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【ブエルタ・ア・エスパーニャ 2019】意外性の連続はまさに『カオス』。序盤9日間で首位を走るキンタナ「真のマイヨ・ロホはログリッチェ」
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさかまさにカオス。おなじみスペイン特有の険しい道と、シーズン最後のグランツールならではの渦巻く野心とで、ただでさえブエルタ・ア・エスパーニャは面白いというのに、2019年大会の序盤9日間は例年を超える意外性の連続だ。マイヨ・ロホは7回も入れ替わった。これほど連日の首位交代劇が見られたのは、3つのグランツールを通して、2008年ブエルタ以来初めて(8回、全部で9回)。次々と展開の変わる序盤戦をかいくぐり、総合争いで頭一つ抜け出した4選手は、大会1回目の休息日を迎えた時点でタイム20秒差でひしめき合っている。
目を疑うような集団落車で、今大会は幕を明けた。初日チームタイムトライアルで、チーム ユンボ・ヴィスマとUAEチームエミレーツの隊列が、地面になぎ倒されたのだ。沿道で子供用ビニールプールが壊れ、流れ出してきた水がコースを濡らしたせいだった。アスタナプロチームがトップタイムを叩き出し、総合大本命ミゲールアンヘル・ロペスがマイヨ・ロホを肩に羽織った一方で、ユンボはジロ→ツールに続く初日ステージ優勝を逃したどころか、早くも40秒を失ってしまう。
このハプニングが、間違いなく、稀に見るほど波乱の総合バトルに火をつけた。なにしろイネオスの3大リーダーは不在で、トム・デュムランは休暇を延長し、ディフェンディングチャンピオンのサイモン・イェーツは開幕直前に出場キャンセル、5月のジロを制したリチャル・カラパスさえも怪我で急遽欠場という……つまりユンボ・ヴィスマにとってはまたとない初頂点獲りのチャンスだった。2019年ジロ総合3位プリモシュ・ログリッチェとツール総合3位ステフェン・クライスヴァイクという2大エースを擁し、強力なアシスト6人と共にスペインへ乗り込んできたオランダ軍団は、翌日から大胆な積極策に転じた。
大会2日目は「平地」に区分されていたはずだ。しかしステージ終盤、ユンボが仕掛けた。黙々と制御に徹していたアスタナ&スプリントチームから、メイン集団先頭を奪い取ると、個人TT世界王者に4度上り詰めたトニー・マルティンが中心になって猛加速。プロトンをずたずたに切り裂いた。この動きに上手く乗じたのが、アレハンドロ・バルベルデとナイロ・キンタナのモヴィスターコンビだ。現役世界王者の急勾配での加速が、ロペスを後方へと振り落とした。最終的に前方へ飛び出した6人の中から、さらに単独で飛び出して……まさかの平地ステージ勝利を飾ったのはキンタナの方だった。ニコラス・ロッシュが6年ぶりにマイヨ・ロホを手に入れ、ログリッチェはたったの1日でロペスとのタイム差を大幅に縮めた。なにより「この先総合を争っていく自信を得た」。
スプリンターたちは3日目にして、ようやく本領発揮の機会を得た。昨ジロ区間3勝と大暴れしたサム・ベネットが、ブエルタでも待望の1勝目を獲得。翌日には、ほんの数ミリの差で、ファビオ・ヤコブセンがグランツール初出場ステージ初勝利をもぎ取った。
この第4ステージには、バッドニュースも飛び込んできた。初日に落車したユンボから、クライスヴァイクが戦線離脱というのだ。さらに総合系・山岳系ライダーの棄権が相次ぐ。6日目には集団落車に巻き込まれたリゴベルト・ウランとヒュー・カーシーが、今大会3日間ロホを着たロッシュと共に去る。この日はなんとか最後まで走り終えたダヴィデ・フォルモロも、翌日のスタート地には姿を表さなかった。また逃げ中に単独で道端に転がり落ちたティージェイ・ヴァンガーデレンも、第7ステージで自転車を降りた。つまりEFエデュケーションファーストは一気に3人を失った。
5日目から戦いの場は、本格的な山地へと移った。ただし山頂フィニッシュの栄光は、2日連続で大逃げの頭上に輝いた。そもそもブエルタでは、大会1つ目の難関山頂フィニッシュは、大逃げが決まることが多い。今年も3人の小さなエスケープが、最初の1級頂上で栄光を争った。すでに第2、3ステージで逃げをかまし、敢闘賞2回、山岳ジャージ着用中のアンヘル・マドラソが、執念深く区間勝利を射止めた。区間3位に泣いたホセ・エラダの弟が、翌日はリベンジを見事果たした。1年前にロホを2日間着たヘススにとっては、生まれて初めての区間勝利だった。7月のツールで人生初の区間勝利を手にしたディラン・トゥーンスが、代わって初めての赤ジャージを手に入れた。
もちろん総合勢が動かなかったわけではない。第5ステージでは、残り2.5km地点で、ロペスが単独アタック。マイヨ・ロホを奪い返した。バルベルデとログリッチェは背後で揃ってフィニッシュし、一方で「ツール後の体調は波がある」と語ったキンタナは、遅れ気味に1日を終えた。今区間の終わりは、この4人が最初に、総合の上から4つを独占した瞬間でもあった。
続く第6ステージで大逃げマイヨ・ロホを許したせいで、4人は一旦後退するのだが、迎えた第7ステージで改めて4強に返り咲く。道の果ては、登坂距離4.1km・平均勾配12.3%の激坂が待ち構えていた。そこで「調子のいいバルベルデを助ける」と宣言していたキンタナが高速テンポを刻むと、モヴィスターの相棒以外は、ただロペスとログリッチェだけが最前線に踏みとどまった。春クラシック名物ユイの壁を過去5度攻略したバルベルデが、大方の予想通りに人生12回目のブエルタ区間勝利を楽しみ、総合ではロペスが3度目の首位返り咲きを果たした。
3度目もまた、ロペスは1日でマイヨ・ロホを手放すことになる。1度目はライバルたちの攻撃に追い落とされ、2度目は「エネルギーを消耗しすぎない」ために追走を放棄した。そして第8ステージは、終盤に降り出した雨のせいで、「リスクを冒さず安全に1日を終える」ことに決めた。21人の巨大な逃げからニキアス・アルントが勝ちをつかみ、6年前の山岳賞ニコラ・エデが、幸福なリーダージャージ当選者となった。
混乱で始まった大会1週目は、さらなる混沌で締めくくられることになる。アンドラ公国で繰り広げられた第9ステージは、そもそもが2019年ブエルタ唯一のピレネー超えだ。しかも標高2000m前後の巨大な山が3つ組込まれ、走行距離は94.4kmという短距離で、さらには最終盤に4.5kmの未舗装路が待ち受ける。序盤に30人以上の「小さなプロトン」が逃げ出し、4強全てがアシストを前方に送り込むという伏線も用意された。
その「前待ち」組を利用して、残り20km、アタックを打ったのはロペス。ぐんぐんとライバルたちから遠ざかり、一時は40秒ほどの差をつけた。モヴィスターのキンタナ&バルベルデは、ログリッチェを振り払おうと、交互に加速を切った。しかし前方から馳せ参じたユンボのアシストが、エースを献身的に支え続けた。
強烈な雨あられもサスペンスを演出した。TV中継が途絶えている間に……ロペスが未舗装区間で他選手と接触し落車。ライバルたちに対するリードを失ったばかりか、最終的にはタイムを失ってしまう。またログリッチェも同じく、停車したオートバイにぶつかって、泥と化した道の上に落ちた。
恒例のダブルエース制を貫くモヴィスターの、不可解な戦術もまた、物語の終わりを盛り立てた。序盤から逃げ出し、単独先頭を突っ走るマルク・ソレルに、残り3.5kmで予想外の無線が入ったのだ。自己の区間勝利のチャンスを投げ出し、30秒後方を走るキンタナを待てという指示に――ちなみに1回目の休息日に、キンタナの来季アルケアへの移籍が正式に発表された――、2015年ツール・ド・ラヴニール総合覇者は大喜びで従うことはできなかった。
この内輪揉めの隙を突いて、大胆な加速を切ったのが2018年ラヴニール覇者だ。すでに第5ステージでは4強に迫る強さを見せ、翌6日目にはラスト1.5kmの単独アタックで強い存在感を示したタデイ・ポガチャルは、全力で山頂まで踏み抜いた。プロ入り1年目。生まれて初めてのグランツールを走る20歳が、今大会で最も標高の高いフィニッシュ地で両手を広げた。初日の「集団落車」で1分07秒失ったポガチャルは、この初優勝で、1分42秒遅れの総合5位に浮上した。
ソレルの自己犠牲のおかげで、キンタナは4強の中ではトップフィニッシュ。ブエルタでは3年ぶりの、グランツールでは2年ぶりの総合リーダージャージに袖を通した。落車で一時は遅れを取りながらもログリッチェは区間3位に滑り込み、キンタナと6秒差の総合2位につける。流血を押して走りきったロペスが総合3位・17秒差、バルベルデ総合4位・20秒差と続く。ちなみに序盤9日間で収集したボーナスタイムは、上位2人とも同じ16秒。ただしログリッチェは中間ポイントも利用し、連日コツコツ積み重ねてきた結果だ。
「休息日明けのタイムトライアルを考えると、真のマイヨ・ロホはログリッチェ」と総合首位キンタナは語る。ブエルタ2週目は、第10ステージ、36.2kmのど平坦個人タイムトライアルで走り始める。5月のジロで個人タイムトライアルを2度制したTT巧者が、ライバルクライマーたちにどれだけ差をつけるか。もちろん、この先、いまだ5つの難関山頂フィニッシュが待っている。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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