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【ツール・ド・フランス 2019 第19ステージ / レースレポート】「34年ぶりの仏人イエロー」の夢から覚め、コロンビアは史上初のツール総合覇者誕生に期待
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか2019年ツール・ド・フランスの「屋根」、イズランのてっぺんで、ステージは打ち切られた。標高2770mの頂を、ひとり先頭で駆け抜けたエガン・ベルナルが、その時点のリードをもって総合首位の座に立った。大雨が通り過ぎたティーニュの山頂で、嬉し涙とともに、22歳の若者は生まれて初めてのマイヨ・ジョーヌをまとった。大会開催国のフランスは「34年ぶりの仏人イエロー」の夢から覚め、コロンビアは史上初のツール総合覇者誕生の期待にわいている。
波乱に満ちた1日だった。ハイスピードのアタック合戦が繰り広げられた背後では、ティボー・ピノに異変が起こっていた。2日前のステージで落車を避けようとハンドルを切った際に、軽く打ち付けた膝が、ひどく傷みだしていたのだ。前日は歯を食いしばり、大部分のライバルたちと同タイムでフィニッシュしたが……この日はもはや耐えることができなかった。
スタートから36km地点で、涙のリタイア。「ピレネーの調子さえあれば、総合優勝も可能だと感じていた」というフランス人は、後にマイヨ・ジョーヌを手にするベルナルから20秒遅れの総合5位のまま、大会を去って行った。「惑星直列はいつか起こる。いつか僕にとって全てが完璧に上手くはまるツールがやってくるはずなのさ」と信じて2019年大会に乗り込んできたピノだが、ツール出走7大会中、実に4度目の途中棄権を喫したことになる(3つのグランツールでは出場12回リタイア6回)。
「もしも僕がジャージを失った時には……何度も繰り返すようだけれど、ピノにこのマイヨ・ジョーヌを着て欲しいんだ」。前日第18ステージのフィニッシュ後にも、改めてアラフィリップはこう公言していた。しかし理想のシナリオ通りに物事は運ばなかった。後を託すフランス人が不在などころか、自分の元にマイヨ・ジョーヌを留め置くことすらできなかった。
トゥルマレやガリビエで驚異的な粘りを披露したフレンチパンチャーに、止めを刺したのはイズランだ。アシストはもはやなく、孤独に巨大峠に挑みかかったアラフィリップを、ライバルたちは積極的に揺さぶった。チームイネオスは恐ろしいほどの高速牽引を続け、山頂まで残り6.5kmで、まずは昨大会覇者ゲラント・トーマスが加速を切る。ユンボ・ヴィスマの絶対的エース、ステフェン・クライスヴァイクもカウンターアタックに転じた。総合3位と4位の相次ぐ攻撃に、14日間マイヨ・ジョーヌを着てきた男が、ついに崩れた。
標高はすでに2300mを超えていた。ここから上はコロンビア人にとっての「庭」なのだ。そこまで比較的静かにペダルを回してきたベルナルも、ついに攻撃開始。前日はトーマスが自らに「アタックを打て」と指示してくれたが……この日は「自分でアタックを決意した」という。「守備的に走れば表彰台は守れるかもしれないけど、総合優勝は絶対にない。リスクを冒せ。後悔するな」こう覚悟を決めた22歳は、トーマス集団にあっさり追いつき、追い越した。序盤からの逃げ集団も回収し、そして放棄した。最後までしがみついたサイモン・イェーツをも無情に切り捨て、高みへと孤独に突き進んだ——。
ここでストップウォッチは止まる。ベルナルがあらゆる選手に先んじてイズラン山頂を越え、サイモンが13秒後に続いた。トーマスとクライスヴァイク、さらにエマヌエル・ブッフマンは1分03秒遅れで通過。そしてアラフィリップは2分10秒後に、孤独にダウンヒルへと転じた。そう、選手たちが山を越えた時点では、いまだレースは続いていたのだ。ベルナルはヴァーチャルマイヨ・ジョーヌでしかなく、40秒遅れの暫定2位に落ちたアラフィリップは、得意の下りで少しでも差を縮めようと試みた。「毎日自分の最善を尽くしてきた。今日だって同じだった。上りも、下りも。……でも、車の中で終わっちゃった」
現地時間16時45分ごろ、ラジオツールが告げた。「全チームに極めて重要なメッセージあり。コース上に大量に雹が降り、いまだ路上に積もっている状況だ。通行できる状態ではない。即時ステージを中止する!」
選手が猛スピードで突き進んでいる場所からほんの先の、107km地点前後は、大量の雹で真っ白に染まっていた。所によっては土砂が流れ込み、泥の川が流れた。開催委員会とUCI審判団の合意により、選手の安全とレースの正しい運行のため、ステージの即時打ち切りが決定された。ステージタイムと順位は89km地点のイズラン峠山頂で計測されるが、区間勝者は空席。イズランのボーナスポイントと山岳ポイントは与えられるが、フィニッシュでボーナスタイムとマイヨ・ヴェール用ポイントは発生せず。また制限時間も無効とされた。
あまりに急な決定だったものだから、走行中の選手たち、特に最前線を突っ走っていたベルナルにとっては、理解するのに少々時間が必要だったようだ。「全速力で走っている最中に、ストップ、ストップ、と叫ばれたとしても、止まるはずないよね。『レースは終わり』とも言われたけど、なにが起こったのか分からくて、止まりたくはなかったんだ」と。でも自らがマイヨ・ジョーヌだと告げられ、ようやくほっとして脚を緩めた。ティーニュのフィニッシュラインは、自転車ではなく、チームカーで越えた。表彰台の裏には、父とフィアンセが待っていた。
アラフィリップは48秒遅れ(山頂の40秒差+ポイントボーナス8秒)の総合2位に後退し、すっかり板についてきた黄色い衣装を脱いだ。またトーマスは総合3位・1分16秒差、クライスヴァイクは4位・1分28秒差、ブッフマン5位・1分55秒差。表彰台争いの行方は相変わらずひどい僅差のままだ。もちろんベルナルがパリまでマイヨ・ジョーヌを持ち帰れるかどうかさえ、いまだに分からない。ただ新人賞はほぼ確定済み(2位に20分差以上)。ひょっとしたら悲嘆に暮れるフランスと現赤玉ロマン・バルデから、山岳ジャージをむしり取ってしまう可能性だってわずかながら残っている。
ただし第20ステージは、本来予定されていた3つの山岳のうち、序盤2つは通過しない。悪天候はアルプス全体を襲っている。1つ目に通過予定だったロズラン峠にも土砂崩れが発生し、そもそもが通行不可能となった。コース自体も130kmから59kmに大幅短縮。すなわち登坂距離33.4km・山頂標高2365mの超級ヴァル・トランスへと駆け上がる、超が付くほどの短距離決戦で、2019年ツール・ド・フランスの順列が最終的に確定する。
<選手コメント>
■エガン・ベルナル(チーム イネオス)
(イズラン峠を先頭で通過・総合リーダージャージ)「正直なところ、何が起きているのかわからなかった。無線でレースが終了になったと伝えられ、「いや、僕は走り続けたいんだ」と言ったよ。英語で話しかけられて良くわからなかったんだ。バイクを止めたあと、監督から僕がマイヨ・ジョーヌだと聞いて、やっと安心した。信じられないくらいすばらしいことだ。明日はエンジン全開で走りたい。パリに到着してフィニッシュラインを越えたときにやっと、今日起きたことが本当なんだとようやく信じられるんじゃないかと思う。とてもハードなステージがまだひとつ残っている。とても短いステージだ。持っている力のすべてを明日のレースにぶつけたいと思う。コロンビア人初のツール・ド・フランス勝者になれたとしたら、すごいことだよ」出典:主催者の公式リリースより
■ゲラント・トーマス(チーム イネオス)
(総合3位)「もしステージの短縮について先に知らされていたらイズラン峠はもっと熾烈な争いになっただろうから、奇妙な展開だったね。でも、仕方がない。誰のせいでもないんだから。こうだったら、ああだったらと考えても意味がない。大事なことは、チームがマイヨ・ジョーヌを獲得して、とても優位なポジションにいるということだ。エガン(・ベルナル)がマイヨ・ジョーヌを着て最終ステージを走り出せるように、とにかく明日のコースに出て、あとは任務を完了するだけだよ。彼は明日のステージをしっかり走りきらなくちゃならない。他のライバルに対して十分なタイム差はあると思う。僕は彼をフルサポートするよ。ツールの初日から彼はすばらしかったし、驚異的な才能の持ち主だ」出典:チーム公式リリースより
■ステフェン・クライスヴァイク(チーム ユンボ・ヴィスマ)
(総合4位)「雹と地すべりで、ステージ続行という選択肢はなかったと思う。僕たちは良く走れていたし、残念だ。ローレンス(・デプルス)を逃げに送り込むという戦略はうまく行った。調子がいいように感じたから、イズラン峠で仕掛けたんだ。けれど、ベルナルのカウンターアタックについて行くことができなかった。ローレンス(・デプルス)が山頂まで牽いてくれたおかげで何秒かを取り戻すことはできたし、フィニッシュまでまだ長い道のりがあると考えていた。もちろんイズラン峠でのアタックも全力だったけれど、もしそこでステージが終了すると知っていたら(その先のことは考えずに)それよりさらに力を振り絞っていたと思う。運が悪かったけれど、まだ終わりじゃない。また悪天候のせいで何かが起こるかもしれないけれど、明日も全力で行くよ」出典:チームの公式リリースより
■エマヌエル・ブッフマン(ボーラ・ハンスグローエ)
(総合5位)「これまで経験したことがないような奇妙なシチュエーションだった。無線でレースをやめるように言われるなんて。一緒に走っていた選手たちの間でも、にわかには信じられない気持ちが強かった。けれど全員が同じ情報を聞いたということがわかって、止まったんだ。雹と泥の中でレースを続けるのは無理だということは誰にも明らかだったと思う。今日は調子が良かったし、最終山岳で何かやれる可能性もあったと思う。けれど起こったことは変えられない。すべては明日のレース次第になるね」出典:チームの公式リリースより抜粋
■ロメン・バルデ(アージェードゥゼール ラ モンディアル)
(山岳賞ジャージ)「そこまでひどいコース状況だとは知らなかった。無線でニュースを聞いたときには、僕はリラックスしたペースで走っていた。今日のレースですべきことは終えていたから、明日のステージのためにエネルギーを節約しようとしていた。深い経験を持つ人たちがレースの中止を決定したのだから、選手たちの安全を考えれば、最善の策だったのだと思う。今日はあまりいい日ではなかったから、明日は調子が上向いて、戦略的にももっといい走りができるといいと思う」出典:主催者の公式リリースより
■ペーター・サガン(ボーラ・ハンスグローエ)
(ポイント賞ジャージ)「誰が考えていたのとも違う展開になって、レース・リーダーも新しく変わった。雨や雹や路面の泥の中で、命の危険をおかす意味はなかったと思う。昨日のレース終了のときにすでに、激しい雷雨があった、今日はそれよりひどい状況になるところだった。主催者は、この状況下でベストは尽くしたと思う。誰も非難するつもりはないよ」出典:主催者の公式リリースより
■マルク・マディオ監督
(ティボー・ピノが所属するグルパマ・エフデジの監督)「ガップへのステージで、落車を避けようとしてハンドルバーにぶつけたということだった。当初は彼も気にとめていなかった。けれど、だんだんと痛みが出だし、木曜のステージ終了後には、ホテルの階段を上がるのも難しくなった。医師とオステオ(オステオパシーの施術士)が治療をして、いったん状況は好転したように見え、我々もポジティブな気持ちだった。今朝の時点でも、何とか走れるのではないかと思えた。けれど、レースが始まると、急速に状態が悪化してしまった。本当にひどい瞬間だった。ツール・ド・フランスのような大レースの終幕にこれほど近づきながらこんな形でレースを終えるというのは、気持ちの上で本当に難しいことだ。去年のジロでも、総合3位につけ、最終ステージを目前にしながら、リタイアを余儀なくされた。そのときも、彼は最終表彰台ではなくその一番上を目指して走っていた。我々は、彼を優しさと思いやりで包みこまなくてはいけない。彼が立ち直ってまたいいキャリアを重ねていけるように支えていく。我々が彼をどれだけ愛しているかをチームの皆で彼に示していきたいと思う」出典:Le Paisien 紙より抜粋
コメント翻訳:寺尾真紀
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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