!
年齢にはもはや驚くべきではないのかもしれない。もちろん1936年の記念すべき第1回大会をフィレモン・デメールスマンが21歳で制して以来の、若き覇者である(1回大会のフィニッシュ地はリエージュ)。
ただヒルシより約1カ月年下のタデイ・ポガチャルが、ほんの10日前にツール・ド・フランスを制しているし、1歳半年下のレムコ・エヴェネプールは昨夏のクラシカ・サンセバスティアンを19歳7カ月で勝ち取った。そもそもヒルシはこのスペインクラシックで3位に食い込み、19歳と20歳の若き表彰台で世界中に衝撃を振りまいている。20代突入と同時に世界のトップクラスへ躍り出る。もはやこれこそが自転車界におけるニューノーマルなのだ。
ヒルシの勝利にも、もはや誰も驚かない。そもそも2018年にU23部門で欧州選手権と世界選手権をさらい取った生粋のワンデー巧者であり、今年のツール・ド・フランスで、その優れた攻撃能力と強い精神力は証明済み。第2ステージでは新世界王者ジュリアン・アラフィリップの加速に唯一反応し(区間2位)、第9ステージでは90kmも逃げた。残り2kmでとらえられてもなお、スプリントに打って出るだけの驚異的な体力と勝負への強いこだわりも見せた(3位)。第12ステージではついに勝利をもぎ取り..むしろこれが「プロ初勝利」というほうがびっくりだ!
勝ってもなお攻める。しかも若きヒルシは貪欲だった。第18ステージでは逃げ集団でイネオス2人組を翻弄し、終盤の下りで落車さえしていなければ、果たしてどうなっていたか分からない。最終日には当然のように総合敢闘賞に輝き、シャンゼリゼから1週間後の世界選手権では3位だった。
そのツール中に「今後はリエージュ〜バストーニュ〜リエージュのようなクラシックを狙う」なんて語っていたヒルシは、もはや今年のフレッシュ・ワロンヌの堂々たる大本命として名を挙げられていた。特に過去6年間の覇者、アレハンドロ・バルベルデとジュリアン・アラフィリップのいない2020年大会においては。
それでも初めてのユイを完全攻略したことは、やはり驚きだ。フレッシュ・ワロンヌ初出場初優勝の快挙は1967年に偉大なるエディ・メルクスが成し遂げているが、残念ながら当時のフィニッシュ地はユイではない。大会最多5勝を誇るバルベルデさえ、2006年の初優勝は2度目の参戦だった。アラフィリップが2015年初出場で2位に飛び込んだ時は、自転車界にとてつもない衝撃が巻き起こったことを憶えている。なにしろクラシック名物の全長1.3kmの急勾配は、どこに位置取りすべきか、どこまで我慢すべきか、そしてどこで加速すべきか..そんな手練手管を要するものだと考えられていたからだ。
厳重にフェンスが張り巡らされ、外部からの完全立入禁止措置がしかれた2020年のユイは、例年とは少し雰囲気が違った。いつもなら観客でぎゅうぎゅう詰めになる最大勾配26%ゾーンのシケインでも、ただ住民と数少ない招待客だけが、密やかに熱戦を見守った。道路に延々とペイントされた「HUY」の文字だけが、いつもと変わらずプロトンを歓迎した。
スタート直後にできあがった逃げは、残念ながらフレッシュ・ワロンヌにおいては、たいていはその後の激闘に記憶をかき消されてしまう存在だ。ただし今年飛び出した4人の中には、目を見張る選手もいた。それがこの7月にプロ転向を果たしたばかりのマウリ・ファンセヴェナントで、ヒルシよりも1歳年下の21歳は、どこかアラフィリップを思わせる走行スタイルの持ち主でもあった。ラヴニールやベビージロと並ぶ「総合系選手の登竜門」アオスタ一周で昨年総合優勝をさらった若き才能は、終盤の約20kmに渡って独走も披露。勢いあまって草むらに突っ込む失態も犯したが..最終盤に飛び出してきたリゴベルト・ウランと連れ立って、最終ユイ登坂の突入寸前まで先頭を走り続けた。
このウランが加速を切ったのが、今年ユイの手前に新たに組み込まれたシュマン・デ・グーズ(娼婦の小道!)で、鬱蒼とした木々に囲まれた細道は、少々単調になりがちな戦いに間違いなく新たなアクセントをもたらした。今ツールを総合8位で終えた実力者の後ろでは、AG2Rが6人で隊列を組んだ。フランス一周で15日間山岳ジャージを纏ったブノワ・コヌフロワを唯一絶対のエースに抱き、先頭でシュマン・デ・チャペル(礼拝堂の小道)=ユイの壁へと突き進んだ。
プロトン
もちろん1日中コントロールを続けてきたサンウェブも、ヒルシのために今一度力を尽くした。壁に入るとUAEが勢力的に動いた。レース序盤から熱心に牽引を行い、終盤にはルイ・コスタを囮アタックに使用した今チームは、当然、ポガチャルで成績を狙っていた。ファンセヴェナントの奮闘のおかげで後方で静かに過ごしていたドゥクーニンクは、欠場したディフェンディングチャンピオンにして世界チャンピオンのアラフィリップの代わりに、やはり21歳のアンドレア・バジオーリ を引き連れていよいよ前へ出た。23歳で今大会3位に飛び込み、かつては若き衝撃の1人だったミハウ・クフィアトコフスキや、35歳でとうとう初めて念願のツール表彰台に上ったリッチー・ポートの姿も最前線へと上がってきた。
プロトンを覆ったのはいつもの春のうららかな陽気ではなく、秋のしっとりと肌寒い空気だった。バルベルデ4連覇時代のような横一線の「蓋」状態とは違う、まるで誰もがチャンスが開かれているかのような、比較的テンポの速い位置取り。それでも、ユイの壁にあふれた緊迫感はいつもと変わらない。1秒が、1mが、まるで永遠にも思えるような、もどかしい時間。
「最終峠の麓ですごくいいポジションにつけられた。それでも、かなりナーバスになっていたよ。だって真の勝負が切られた瞬間に、自分の足がどんな風に応えてくれるのか分からなかったから。少しずつ、自分の調子がいいことが、分かり始めた。特に勾配の一番きついカーブ(シケイン)で、他の優勝候補より楽々前に出られた。それでもライバルの背後にできる限り隠れて、あまりに早く前に飛び出さぬよう心がけた」(ヒルシ)
均衡を破ったのはマイケル・ウッズだった。ウランの仕事を結果につなげるべく、29歳でワールドツアーデビューを果たした遅咲きのパンチャーは、残り200mを切った直後に加速した。その瞬間を見逃さず、後輪にすかさず飛び乗ったのがヒルシだ。そして残り75mでついに先頭へと躍り出た。
「簡単そうに見えたかも知れないけど、本当に脚が痛かったんだから」(ヒルシ)
そのわずかに後方では、コヌフロワも必死でペダルを踏み込んだ。ヒルシより1年早くU23世界王者に立ち、やはり1年早くフレシュ・ワロンヌも経験していた。2019年は12位。早く力を使いすぎた後悔から、2度目のユイはぎりぎりまで粘った。「勝てると信じた」。
しかしヒルシがすべてを凌駕した。ツール序盤に飛び乗ったとてつもなく大きな波を、いまだ溌剌と乗りこなしている。
「いつピークの終わりが来るか分からない」。これは22歳の正直な感覚だ。それでも「この好調さをリエージュでも活かしたい」と、若者はさらなる野心も抱く。リエージュ〜バストーニュ〜リエージュはまた一味違う戦いが待っている。なにより今回欠席の世界王者アラフィリップとアルデンヌ9勝のバルベルデも、短い休息を終えて、フレッシュな心身と共に戦場へと帰ってくる。
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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