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もしかしたら今春最後のワールドツアー大会だったのかもしれない。新型コロナウィルスが地球上で猛烈に拡大し続ける中、2020年パリ〜ニースは奇跡的なまでに、熱のこもった素晴らしい大会となった。そして予定よりも1日早く、ラ・コルミアーヌの山頂で幕を閉じると、プロトンはいつ終わるともしれぬ長い隔離生活に入った。
なんだか矛盾するようだが、参加メンバーは少々物足りなくもあり、豪華でもあった。開幕前の1週間でフランスの感染者は130人から1200人へと急激に膨れ上がり、全部で19あるUCIワールドチームのうち、7チームが直前に出場を取り消した。一方で開幕2日前にティレーノ〜アドリアティコの中止(正式には延期)が発表されると、イタリア行きを予定していたビッグネームたちが、次々とフランスへと押しかけた。つまり真夏のツールで激突が期待されるベルナルもログリッチも不在だったが、代わりにジロ組のニバリやバルデがやって来た。
しかもストラーデ・ビアンケやミラノ〜サンレモの中止で、やり場のないフラストレーションを抱えるクラシックハンターたちが、初日から激しく攻撃を仕掛けた。パリ〜ニース序盤名物の雨や横風を利用して、集団をバラバラに破壊すると、昨春2大会(ストラーデ・ビアンケ、ミラノ〜サンレモ)を制したアラフィリップや2年前の「白い道」覇者べノートが集って前に飛び出した。最終的に4選手がスプリントを争い、アルデンヌに向け調整中のシャフマンが勝ち名乗りを上げた。
その第1ステージの当日、イタリア北部が封鎖された。夜にはフランス政府が、1000人以上の集会禁止を発表。第2ステージ以降の選手たちは、一般観客の目から遠く離れた場所で、スタートとフィニッシュを争うこととなった。
幸いにもTVカメラからの映像が、熾烈なレースをたっぷりと映し出してくれた。アルカンシェル姿のピーダスンや昨ルーベ2位ポリッツが斜め隊列を先導し、まるで北クラシックさながらの大乱闘を繰り広げた。大集団スプリント向けのステージのはずだったのに、終わってみればまたしても小集団フィニッシュ。開幕直前にベルギーの「オープニングウィークエンド」でクールネ2位に食い込んだニッツォーロが、仕上がりの良さをアピールし、今季2勝目をさらいとった。この夜から勝者の祖国イタリアは、全土の完全封鎖に突入した。
参加チームの減少により、急遽出場権を手にしたサーカス・ワンティゴベールのデヴリーントが、3日目は冷たい雨の中ひとり逃げ続けた。今度こそ大集団スプリントに向けて集団は突き進むが、細くうねる路面では、幾多の落車が発生した。軽い上りフィニッシュで抜け出したのはガルシア。残念ながらバーレーン・マクラーレンにとっては、これが今パリ〜ニース最初で最後の区間勝利となった。マクラーレンF1チーム内でのコロナウイルス感染事例を受け、自転車チームも第5ステージを最後に帰宅を決めた。
ついにWHO世界保健機構から「パンデミック」宣言が出た水曜日、S・クラーウアナスンが15.1kmの個人タイムトライアルを勝ちとった。なにより初日から黄色いジャージを着ているシャフマンが区間2位に食い込み、総合2位以下とのタイム差を58秒へと広げた。
レースはどんどん熱くなる。5日目は220km以上も逃げ続けたトラトニクを、N・ボニファツィオがラスト25mで抜き去った。地元サンレモを走れない悔しさを力に変え、苦境を強いられている祖国イタリアに「小さなプレゼント」を贈った。
同時に国際状況はいよいよ深刻さを増していた。第5ステージの朝、プロトンが目覚めると、アメリカのトランプ大統領が欧州からの渡航停止を告げていた。ヴァンガーデレンは慌てて帰国の途につき、同国出身のクラドックは頭痛で途中リタイアを選んだ。ちなみに同じ北米人のウッズは、望まぬ落車で大腿骨を骨折。..現時点では予定通り7月末開催の東京五輪に向けて、大急ぎで回復せねばならない。
この3月12日は、さらに2つの大きな衝撃が自転車界を襲った。1つ目は初めて選手の感染が公表されたこと。UAEツアー中断以来、同国で隔離措置を取っていたガビリアが、自身のSNSにてコロナウイルス感染を告白したのだ。しかも発射台役リケーゼも感染していた。そして2つ目は、ベルギーのフランドル政府が、4月3日までのすべてのスポーツイベントを中止するよう発表したこと。すなわち一連の石畳クラシックがほぼ全滅したことを意味する(この時点でツール・デ・フランドルはかろうじて開催可能だった)。
そして同日20時、フランス共和国のマクロン大統領が、国民に向け「1世紀ぶりに我が国に訪れた最悪の衛生危機である」と訴えた。さらに翌日には同国のフィリップ首相が、100人以上の集会禁止を命じた。
この禁止令を受けて、第6ステージのスタート前に、2020年パリ〜ニースが第7ステージのフィニッシュをもって終了することが発表された。報道によれば、開催委員会は出場チームに意向を問うたそうだ。結果は続行派11、即時中止派5だったとのこと。
いよいよ山場に入った戦いで、バルデやニバリが無謀なほどまでに積極的に動いたのは、きっと偶然ではなかった。すでに前日の段階で、2020年ジロ開幕地ブダペストが、序盤3ステージの中止を決めていた。この13日の昼過ぎには、ジロ開催委員会から大会自体の「延期」が正式にリリースされた。イタリア一周を勝ち取るために、オフ期間から綿密な調整を積んできた選手にできることは、もはや、今のレースに全力を尽くすことだけだったに違いない。
しかし大物グランツールレーサーたちの睨み合いをかわし、最後の上りで抜け出したのはべノートだった。前方で逃げていたチームメートのクラーウアナスンにも助けられ、下りでは大胆に攻めた。やはりサンウェブのマシューズが、なんと区間2位に滑り込むという衝撃もあり(やはりサンレモ獲りに向け完璧に仕上がっていたのだと思うと無念だ)、小さな体でも序盤の雨風分断に決してひるまなかったイギータが、総合3位にジャンプアップしてきたという楽しさもあり。それでもシャフマンが、頑なにマイヨ・ジョーヌを守り続けた。
予定より1日早い最終日の朝、国境封鎖を決めたデンマーク政府からの呼びかけで、世界チャンピオンが去っていった。パリ〜ニースの136人のプロトンは、第7ステージのスタート地点..つまり2020年ツール開幕後ニースでは、もはや92人の小さな集団に成り果てていた。
翌日から少なくとも2週間は一切レース予定のない選手たちは、まるで少しの悔いも残したくないかのように、全速力で走り出した。昨夏のツールで14日間フランス国民の心を震わせたアラフィリップが、勇敢に前方へ突進し、2年連続オフに自転車旅「ファイナル・ブレイクアウェイ」を楽しんできたデヘントは、「自分のため、家族のため、チームのため、ファンのため、そして自転車界のため」、文字通り「最後の逃げ」へと繰り出した。
フィニッシュ後に倒れこむ
残り3kmで独走に持ち込んだのはN・キンタナだった。第2ステージの落車でタイムを失い、総合争いからは脱落していた。しかし自分を再び強い男に生まれ変わらせてくれたチームのために、夢中で働いてくれたチームメートのために、絶対に勝たねばならなかった。山頂で手にしたシーズン5勝目はまた、「あらゆる人に幸福を与えるため」でもあった。
後方では逆転優勝を狙うべノートが、最終峠で果敢にアタックを打ち、シャフマンは最後は息ができなくなるほどに、必死で後を追いかけた。最後の1メートル、いや、最後の1ミリまで、選手たちはパリ〜ニースを全力で戦った。心身ともにひどく過酷だった7日間を、最終的に61人が生き抜いた。
最終表彰台にはフレッシュな3人が並んだ。初日から黄色いジャージを背負ってきたシャフマンが、生まれて初めてステージレースの総合優勝を手に入れた。2位べノートにとっては、初めてのワールドツアーステージレース総合表彰台で、3位イギータにとっては、欧州ステージレースでの初総合表彰台!またべノートはポイントジャージを、イギータは新人ジャージをそれぞれ持ち帰った。
大会を終えた日の深夜から、フランスでは、スーパーや薬局等以外のあらゆる商店が閉鎖された。ブエルタの開催国スペインは非常事態宣言を出し、シャフマンの母国ドイツもサガンのスロバキアもクフィアトのポーランドも..国境を封鎖した。
すでにツール・デ・フランドルは「代替日程」を探していると報道されているし、大会終了直後には開催委員長プリュドムが「非公式」ながらパリ〜ルーベ中止を匂わせた。15日にはUCI国際自転車競技連合が、感染危険地域におけるあらゆる自転車レースの中止を要求すると共に、3月15日〜4月3日までにはいかなるレースでもUCIポイントが発生しないことを決めている。
願わくば、これは、ほんのひと時の中断であって欲しい。できる限り早く新型コロナウイルス感染流行が終息に向かい、地球上のあらゆる人々が普通の日常を取り戻し、そして自転車選手たちがなんの不安もなく全力でレースに打ち込める日が戻ってくるよう、心から祈りたい。
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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