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【宮本あさかのツール2020 レースレポート】三つ巴のマイヨ・ヴェール争奪戦に「王手」をかけたサム・ベネット「ライバルたちがあまりに強すぎて、僕はこうするしかないんだ」 / 第19ステージ
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさかベネットを警戒するサガン
確かな下り技術。クラシックライダーとしての強脚。タイミングを察知する研ぎ澄まされたセンスに、燃えたぎるアドレナリンーー。第14ステージでマイヨ・ヴェール争いの裏をかき、独走勝利をもぎ取ったセーアン・クラーウアナスンの雄叫びが、ちょうど1週間後の金曜日、またしてもフィニッシュエリアに響き渡った。連日ファンを楽しませてきた三つ巴のマイヨ・ヴェール争奪戦は、ほぼ終わりを告げ、マイヨ・ジョーヌや総合表彰台を争う者たちは、翌日の最終決戦を前に何事もなく1日を終えた。
「自分でも驚いているし、すごくハッピーだ。いったい自分に何が起こってしまったのか、いまだに分からない。だってツールの区間を1つも勝てない選手だっているというのに、僕は1つのツールで2つも勝ってしまったんだから。信じられない気分だ。こんな瞬間を味わうために、僕らは自転車に乗っている。あとは今大会最後の2日間を心の底から楽しみたい」(クラーウアナスン)
すでに3週間ほぼぶっ続けで走り続けてきた。アルプスはひときわ厳しかったし、ただでさえ真夏のような暑さが体力を削った。あえて獲りに行くような山岳ポイントはもはやなく(4級1ptがひとつだけ)、しかも翌日は絶対に失敗できない日。激坂プランシュ・デ・ベルフィーユへと向かう、36.2kmの個人タイムトライアルが待っている。だからこそ大半の総合系選手たちは、この日を「体力温存デー」にしたかった。
しかし、ツール・ド・フランスの栄光は、決してマイヨ・ジョーヌだけではない。しかも2020年大会は、どうやら緑の価値が例年よりも高い。スプリンターたちが激しい争いを連日繰り返し、この日も、おかげで「全然休めない」(プリモシュ・ログリッチ)ステージとなった。道がクラシック風だったのに加えて、他とは異なり中間ポイントがステージ後半に配置されていたのも、おそらく終盤の緊張感が高まった理由のひとつ。
前半と後半のコントラストは大きかった。スタート直後にはただレミ・カヴァニャだけが前方へと飛び出し..約120km、2時間45分にも渡って、たったひとりで突き進んだ。たしかに追走を試みた者も5人いたけれど、ほんの20分ほどトライしただけで、あっさり投げ出した。メイン集団で制御権を握ったのは、予想通り、マイヨ・ヴェール収集の最後のチャンスにかけるペーター・サガンと、ボーラ・ハンスグローエの仲間たちだった。
別名「クレルモンフェランのTGV」、つまりフランスが世界に誇る高速列車は、強い追い風に押され序盤1時間を50.96kmというハイスピードで駆け抜けた。フランス個人TTチャンピオンにとっては、ちょうど1週間後に行われる世界選手権個人タイムトライアルに向けて、最適な独走トレーニングになったに違いない。もちろん中間スプリントを首位通過し、すでに11日間も緑を着ている仲間のサム・ベネットのために、ポイントを潰す任務も忘れない。
「最初の2時間は平坦だったし調子よく走れたけれど、その後やっぱり起伏が始まると、ひとりでは難しかった。あと2、3人一緒に前に行ってくれたら、もうちょっと長く逃げられたんだろうけど。それでも前で素敵な1日を過ごせたよ。それが一番大切なこと」(カヴァニャ)
平和な時間は、突如として終わりを告げる。残り52km、ブノワ・コヌフロワのアタックで、プロトンが目を覚ました。そこまで平坦だった道は、今や起伏とうねりを帯びていた。めくるめく終盤戦の始まりだった。
ピエール・ローランがすかさず後輪に飛び乗る。前夜チームメートの区間勝利を祝ったルーク・ロウも、追いついてきた。直後の中間ポイントは特に争わず3人は走り抜けたが、メイン集団内ではポイント賞上位3人がいま一度、熾烈な中間スプリントを繰り広げた。いつも通りに発射台からサム・ベネットが先頭で解き放たれ(5位11pt)、ようやくサガンは発射台ミケル・モルコフの2番通過を遮り、自らが次点に入った(6位10pt)。モルコフの罠にはまったのは今回はマッテオ・トレンティンで、8位8ptに甘んじた。
コヌフロワ3人組はカヴァニャを捕らえ、そのままさらに突進を続ける。中間スプリントの勢いを利用して、マイヨ・ヴェール候補3人組を含む6人の逃げ集団さえでき上がった。すると後方では、チームサンウェブがスピードを上げ、抜け駆けを許さない。残り44km、スプリンター連中は、一旦メイン集団へと後退する。
しかし吸収は次なる攻撃のきっかけでしかない。この日のスタート地で生まれ育ったピエールリュック・ペリションが、ガツンと攻撃を繰り出した。これをきっかけに我も我もと飛び出しが相次ぎ、いつしか前を行く4人を含む、14人の先頭集団ができ上る。ところが肝心のボーラが1人も選手を送り込めていない!残り36kmで、またしても逃げは潰された。
改めてペリションが動くと、再び五月雨式にアタックが続く。もはやコントロール不能な状態に陥り、プロトンは長く細く伸びていく。そこにカレブ・ユワン脱落の一報が飛び込んできたものだから、さらにスピードは上がって..またしても3人のマイヨ・ヴェール立候補者はこぞって前線へと踊り出す。つまりベネット、サガン、トレンティンを含む12人が、ラスト30kmで、一団を作り上げた。
ベネットの補佐役ドリス・デヴェナインスと、トレンティンのチームメートのグレッグ・ファンアーヴェルマートも、一緒に先頭集団へとついてきた。ミッチェルトン・スコットはルカ・メズゲッツとジャック・バウアーの2人を、サンウェブはニキアス・アルントとクラーウアナスンの2人を、それぞれ前方に配置した。一方でオリバー・ナーセン、ジャスパー・ストゥイヴェン、ルーク・ロウは単独参戦。なにより、サガンも、ひとりぼっちだった。
「今日は区間勝利を手に入れるために、可能な限りの手段を試したし、チームはベストを尽くした。でも最後に飛び込んだ集団には、選手を2人ずつ送り込んだチームが4つあった。僕ひとりであらゆるアタックに対応するのは、どうしても不可能だった」(サガン)
まさに2人を擁するCCCから、残り17kmでトレンティンが強烈な加速を切る。軽い上りで、イタリアンスプリンターは、幾度となく、攻撃を畳みかける。ここに真っ先に反応したのは、なにを隠そうサガンである。しかし下りで攻撃が一旦止み、集団内で再び、3者が飽くことのない警戒合戦を再開すると..。
セーアン・クラーウアナスン
「僕の任務は、タイミングを見計らってアタックすること。ニキアスの方は、もしものスプリントフィニッシュに備えて、脚を温存しておくことになっていた。そしてトレンティンが鋭いアタックを放った後、今こそ行く時だ、と察知した」(クラーウアナスン)
クラーウアナスンは賢くその隙を突いた。一気に駆け出して行ったデンマーク人の背後で、サガンはおろか、他のチームさえも動かなかった。果たして誰が追うべきなのか。きっと誰かが動くはずだ。そんな思惑が、おそらく集団内で交差したはずだ。それでも一拍開けてデヴェナインスとバウワーが追いかけーーすなわち2人送り込んだ4チームは全部動いたーー、それでも、できた穴をもう2度と埋めることはできなかった。
1週間前はラスト3kmを独走したが、この日のクラーウアナスンは16kmを突っ走った。下りはテクニカルに突っ込み、上りはペダルを踏む脚に力を込めた。タイム差は距離を重ねるごとに開いていき、残り5kmでは1分差にまで達した。
「レースオートバイに向かって叫んだのは、タイム差を知るため。1分差だと教えられた。でもチームカーからは30〜40秒と聞かされていたから、1分も差があるとは信じられなかったんだ。本当はどれだけのリードがあるのか、どうしても確信できなかった。ライン目掛けてスプリントする必要があるのかどうかさえ、分からなかった。だからもう1度、バイクの運転手にタイム差を聞いた。そしたら、『1分ある。君の勝ちだ!』と改めて言われたんだ」(クラーウアナスン)
おかげでたっぷり喜びを噛みしめつつ、フィニッシュラインを越えることができた。今大会2勝目を手にしたのは、ワウト・ファンアールト、タデイ・ポガチャル、カレブ・ユアンに続く5人目。また連日積極的な走りを披露するサンウェブは、ユンボ・ヴィスマ、UAEチームエミレーツに並ぶ3勝目を手に入れた。ちなみに2018年にパリ〜トゥールで初のクラシック勝利を得たクラーウアナスンは、ツール後は世界選にはあえて向かわず、「クラシックに100%を注ぐつもり」とのこと。
53秒遅れて数人がフィニッシュに飛び込み、最後まで三つ巴でにらみ合ったベネット、サガン、トレンティンは、1分02秒遅れで仲良く1日を終えた。ベネットは2位サガンとの差を55pt、3位トレンティンとの差を69ptに開き、そろそろ「王手」をかけたと言ってもよさそうだ。もちろん数字の上では、いまだベネットはマイヨ・ヴェールを確定させていない。
「日に日に差は開いていっているけど、まだ終わりじゃない。きっと僕の走り方は、他の選手にフラストレーションを与えてるだろうな。でもライバルたちがあまりに強すぎて、僕はこうするしかないんだ。ステージ優勝の可能性は捨てて、ひたすらサガンとポイント争いのことだけに集中してきた。日曜日は条件さえ整えば、ただステージを終えることだけを考えればいいはず。でも、まずは、明日のステージを時間内に走り終えなきゃならない」(ベネット)
その通り。プランシュ・デ・ベルフィーユの個人タイムトライアルを、無事に制限時間内でよじ登らねばならない。気になる制限時間は、優勝者の走行タイムの25%超。ただベネットのようなピュアスプリンターとって幸いなのは、全長36.2kmのうち、厳しい登りは最終5.9kmだけであること。
ただ登坂部分にのみ関して言えば、恐ろしいタイムが叩きだされる可能性がある。というのは第20ステージのフィニッシュには、1級山岳ポイントが設けられている。ポイント配分はステージの着順ではなく、最終5.9km部分のタイム順。タデイ・ポガチャルに対してわずか2pt、プリモシュ・ログリッチに対し7ptのリードしかもたない首位リチャル・カラパスは、つまり登坂部分だけを全力で疾走すればいい。前半はどれだけ遅くなろうとも、制限時間以内なら、それでいいのだ。
もちろん総合を争う者たちは、0kmから36.2kmまで、完璧に力を配分して走る必要がある。TTバイク→登坂用バイクへの自転車交換は、1度だけ許されている。「まだ替えるかどうか決めていない。ぎりぎり直前に決めるつもり」とログリッチは語る。
「コースの下見は済ませている。最後はかなりきついよね。できる限り長く踏ん張り続ける必要があるだろう。明日は他の選手たちのタイムを見ながら、走り方を考えるつまり。力をコントロールしながら走るのか、それとも攻撃的に行くのか。脚の調子はいい。リラックスもしてる。とにかく僕のすべきことは、自分の全力を尽くすことだけなんだ」(ログリッチ)
あと1日マイヨ・ジョーヌを保守すれば、2020年ツール・ド・フランス総合覇者として、ログリッチは永遠に歴史に名を刻む。
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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