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アルプス入りの前夜に、ピュアスプリンターが輝いた。すでに2区間を制しているアンドレ・グライペルが、いまだ1勝目を探し求めるライバルたちを蹴散らして、3つ目の栄光を手に入れた。レースに関しては事故もなく、ハプニングもなく、ある意味で平和に終了したのだけれど、むしろマイヨ・ジョーヌ記者会見がまるで一触即発のような雰囲気に包まれた。「今日の沿道のファンたちは温かかった!」とクリス・フルームは嬉しそうに感謝の言葉を述べたが、対するメディアとの愛憎劇は、まだまだ続きそうだ。
シャンゼリゼまであと1週間。そしてピュアスプリンターにとっては、早くもシャンゼリゼ前の、最後のスプリントチャンスがやってきた。スタートと同時に始まった3級峠を利用して、27人もの選手が超ハイスピードで逃げを試みたけれど、スプリンターチームが目を光らせ、決して十分なリードを与えなかった。40kmほどの長い試行錯誤の末に、最終的に9人が前方へと飛び出すと、ようやくエスケープに自由時間が与えられた。
世界チャンピオンのミカル・クヴィアトコウスキーを筆頭に、シモン・ゲシェケ、ラルスイティング・バク、マッテオ・トレンティン、ライダー・ヘシェダル、マイケル・ロジャース。そして昨日逃げたサイモンに続いて、双子のアダム・イェーツェが今日は前方で存在をアピール。さらには前日の2位が、どうしても消化しきれないティボー・ピノに、同じく前日の大量ポイント収集だけじゃ満足できないペーター・サガンも、2日連続でレース先頭を突っ走った。
ただし、予定通りにサガンは中間ポイント1位通過=20pt収集を成功させたが、逃げ集団は3分半以上のタイム差をどうしても開くことができなかった。アレクサンドル・クリストフ擁するカチューシャが、猛烈な引きを披露したせいだ。しかも野性味あふれるアルデッシュの曲がりくねった細道で、メイン集団がフルスピードで追走を仕掛けたものだから、ステージの早い段階でグルペットさえ出来上がった!数人のスプリンターが罠にはまった。スプリンターズステージに、スプリントさえ打たせてもらえなかったのは、アルノー・デマールに、タイラー・ファラーに、マーク・カヴェンディッシュ!
「一時はちょっと心配になったんだ。チームメート(で発射台の)のマルセル・シーベルグが、後方で遅れていたからね。カチューシャが逃げ集団を吸収するために、クレイジーな追走を仕掛けていたから」(グライペル、公式記者会見より)
ステージ中盤の、約30kmもの長い下りだけは、マイヨ・ジョーヌを守るスカイが前方に陣取った。しかし危険地帯が終わると、再びカチューシャががむしゃらな追い上げを再開した。ゴール前50km、タイム差は1分にまで縮まった。ここで、マッテオ・トレンティンが、最後の賭けに出る。
「正直に言うと、下りで1人飛び出したのは、単純に、自分のテンポで下ろうとしただけ。ただし、誰も、ついてこなかった。ゴールまで逃げ切れる、って考えたとしたら、それは楽天的過ぎるというものだよ。それにラスト25kmは、向かい風が吹いていた。ハードだった。でもとにかく、一旦逃げたからには、最後まで精一杯逃げ続けるべきなんだ。だから僕はそうしたまでだ」(トレンティン、チーム公式リリースより)
数キロ先で、ヘシェダルも、最後までエスケープの務めを果たすことに決めた。2012年ジロ・デ・イタリア総合覇者は、ゴール前40kmでトレンティンに追いつくと、持てる力を振り絞った。しかし、この頃になると、ブライアン・コカールをどうにか勝たせたいユーロップカーも隊列を組み上げていた。ロット・ソウダルもグライペルのために、いよいよ前線で牽引リレーに加わりはじめた。吸収は時間の問題だった。
「今日は勝ちたかったからエスケープに乗ったんだ。だって、今日の逃げは、フィニッシュまで行けるチャンスがあったから」(サガン、チーム公式リリースより)
残念ながらサガンは、ラスト37kmで、集団スプリントへと気持ちを切り替えざるをえなくなった。改めて前に飛び出したトレンティンもヘシェダルも、ラスト30kmでメイン集団へと飲み込まれた。カヴのいない集団スプリントへと突き進んでいく最中には、カヴのチームメートで、第6ステージですでに両腕を上げているゼネック・スティバールが単独アタックを打ったこともあった。しかし、シクロクロス元世界チャンピオンの、ラスト3.5kmからの切れ味鋭い一撃も、残り1100mでカチューシャにきっちり回収された。
なによりラスト300mの最終コーナーで、カチューシャの発射台が先頭に立った。後輪に張り付くクリストフは、前から2番目でこなした。ただスプリンター本人によると、「チームが前に出るタイミングが早すぎて、最後はスピードが落ちてしまった」(ゴール後インタビューより)とのこと。
「グライペルはものすごいダッシュだった。彼がスプリントを切った後、僕はすぐに応えることができなかった。少し出遅れたんだ。最終的にはかなりのトップスピードに乗れたけれど、でも、勝てるほど速くもなかった。今日のグライペルは、とにかく、強かった」(クリストフ、ゴール後インタビューより)
強いグライペルの前に膝を屈し、失意の底に沈んだのは、なにもクリストフだけではない。コカールは「サガンと肘がぶつかって、危うく落車するところだった」と口を尖らせ、逆にサガンはコカールにいちゃもんをつけに行った。ほんの僅差でグライペルに競り負けたジョン・デゲンコルブは、何も言わずにその場を立ち去った。
グライペルにとっては、2012年ツール以来となる区間3勝だった。ちなみに2009年ブエルタでは4勝+ポイント賞も手にしているけれど、今大会のマイヨ・ヴェールに関しては、すでにサガンに44ptも引き離されたからかなり絶望的か。しかし4勝目の可能性はいまだ残っている。もちろん、条件は、シャンゼリゼで勝つこと。
「まだあれだけの数の山を登らなきゃならないんだから、日曜日のことよりも、まずは次の休養日のことを考えたいね」(グライペル、公式記者会見より)
総合争いの面々は特に何事もなく1日を終え、タイムも順位も変更しなかった。おぞましい事件があった前日とは違って、フルームも笑顔で記者会見ルームにやってきた。……ところがマイヨ・ジョーヌは、自転車に乗ったライバルにではなく、椅子に座ったジャーナリストたちに総攻撃を受けた。
「前日の事件の後、抵抗の意思を示すために、リタイアは考えなかったか?」
「ファンの暴走を、どうしてメディアのせいだと断定したのか?」
「今朝スカイのバスの前に警察が2人配置されていたけれど、あれはやりすぎではないのか?」
「君は『人一倍トレーニングに励んできた成果です』と言うけれど、アームストロングも同じ言葉を繰り返してきたよ?」
「そもそも君を先頭に立って叩いたのはメディアではなく、フランスTVで解説をしている元自転車選手の2人じゃないのか?」
メディアの思わぬ反撃に、たしかにフルームはいつもより顔をこわばらせた。それでも最後まで丁寧に答え続けた。ゴール後の公式記者会見は、マイヨ・ジョーヌにとって「義務」とはいえ、いやはや、かなりの難題だ。
「(アームストロングの頃から)時代は変わった。誰もが分かってるはずだ。10年前や15年前のような『ファー・ウェスト(Far West)』なんてもはや存在しない。もちろん、いつだって危険を冒す選手は存在するけれど、もはやマイノリティに過ぎない。かつての状況は、正反対だった。だから今現在、あの頃と同じレベルの疑惑を持つ理由なんてない。とにかく、正直にすべてをはっきりとお話しする以外に、自分にできることはない」(フルーム、公式記者会見より)
泣いても笑っても、いよいよ、2015年ツール・ド・フランス最後の山場アルプスがやってくる。5日間の難関山岳決戦で、フルームの立場を脅かす選手は果たして現れるのだろうか。なにより第16ステージの最終マンス峠では、誰が……ダウンヒル特攻を仕掛けるのか!?
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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