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【宮本あさかのツール2020 レースレポート】誇り高きイネオス・グレナディアーズがつかんだ美しき栄光「エガンが見てくれてるといいな」(クフィアトコフスキ) / 第18ステージ
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさかリチャル・カラパス(左)とミハウ・クフィアトコフスキ(右)
これほどまでに素敵なフィナーレが待っていたとは、誰が予想しただろうか。3日間の無我夢中の努力と、3週間の挫折と苦悩の果てに、誇り高きイネオス・グレナディアーズが美しき栄光をつかみ取った。3日連続で逃げたリチャル・カラパスは山岳ジャージを、1日中アシスト役に徹したミハウ・クフィアトコフスキはステージ優勝を。また自転車ロードレースが正真正銘のチームスポーツであることを、この2人の弾けるような笑顔は、改めて我々に思い出させてくれた。ユンボ・ヴィスマもまた見事なチームワークを発揮し、マイヨ・ジョーヌのプリモシュ・ログリッチを安全に、確実に、フィニッシュ地まで送り届けた。
「すでに過去何度も素晴らしい瞬間を味わってきたけれど、これはまるで未知なる体験だった。これぞツールの魔法なのかな。それとも僕らチームが今ステージに込めた思いが、大きかったからなのかもしれない。沿道では観客が声援を上げ、チームカーでは監督が叫んでいた。フィニッシュラインでは今までとは比べ物にならないほどの感動を覚えた」(クフィアトコフスキ)
ほんのつい先日、ニースで開幕したばかりだというのに、2020年ツール・ド・フランスは早くもアルプス最終日を迎えた。パリまで残すはたったの4日。しかし、まだまだ、解決していない事案は山ほど残っている。
たとえばマイヨ・ヴェール。ポイント賞1位サム・ベネットvs2位ペーター・サガンの仁義なき戦いはすでに2週間近く繰り返されているし、ところどころでマッテオ・トレンティンも大胆な殴り込みをかけてくる。しかもバトルを大いに盛り上げる要素として、この日もまた、山の前に中間スプリントが用意されていた。もちろんスタート直後の猛烈なアタック合戦をかいくぐり、出来上がった32人の逃げ集団に、3人が3人ともに飛び乗った。
この日はおなじみの相棒ミケル・モルコフこそいなかったものの、ウルフパックの仲間ボブ・ユンゲルスの背後から飛び出すと、ベネットはパワフルに首位通過。まんまと満点20ptを入手し、2位トレンティン17pt、3位サガン15ptをまたしても突き放した。1位から3位の距離はこれにて63pt。もはや「ベネットほぼ確定」と言えるのだろうか。パリのシャンゼリゼフィニッシュラインまでは、いまだ最大160ptが収集可能だ。
この日の主題はまた、前夜に持ち主が入れ替わったばかりのマイヨ・ア・ポワでもあった。行く先には5つの難峠が待ち受け、全部1位通過すれば、トータルで大量47ptが手に入る。だからこそ前区間終了時点で6位ナンス・ピーターズ、7位カラパス、8位マルク・ヒルシ……と、赤玉上位がまとめて逃げだした!
ちなみに山岳賞首位タデイ・ポガチャルや、2位ログリッチ、3位ミゲルアンヘル・ロペスは、当然ながら後方で動かず。ユンボ隊列がほどよく刻むリズムに乗って、ステージ後半にやって来る総合争いの時を待った。そして本来ならばエガン・ベルナルと共にメイン集団に残っていたはずのイネオス・グレナディアーズが、この日は、総力を挙げて4人を前に送り出した。
緑争いの直後に道が上り始めると、乗り遅れた5位ピエール・ローランや10位レナード・ケムナも、それぞれに集団吸収やブリッジを試みる。ただしイネオスが凄まじい牽引を見せ、新たなライバルの合流を決して許さない。同時に32人という大量の逃げから、余計な成分をもどんどん削り落としていく。この日最初の山岳、1級コルメ・ド・ロズラン山頂にたどり着く頃には、18人にまで先頭集団は小さくなっていた。
過去8年で7度のツール総合制覇を成し遂げたイネオス自体も、決して完全体ではなかった。逃げ形成に大いに力を尽くしたディラン・ファンバーレとジョナタン・カストロビエホはすでに脱落し、残るクフィアトコフスキが、ただひとり淡々と山を引いた。過去3年間、異なる3人のリーダーのツール総合制覇を支えてきた有能なアシストは、この日はいつもとは違う使命を帯びていた。つまり第16ステージ12pt、第17ステージ20ptと、この2日間だけで山岳ポイントをかき集めたカラパスを、山頂へいち早く引き上げるというもの。
「最強チームに所属している限り、重要なのは『勝利』だけ。チームで一番強い選手を支え、勝たせること。目標が総合優勝だろうが、区間勝利だろうが、山岳ジャージだろうが、それは変わらないんだ」(クフィアトコフスキ)
イネオスコンビは少々手強い敵にぶち当たる。同じように序盤に4人で飛び出したサンウェブから、大会12日目に「3度目の正直」を実らせたヒルシに、山頂スプリントをさらい取られてしまったのだ。しかもカラパスは、そのまま敵と2人きりで、高速ダウンヒルをこなす羽目になる。
2日前に下りで引き離され、涙を飲んだカラパスにとって、幸いにも、クフィアトは頼れる男だった。元U23世界王者が今大会幾度となく優れた下り技術を披露してきたのだとしたら、元世界王者はプロトン屈指のダウンヒラーである。大急ぎで後を追うと、2つ目の上り(3級)の登坂口で、無事にカラパスの側に帰って来た。しかもカラパスとヒルシに追いつけたのは、クフィアト以外には、ニコラ・エデとペイヨ・ビルバオだけ。あっという間に5人に小さくなった先頭集団で、イネオス2人はさらに熱心に仕事に精を出した。
それにしてもヒルシに、さらに2度、先頭通過を奪われた。2つ目も、3つ目(2級)も、カラパスは次点に甘んじた。その3つ目の2級セジー峠からの下りで、しかし、ヒルシに不運が訪れる。得意の下り中に、カーブで落車。本人の分析によると「もしかしたらリスクを冒しすぎたのかもしれない」、クフィアトの厳しい目によると「コーナーをあまりにも早くこなしすぎた」。すぐに立ち上がり走り出したが、逃げの4人に再び合流することは叶わなかった。「彼はどうも仕事をしたくないみたいだったし、僕らは僕らのレースを続けたかった。後ろは振り返らなかったよ」と、そもそもこの日の勝者に、自滅したライバルを待つ選択肢などなかった。
元ブエルタ山岳賞エデはすでにセジー峠の上りで脱落していた。おかげで続く1級アラヴィス峠で……この日4つ目の山岳にしてようやく、カラパスは争わずして首位通過を果たす。昨ジロで区間2勝を上げたビルバオは、いまだ2人の側で走っていたけれど、ポイント獲りには興味を示さなかったからだ。しかも本日のクライマックス、超級プラトー・デ・グリエールの平均勾配11.2%の急勾配に入ると、やはり所属チーム、バーレーン・マクラーレンの作戦遂行のために後方へと脱落していき……。フィニッシュまで残り35km。同じジャージを身にまとうカラパスとクフィアトコフスキは、とうとう2人きりになった。
この時点で、メイン集団との差は8分。ほぼ同時にバーレーンが戦闘勃発したせいで、タイムは急速に縮まっていくものの、山頂で超級20ptは悠々と仕留めた。カラパスは計74ptでひとまずは暫定首位に立ち、ポガチャルの6位通過6ptの結果、2pt差で赤玉ジャージの着用が確定した。
こうして2つの目標のうち、イネオスは1つ目=山岳賞を叶えた。残り10kmからの下りに入る頃には、2つ目の目標=区間勝利もすでに手中に収めたことを確信する。「下りの間中、鳥肌が立った」と興奮気味に語ったクフィアトコフスキだが、もっと先で、もっと大きな感激を味わうことになる。
「2人で勝負をどうするか話したよ。そしたらリチャルから、僕が勝つように、って言われた。チーム全体に、とくにリチャルに、どれほど感謝してもしつくせないほどだ。このことはずっと忘れない」(クフィアトコフスキ)
「共同作業の結果だから、2人で一緒に決めたんだ。ミハウは区間を勝ち、僕はマイヨ・ア・ポワを着る、とね」(カラパス)
フラムルージュからの最終1kmは、2人にとって最高の花道となった。笑顔でたたえ合い、肩を組み、一緒にフィニッシュラインを越えた。もちろん約束通り、カラパスは、ほんの車輪半分だけ後方でフィニッシュすることも忘れなかった。
「エガンが見てくれてるといいな。僕らが今日成し遂げたことを、喜んでいてくれると嬉しいんだけど。この数日間、僕らはあらゆることを試した。そして今日、ついに、成功を手に入れた。僕らは今ツール期間中、多くの試練を潜り抜けてきた。だから僕らチームには、この勝利を祝う価値がある」(クフィアトコフスキ)
記者会見では、まるで独白のように、喜びと悲しみーー今年2月に急逝した監督ニコラ・ポルタルにこの勝利を捧げるかどうか質問されてーーを吐き出したクフィアトコフスキ。24歳で世界チャンピオンに上り詰め、26歳でモニュメント(ミラノ〜サンレモ)覇者となった実力者は、30歳にしてついにツール・ド・フランスの記録集に自らの名を刻んだ。当夜はとにかくチームみんなで盛大にお祝いするつもりだけれど、翌日から再び、カラパスの山岳ジャージ保守のために精一杯働くそうだ。
プリモシュ・ログリッチ
イネオスの美談が綴られた後方では、アルプス最後の激戦が繰り広げられた。超級グリエールの激坂部分では、チームメートの猛烈な牽引作業を利用して、総合7位ミケル・ランダが加速を切った。いまだ3人のアシストを抱えるユンボは、自ずとスピードアップで対応する。たまらず総合5位アダム・イェーツと6位リゴベルト・ウランが、まさにランダの目論見通りに千切れていく。
ランダの先行も、長くは続かない。総合浮上のチャンスと見た総合8位エンリク・マスがアタックを仕掛け、総合2位ポガチャルが呼応したのをきっかけに、メイン集団内に本格的なバトルが勃発したからだ。しかも「まだマイヨ・ジョーヌを諦めない」と前夜に宣言していた21歳は、山頂間際でも再び大胆に飛び出しを試みた。砂利道に入っても、構わず前方へどんどん突進した。ただ上りではセップ・クスがすぐさま回収に向かい、未舗装区間ではログラにきっちり締められてしまうのだけれど。
この小砂利の散らばる高台の道では、総合4位リッチー・ポートに不運が襲う。すぐにはチームカーが駆け付けられない状況下での、前輪パンク。そのせいで一時は40秒近くも遅れを喫した。しかも前待ちビルバオが、エースのチャンスとばかりにスピードを上げたせいで、さらにタイム差が広がる可能性だってあった。ただ幸いにも、2年連続大会9日目でリタイアに追い込まれた時のような……絶望的な結末にはならなかった。マイヨ・ジョーヌの側に馳せ参じようと、急降下するワウト・ファンアールトやトム・デュムランの後輪に飛び乗って、無事にライバルたちに追いついた。
そしてこのファンアールトこそが、鮮やかにフィニッシュ直前で加速を切ると、ポガチャルの区間3位=ボーナスタイム収集を見事に阻止する。おかげでログリッチは、ポガチャルに1秒たりともタイムを与えなかった。つまり翌19ステージで若者が無茶をしない限り、2人のスロベニア人による直接対決は「57秒リード」で終了した。あとはプランシュ・デ・ベルフィーユの激坂で記録されるストップウォッチの数字が、2020年ツールのマイヨ・ジョーヌの行方を決める。
「難しいステージが連日続いているけど、チームがまたしても凄い仕事をしてくれた。あらゆる場所に攻撃の機会が潜んでいたから、チーム一丸となって制御が絶対的に欠かせなかった。でも全てが上手く行ったし、今日は僕も脚の調子がすごく良かった。つまり、僕にとっては、またしても良い1日だったというわけ」(ログリッチ)
前区間覇者の総合3位ミゲルアンヘル・ロペスは、控え目に、しかし難なくステージを走り切った。ポートは総合4位を死守し、前日の作戦不発にめげず、この日も攻撃的に走ったランダは、順位を2つ上げることに成功した。同じくマスも8位から6位へと浮上。対するアダム・イェーツとウランがそれぞれに2つずつ順位を落とした。
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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