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たった1人で、逃げの友たちをまとめて突き放した。個人タイムトライアル巧者が、「人生で一番長い30km」を独走した。すでに今大会2度の大逃げにトライしたネルソン・オリヴェイラが、3度目の正直で、美しい勝利をもぎ取った。初めてのブエルタで、初めての逃げに乗った新城幸也は、最終盤はチームメイトのために大いに尽くした。おかげで朝の時点で総合12位につけていたロメン・シカールは、総合トップ10入りを成功させた。
風の強い日だった。スプリントステージと難関山岳ステージに挟まれた、またとない大逃げ機会でもあった。予想通りに、スタート直後から、壮大なるアタック合戦が巻き起こった。相次ぐ飛び出しの試みに、プロトンの走行スピードは恐ろしく上がった。3日前の休養日に高熱を出し、いまだ不調に苦しむナイロ・キンタナが、一時はメイン集団から脱落してしまったほどに!
ようやく50kmを過ぎたあたりで、エスケープの「核」が生まれる。フランスの逃げ巧者シルヴァン・シャヴァネル、後の勝者オリヴェイラ、さらには我らが日本の新城幸也が、ついに大集団から飛び出した。これが引き金となり、さらに小さなグループが次々と後に連なった。3人で始まった逃げは、少しずつ、規模を大きくしていった。続く1級峠の山道で、ついに本日のエスケープが完成する。24人の巨大な集団だった。
今大会参加の22チーム中、15チームが前方へ選手を送り込んだ。最も数的優位を誇ったのがランプレ・メリダで、オリヴェイラに加えて、ルーベン・プラサとヴァレリオ・コンティの姿もあった。また総合12位につけるシカールと総合13位ジャンルーカ・ブランビッラを筆頭に、19位ケニー・エリッソンド、21位ニコラス・ロッシュ、22位ダビ・アローヨという総合上位勢さえも集団内に紛れていた。
ところで、スタート前のシカールは、「今日はエスケープにとってパーフェクトな1日。だから、もちろん、僕の総合順位では、逃げには乗れないだろうね」(ブエルタ公式HPより)なんて語っていたらしい。しかし、この言葉とは裏腹に、フレンチバスクはやる気だった。
「逃げ切れる可能性のあるステージだったから、絶対にチャンスをつかみとらなきゃならなかった。自転車レースってのは、最後の山だけで決まるんじゃない。時にはゼロkmから攻撃的に走らなきゃならないんだ。うん、今日は、タイムを稼ぐために前に飛び出した」(シカール、ゴール後インタビューより)
幸いなことに、シカールやブランビッラの存在が、逃げ集団から邪魔にされることもなかったし、逃げ切りにマイナスになることはなかった。2人は中間スプリントさえ取りに行くことさえ許された。ポイントのためではなく、もちろんボーナスタイムのためであり、それぞれ3秒と2秒を手に入れた。マイヨ・ロホのファビオ・アルを支えるアスタナは、後方で、ただ淡々と一定リズムを刻んだ。総合1位から8位まではいまだ2分以内でひしめいていた。つまり6分41秒遅れのシカールや6分42秒遅れのブランビッラは、表彰台争いを脅かす立場ではなかった。翌日からの山頂フィニッシュ3連戦を控えて、だから総合リーダーたちは、安全に1日を走り切る方を選んだ。
そして、中間スプリント直後から上り始めた3級峠で、前方集団に再びアタックの嵐が吹き荒れる。ゴールまで残り40km。ステージ優勝へ向けての、戦いが始まった。ここでも、真っ先に引き金を引いたのは、オリヴェイラとシャヴァネルだった。簡単には決まらなかった。逃げ足には定評のあるアレッサンドロ・デマルキや、上りに強いパヴェル・ポランスキーが野心をむき出しにした。ロッシュやシカールも果敢に前進した。分裂と合流が繰り返された。
ところがゴール前30km、下り坂でオリヴェイラが大きく加速すると、残りの23人は反応を止めてしまう。
「もしかしたら、僕の飛び出しは早すぎたかもしれない。ただ、あの時間帯はちょうど、逃げのメンバーたちが、エネルギー回復に努めていた。それに、もしも勝ちたければ、先制攻撃をしかけなきゃならないことは分かってた。だからアタックすることに決めたんだ」(オリヴェイラ、チーム公式リリースより)
年少、ジュニア、ユース、エリートのあらゆる部門でポルトガル個人タイムトライアルチャンピオンに輝き、U23時代には世界選手権の個人タイムトライアルでも銀メダル獲得している26歳にとっては、願ってもない状況だったに違いない。1人になったことで、思う存分、自分の走りを披露することができたのだから。
「フィニッシュラインまでのタイムトライアルだった。頭を低くして、タイムトライアルのつもりで、一定リズムでペダルを回した。僕はちょっとしたTTスペシャリストだし、特に向かい風が吹いていたから、パワーのある僕には有利だった」(オリヴェイラ、ゴール後TVインタビューより)
真剣な追走が始まったのは、そこから、ようやく9kmほど進んだ後だった。すでにオリヴェイラと残り逃げ集団との差は、25秒ほどにまで開いていた。しかも、誰かが追走アタックを仕掛けるたびに、誰かが加速を試みるたびに、グループに居残ったランプレの2人が動きを阻止した。背中にぴったりと張り付き、ライバルたちの意欲をとことん削った。「完璧なチームワークだった」(ゴール後インタビューより)と、シャヴァネルが賞賛したほどに。
そのままオリヴェイラはスピードを落とすことなく、ゴールまで一番で駆け抜けた。国内選手権でばかり勝利を手に入れてきたポルトガル人は、2010年のプロ入り後初めて、「国際大会」で、しかも「グランツール」での栄光を勝ち取った。またジロ・デ・イタリア区間4勝、ツール・ド・フランス区間1勝を挙げてきたランプレは、2015年3大ツール全てで区間勝利をもぎ取ったことになる。
「キャリアで最も美しい勝利だよ。国内選手権の勝利は感動的なモノだけれど、今日の気持ちは、上手く言い表すことはできない。チームと喜びを分け合えることが嬉しい」(オリヴェイラ、チーム公式リリースより)
「もはや追いつけない」と察知した集団内で、最も奮闘した選手は、間違いなく新城幸也だった。新城はシカールのために、またニキ・テルプストラはブランビッラのために、スピードを維持し続けた。後続メイン集団とのタイム差を出来る限り広げるために、代わる代わる集団牽引に尽くした。特に新城はラスト500mまで、あらん限りのエネルギーを振り絞った。他の選手たちが区間2位争いのスプリントに打って出る一方で、新城は静かに仕事を済ませると、22人から11秒遅れで1日を終えた。
「誰も追わずにこのまま区間2位争いをするのなら、せっかくここまで逃げて後続集団とのタイム差を開いてきたので、それが無駄にならないように、前の1名を追うより、後続とのタイム差を過ごしでも開いて、ロメンの総合を上げようと判断した。結果的に自分はゴールスプリントに絡まなかったが、ロメンの総合がトップ10まで上がったので、この判断はチームも評価してくれている」(新城幸也、Teamユキヤ通信より)
「最後には幸いにも、僕には、ユキヤ・アラシロという頼れるチームメートがいた!」(シカール、ゴール後インタビューより)
メイン集団は、オリヴェイラから4分48秒遅れ、残り集団から3分48秒遅れで静かにフィニシュラインを越えた。総合1位から8位までに変動はなく、ブランビッラが総合9位(2分51秒差)、シカールが10位(2分51秒差)に浮上した。前日まで9位につけていたキンタナは、首位アルとのタイム差は変わらないものの(3分07秒差)、総合11位へと押し出された。
もちろん、コロンビアの山岳巧者が、7月のツール・ド・フランスではアルプス最終2日間で、クリス・フルームとの3分10秒差を1分12秒差にまで縮めたことを忘れてはならない。今ブエルタはいまだ8ステージ残っている。しかも翌第14ステージからは、3日連続の難関山頂フィニッシュが待っている。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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