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【宮本あさかのツール2020 レースレポート】季節外れの「夏休みの風物詩」は、幸せな大団円を迎えた。しかし、特別な2020シーズンは、たくさんのレースを残してぼくらを魅了する! / 第21ステージ
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさかトップ3に輝いたログリッチ(左)、ポガチャル(中央)、ポート(右)
夏の残り香を連れて、プロトンが、大急ぎでパリを駆け抜けた。いつもよりほんの少し静かなシャンゼリゼと、いつもと変わらない、激しい大集団スプリント。マイヨ・ヴェールのサム・ベネットが歓喜の雄叫びを上げ、光の色を全身にまとい、若きタデイ・ポガチャルが2020年ツール・ド・フランスの覇者となった。
「どれほど興奮しているか、言葉では言い表せない。グリーンジャージ..シャンゼリゼ..スプリントの世界一決定戦!このステージで勝てるなんて考えたことさえなかった。しかもマイヨ・ヴェール姿で。とてつもなくスペシャルだ。素敵な気分だよ」(ベネット)
例年より2ヶ月遅れで、南仏ニースから走り出した176人のツール一行は、146人に数を減らしていた。落車や体調不良、制限時間切れ。たくさんの涙と汗が、フランスの道を濡らした。それでも、泡に守られたプロトンは、新型コロナウイルスによる脱落者をひとりとして出さなかった。チームスタッフや大会関係者の陽性事例も、3週間でわずかに8件(大会前チーム2、1回目の休息日にチーム4、大会運営2)。これは間違いなくツールの勝利だ。こうして参加22チームが、ひとつも欠けることなく、フランスの首都にたどり着いた。
古くからの伝統にならい、ステージ序盤を和やかに過ごした選手たちは、UAEチームエミレーツ隊列に導かれて全長7kmの周回コースへと滑り込んだ。3週間前には栄えある大会1人目のマイヨ・ジョーヌ、アレクサンドル・クリストフを引いた列車は、この日は最終マイヨ・ジョーヌを大切に運ぶ。1990年に誕生し、元ランプレとしておなじみの古豪チームにとっては、23回目のツール参戦で手にした初の大役だった。
そして、お待ちかねの、華やかな最終エスケープ。全8周回のうち2周目の終わりに、ピエールリュック・ペリション、コナー・スウィフト、マキシミリアン・シャフマンに、なにより東京五輪延期により、現役金メダリストの肩書があと1年延びたグレッグ・ファンアーヴェルマートが飛び出した。住民以外立ち入り禁止区間となったリヴォリ通りや、北側5000人、南側5000人に入場が限定されたシャンゼリゼ大通りでは、残念ながら割れるような歓声は聞こえなかったけれどーーおかげでフランスが誇る歴史的建造物がたっぷり映像で堪能できたーー、選手たちがペダルに込める熱量には少しも変わりはなかった。
サム・ベネット
4つの色ジャージの中で、唯一、「数字の上では」決していなかったのがマイヨ・ヴェール。最終日の朝の時点で2位ペーター・サガンや3位マッテオ・トレンティンにも、ほんのわずかながら、逆転の可能性は残っていた。
だからこそ首位ベネット擁するドゥクーニンク・クイックステップは、逃げとのタイム差をコントロールしつつも、ポイントを競り落としに向かう。3回目のライン通過直後に設定された中間スプリントでは、逃げの後ろできっちり5位13pt獲得。6位通過トレンティンの、希望を完全に消し去った。
一方で、第10ステージで緑を失ってからというもの、連日チーム総出であらゆる手を試してきたサガンは、もはや中間スプリントには参加しなかった。2012年にツールを初めて走ってから、4日目に失格処分を下され帰宅した2017年大会以外、毎年必ず緑ジャージを持ち帰ってきた男は、すでに2日前に事実上の敗北宣言を出していた。「最善は尽くした」と8度目のポイント賞をきっぱり諦め、「パリでは全力で区間を勝ちにいく」と語っていた。
もちろんすべてのスプリンターが、全力で区間を勝ちに行った。後方から逃げを制御し、タイム差も最大20秒程度しか与えなかった。周回を重ねるごとにスピードを上げていき、最終周回に入ると1人ずつ逃げを飲み込んでいった。残り3.5kmで全員回収する頃には、すでにいくつもの隊列が組まれていた。
最後に残った1本は、やはりウルフパック列車だった。フラムルージュをカスパー・アスグリーンが先頭でくぐり、コンコルド広場をミケル・モルコフが一番で抜け出した。ラスト500mまで完璧にお膳立てしてもらったベネットは、そこから「向かい風」を避けるため、あえてトレック列車を利用する。マッズ・ピーダスンの後輪に入り込むと、アルカンシェルで走る最後のレースにかける世界王者の加速をきっかけに、残り350mで飛び出した。
「僕にとってのドリームチーム、ドゥクーニンク・クイックステップと共に、これを成し遂げた。1日中チームメートが仕事をしてくれた。彼らはファンタスティック。どれだけ感謝しても足りないほどだ」(ベネット)
嬉し涙がこぼれた第10ステージの初勝利以降、自らのスプリントチャンスをふいにしてまでも、連日こつこつポイント集収に専念した。ライバルたちはフラストレーションが溜まっただろうなぁ..と語りつつ、おそらく自分だってフラストレーションが溜まったに違いないのだ。だが、もはや、翌日のことを考える必要はない。ようやく100%のポテンシャルを、フィニッシュめがけて解放できた。世界チャンピオンも、自らの背後で競り上がるサガンも、余裕で退けた。これぞケーキの上のさくらんぼ。区間2勝目で、マイヨ・ヴェールもついに完全に自分のものとした。
「キング・オブ・スプリンター」がシャンゼリゼを勝ったのは、2011年マーク・カヴェンディッシュ以来、実に9年ぶり。ベネットは「キング・オブ・レギュラリティ(安定王)」サガンから初めてマイヨ・ヴェールをむしり取った英雄となり、祖国アイルランドに、1989年ショーン・ケリー以来31年ぶりのポイント賞を持ち帰った。
その1989年大会の、グレッグ・レモンの大逆転劇に匹敵する衝撃を作り出し、この日に生まれて初めてマイヨ・ジョーヌを着て走ったポガチャルは、同タイム41位でラインを越えた。21歳最後の日での戴冠。1904年大会を19歳で制したアンリ・コルネに次ぎ、史上2番目に若いツール・ド・フランスチャンピオン誕生の瞬間だった。
「信じられないよ。本当にクレイジーだ。たとえ2位で終わろうが、最下位だろうが、僕はこの場にいたいと思うだろうね。これぞトップの中のトップ。今日はスペシャルな1日だった。プロトン内のすべての選手が、僕のところにおめでとうを言いに来てくれた。ホント、このスポーツは素敵だ」(ポガチャル)
ようやくチームメートとも「走りながらおしゃべりできた、だって毎日全力だったもん」なんて少年ぽく笑う新米マイヨ・ジョーヌは、スロベニアの先輩であり、ライバルであり、良き友でもあるプリモシュ・ログリッチとも健闘を称え合った。11日間守ってきた黄色を失った後、記者会見で「ちょっと泣いた」と告白したログラも、愛息を抱いて、優しい笑顔で初のツール表彰台へと上った。スロベニア人として初のツール区間勝利(2017年)、初のグランツール制覇(2019年ブエルタ)に続き、初のマイヨ・ジョーヌ着用を成し遂げたログリッチと、初のマイヨ・ジョーヌ獲得を達成したポガチャルは、大急ぎでパリへ飛んできたスロベニア大統領ボルト・パホル氏の祝福も受けた。
凱旋門
初出場初優勝を飾った神童ポガチャルの横では、35歳オーストラリア人も喜びを噛み締めた。2010年ジロで、マリア・ローザを3日間着用し、新人賞を持ち帰ってから10年。かつてアルベルト・コンタドールやクリス・フルームの補佐役を務め、近年は毎回のように表彰台候補として名を挙げられながらも、いつも不運に泣かされた。しかし、自分で総合を狙いに行くのは今年で最後..と決めていた15回目のグランツール挑戦で、ついに初めての表彰台を手に入れた。
季節外れの「夏休みの風物詩」は、幸せな大団円を迎えた。レース中はあれほど暑かった大通りには、早い日暮れとともに、涼しい秋風が吹き抜けた。
3週間泡の中に閉じこもってきた選手たちも、ようやく外界に出ることを許された。久しぶりに家族や恋人と触れ合ったり、徒歩でシャンゼリゼをぶらついたりする微笑ましい姿もあちこちで見られた。もちろん新型コロナウイルスの影響で、再びすぐに、選手たちは泡の中に閉じこもらねばならない。ツール・ド・フランスが終わったとはいっても、この特別な2020シーズンは..まだまだたくさんのレースが残っているのだから!
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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