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【ツール・ド・フランス 2019 第14ステージ / レースレポート】ティボー・ピノ「僕にとってツールは今から始まったんだ」
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさかトゥルマレの破壊力はすさまじかった。その高い標高と長い山道とが、並み居る2019年ツール総合候補者たちを次々と振り落とした。最後まで戦いに居残ったのは、ほんの一握りほどの山男たち。フィニッシュではティボー・ピノが、区間勝者としてフランス共和国大統領の祝福を受けた。そして黄色く輝くジャージをまとうジュリアン・アラフィリップは、総合首位として立派に務めを果たした。「目標はただイエローを守ることだけだった」と語る稀代のパンチャーは、わずか6人にまで小さくなった先頭集団でフィニッシュしたどころか..山頂へ向けた猛ダッシュで区間2位のボーナスタイムさえ懐に収めた!
アラフィリップが総合2位以下とのタイム差を新たに36秒広げるその前に、緑と赤玉もまた、2位以下との差を開きにかかった。2015年マイヨ・ジョーヌのヴィンチェンツォ・ニバリのファーストアタックにすかさず飛び乗ったのが、第3ステージ終了後からポイント賞ジャージをまとうペーター・サガンだった。最終的に出来上がった17人の逃げには、同じく3日目から山岳賞首位を守り続けているティム・ウェレンスも滑り込んだ。
後者は1級スロールで首尾よく先頭通過を果たし10ptを追加。2位以下との山岳ポイント差を17pt→22ptへとわずかながら増やした。一方のサガンはまずは前方へと突き進み、1級峠で先頭集団からゆっくりと脱落しつつ..山の向こうの中間スプリントをメイン集団内で迎えた。当然ながらライバルスプリンターたちは、とっくの昔に全員まとめて後方へと吹っ飛ばされた後。争わずして集団内1位通過=9位通過で7ptを収集し、ポイント賞2位以下に93pt差を押し付けた。
このスロール峠では、モビスターが猛烈な牽引作業に従事した。チーム一丸となって厳しいテンポを刻み、メイン集団を急速に小さく絞り込んでいく。たまらずロメン・バルデも千切れた。第13ステージ終了の段階ですでに5分46秒もの遅れを喫していたが、この日だけで最終的に20分以上も失った。
チームメイトたちの献身にも関わらず、モビスターのエースナンバーをつけるナイロ・キンタナもまた、トゥルマレの上りで遅れることになる。19kmの長い山道で3分24秒を失い、総合では首位アラフィリップから7分29秒差に陥落。幸いにもミケル・ランダが14秒差の区間6位に入り、バルデ以外にもアダム・イェーツやダニエル・マーティンをはるか後方に押しのけることにも成功し、つまりモビスターの作戦は完全に失敗に終わったわけではない。ただジロ→ツール転戦のバスク人も、第10ステージの「もらい落車」の影響で、総合ではすでに6分以上も遅れている。
117.5kmと極めて短いステージも、いよいよ最終峠トゥルマレの山道に入ると、イネオスが主導権を握る。精密な山岳列車は逃げの生き残りを飲み込みつつ、淡々とライバルたちの脚を削っていった。まさしく過去何年にも渡って繰り返してきたように。ただし、この先は、過去数年とは少々違う展開が待っていた。
山頂まで9km、2年前の山岳賞ワレン・バルギルが、大胆にアタックを仕掛けた直後だった。エースのピノを背後に引き連れて、ダヴィド・ゴデュが強烈なペースアップを図る。まさにこの22歳の若者の働きで、イネオスの隊列に乱れが生じる。しかもリッチー・ポートとエンリク・マスが後方へと押しやられた。特に24歳マスは個人タイムトライアルの結果、8秒差で新人賞ジャージをエガン・ベルナルから奪い取ったばかりだったというのに..両者の立場は再び入れ替わった。それどころか山頂で新人賞首位に返り咲いた22歳ベルナルとマスとの間には、ローレンス・デプルスとゴデユが割り込んだ。
23歳デプルスもまた、チームリーダーのために驚異的な任務を果たしたひとり。なにより2019年ツールを初日から席巻しているユンボ・ヴィスマは(区間勝利4、マイヨ・ジョーヌ2日間)、最終盤で数的有利に立った。イネオス2に対して..ユンボ3!もちろんエースのステフェン・クライスヴァイクのため、デプルスとジョージ・ベネットが奮闘し、邪魔なリゴベルト・ウランやヤコブ・フルグサングを振り払った。
追い打ちをかけたのはエマヌエル・ブッフマンだった。沿道に詰めかけた無数のファンをかき分けながら、毅然とスピードを上げた。すると、残り1kmを意味するフラムルージュのアーチの下で、ゲラント・トーマスがずるずると後退していったのだ。「正直に言うと朝から調子が悪かった」とフィニッシュ後に告白したディフェンディングチャンピオンは、無理にアタックに反応し力尽きるよりも、自らのテンポで上る方を選んだ。
次々とビッグネームたちが脱落していく中で、ラスト1km、先頭集団に生き残った強者は6人。ピノ、アラフィリップ、ランダ、ブッフマン、クライスヴァイク、そしてベルナルが、ツール史上3度目のトゥルマレ山頂フィニッシュを争った。勝負を決めたのは残り400mのヘアピンカーブ。ここで加速を切ったピノは、急勾配を利用して一気に抜け出すと、歓喜の区間勝利を引き寄せた。2位にはアラフィリップが、3位にはクライスヴァイクが滑り込んだ。
ピノが第10ステージの横風分断で失った1分40秒は、いまだ完全に取り戻せたわけではない。しかし総合3位から11位まで陥落し、この日の終わりには、3分12秒差の6位へと再浮上した。「僕にとってツールは今から始まったんだ」と語るピノは、「次の目標はパリの表彰台に乗ること」ときっぱり宣言する。
もちろん山頂に詰めかけたフランスのファンたちは、ピノの見事な優勝に大きくわいた。ただ「ア・パリ!ア・パリ!」(パリで!パリで!)と観客たちが連呼した先には、むしろアラフィリップの姿があった。「有力選手たちが自分より前に脱落していくのを見て、モチベーションがわいた」と語る通り、何度か遅れそうになりながらも..ジャージ保守への強いモチベーションに支えられて脚を回し続けた。マイヨ・ジョーヌ表彰台はついに10回目に達し、総合2位トーマスには新たに36秒差を押し付けた。総合タイム差は2分02秒。3位クライスヴァイクは2分14秒差に迫る。
未だアラフィリップ本人は「パリの表彰台のてっぺん」については考えていない。ただしこうも告白する。「パリに近づけば近づくほど、自分がマイヨ・ジョーヌを守れるかどうか、そんな自問自答が増えるだろうね」
<選手コメント>
■ティボー・ピノ(グルパマ・エフデジ)
(ステージ優勝・総合6位)「僕のチームもとても強いし、ユンボ・ヴィスマも強い。同格に強いチームがいくつかありレベルが均一だから、チームイネオスはこれまでのようにレースを支配できていないのかもと思う。アルビのステージのコーナーで起きたことには、これまであまり経験したことがないくらい打ちのめされた。けれど、僕を信頼してくれるチームとともに、再び立ち上がった。ステージを勝たないでツールを終えることはできないって。そして伝説のツールマレー峠のステージを狙いたい気持ちは、ツールの出だしから僕の頭にあったんだ。僕の中にはいつも、炎のような勝利の欲望があった。勝てば勝つほど燃え盛り、さらにもっと勝ちたくなる気持ち。その気持ちを自分の中に蘇らせたかった。戦略は決まっていた。フィナーレから8kmのところから、ダヴィ・ゴデュがすばらしいペースアップをしてくれた。すべてが計画通りに進んだ。終盤でのモヴィスターの動きは予測していなかったけれど。次のゴールはパリで表彰台に上ること。残り8日間、そのためにできることはすべてやるよ。今日はもしかしたら僕が最強だったかもしれないけれど、これから回復も必要だし、まだいくつもの難関ステージが待ち受けてる。ツールは終わったわけじゃない。謙虚さを持ち続けないと」出典:主催者の公式リリースより
■ジュリアン・アラフィリップ(ドゥクーニンク・クイックステップ)
(ステージ2位・総合リーダージャージ)「本当に並外れた体験だよ。このジャージをできる限り守り続けたいと思う。今日、偉大な選手たちが目の前で失速していく姿は、ツールマレーを上り続けるモチベーションを僕にくれた。けれどツールはまだまだ終わらない。とにかく一日一日を精一杯走るだけだ。マイヨジョーヌをとにかくあともう一日だけ着ていたい、以上のことは言えないんだ。短いステージだったけれど、いろいろなことが起きたね。とにかく周りについて行くだけで限界に近かった。ティボー(・ピノ)がアタックしたとき、もしかしたら自分も、と思ったけれど、たった一人では無理があった。それに、僕のゴールはとにかくマイヨ・ジョーヌを守ることだけだったから、僕も勝利を祝福できるような選手がこのステージを勝ってくれたらいいなと思っていたんだ。今日はゲラント・トーマスとエガン・ベルナル、ステフェン・クライスヴァイクをマークして走ればよかった。けれど結局は彼らを見て走るのではなく、とにかくできる限り先頭グループについて行きたい、という気持ちになってしまった。パリが少しずつ近づくにつれ、いつまでマイヨジョーヌを守れるだろう、と自分に問いかけることが増えてきているよ。とにかく、今日はいい闘いができた」出典:主催者の公式リリースより
■エガン・ベルナル(チーム イネオス)
(新人賞ジャージ・ステージ5位・総合4位)「今日起きたことには、たくさんの人が驚いたと思う。総合狙いの選手たちが本格山岳でぶつかり合う、最初の機会だったからね。僕自身について言えば、調子はいいし、それは嬉しいことだよ。チームとして言えば、ゲラント・トーマスがタイムを失い、いい日ではなかった。彼を助けることもできたけれど、無線からは彼を待たないように指示があった。ツールでは、皆に必ず1日調子が悪い日がある、と言うね。昨日はそれが僕だった。僕たちがツールを勝てるかは分からない。僕に分かるのは、ツールのディフェンディング・チャンピオンが僕のチームメートだということだけだ。チームの指示には逆らわないよ。もしアシストするように言われたら、その通りにする。もし自由を与えられたら、それを最大限に活かすようにする」出典:主催者の公式リリースより
■ペーター・サガン(ボーラ・ハンスグローエ)
(ポイント賞ジャージ)「今日のゴールはなるべく多くの中間スプリントポイントを集めることだった。だから、できる限り早くアタックして、逃げに乗ることが大事だった。スロール峠の出だしは先頭集団について行けたけれど、そこからのペースは、僕がどんなに全力を出しても速すぎて、千切れてしまった。けれど、メイン集団と一緒に中間スプリントにたどり着くことができたから、7ポイントは獲得できた。明日はまたハードな山岳ステージだ」出典:本人の公式ウェブサイトより
■エリー・ジェスベール(チーム アルケア・サムシック)
(ステージ敢闘賞)「逃げて、できる限り先行しようと思っていた。レースの先頭で、たった一人でツールマレー峠の半ばまで上ることができたなんて、願った以上のことが叶ったよ。すばらしい喜びと、残りのツールでさらに頑張ろうというモチベーションを与えてくれた。今日のピノとアラフィリップの勝利はフランスの自転車競技にとって、とても良いことだ」出典:主催者の公式リリースより
■ゲラント・トーマス(チーム イネオス)
(ステージ8位・総合2位)「正直言って、出だしから力が出ないような感じで、いい感覚がなかった。終盤では、とにかく自分のペースで行くしかないと分かっていた。彼らのアタックに反応しようという気持ちもなかった。無理について行って急勾配で自爆するよりは、とにかく自分のペースで走り、損失を最小限に抑えたほうがいいと判断したんだ。もしかしたら無理にでも追ったほうが良かったのかもしれない。とにかく何もあまりうまくいかない、そういう日だった。走っているうちにもう少し上向きになるかとも思ったんだけどね。最後の峠では、とにかくどこまで先頭集団についていくことができるかだった。タフな一日だったね。まだ先はあるから、明日はもう少し調子が戻っていることを願うよ」出典:チーム公式リリースより
コメント翻訳:寺尾真紀
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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