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ゴール前1kmのアーチを抜けた直後に、マッテオ・トレンティンは突如として姿を現すと、軽やかに優勝をさらいとった。初めてのグランツールで、初めての逃げに乗った山本元喜は、長い長い1日を区間23位でたくましく締めくくった。フィニッシュゾーンにたどり着いての第一声は、「抜かれなかった!」だった。山本到着のほんの22秒後に、マリア・ローザ集団が猛烈なスプリントでラインを駆け抜けた。
いつもなら大会のフィナーレを受け入れるミラノに、今年のジロ一行は、立ち寄る余裕などなかったようだ。郊外を少しかすめただけで、大急ぎで遠ざかって行った。なにしろ、この日の旅は、2016年ジロ最長の240kmなのだ!
ちなみに5月最後の週末、ミラノはピンク色に染まる代わりに、スペインのサッカーファンたちに占拠される。サン・タンナ・ディ・ヴィナディオの山頂フィニッシュにて、ジロの総合争いが(おそらく)全て決したほんの数時間後、ミラノのジュゼッペ・メアッツァ競技場にて、欧州サッカークラブナンバーワン決定戦UEFAチャンピオンズリーグの決勝戦レアル・マドリードvsアトレティコ・マドリードがキックオフする。
3度目の休養日には、「第17ステージで逃げられたら」と山本元喜は語っていた。しかし前日は、一発の加速であっさり3人が逃げ出し、試みることすらできなかった。だから、この日の朝、再び決意を固めた。「今日トライしてみよう」と。
「今日もしも逃げに乗ったら、明日とあさっての山がとてつもなくきついものになるかもしれない。それでも試そうと思ったんです。監督には何も言いませんでした。もしも『逃げたい』と意思表示したら、『やめておけ』と言わるかもしれない。それなのに逃げにトライしたとしたら……、それは命令に背く行為になりますから。だったら何も言わずに、行動に出ようと決めたんです」(山本元喜、ゴール後インタビュー)
スタート直後に、やはり比較的あっさりと、逃げが出来上がった。山本もしっかり滑り込んだ。集団は24人と巨大で、しかもマリア・ローザのステフェン・クルイスウィク擁するロットNL・ユンボが、快く逃げ切りを容認した。おかげでエスケープは最大で約14分ものリードを手にすることになる。このリードは最後までほとんど縮まることがなかった。
「スタート前から、今日は逃げが最後まで行くだろうと分かっていた。それに、誰が行くのか、どのチームが行くつもりなのか、というのも大体見当がついていた。ジロの終わりはたいてい予想通りに物事が運ぶ。だから僕らはレースをコントロールして、安全に過ごすことを選んだ。チームは完璧な仕事をしてくれた」(クルイスウィク、公式記者会見)
全22チーム中、15チームが前方に選手を送り出した。うち未だに区間勝利を手にしていないのは8チーム。とりわけBMCとキャノンデール、ティンコフが貪欲に攻めた。たとえばBMCは2日連続で逃げたダニエル・オスが必死に牽引し、ステファン・クンが起伏でアタックを仕掛けた。ティンコフからは、やはり2日連続で逃げたパヴェル・ブラットが加速を切ると、1回目のフィニッシュライン通過を単独先頭で走りぬけた。キャノンデールが吸収のために、スピードアップを敢行した。
「できるだけ集団の後ろに姿を隠して、力を温存するよう努力しました。小さな起伏でアタックの打ち合いが始まると、一気にきつくなりましたが、それでも必ず最後には集団はひとつにまとまっていました。でも、フィニッシュ後の登りでぐんとスピードが上がって、そこで振り落とされてしまいました」(山本元喜、ゴール後インタビュー)
旧市街の、石畳の激坂で、前方集団は一気に10人程度に絞り込まれた。ブラットが回収され、そのまま2級プラマルティーノ峠に突入すると、今度はチームメートのジェイ・マッカーティーが攻撃に転じた。4.6kmの山道では、キャノンデールのモレノ・モゼールも単独で加速を試みた。
しかし、重要なアタックを作り出したのは、むしろエティックス・クイックステップだった。今大会すでに区間3勝、マリア・ローザ着用6日間、第4ステージ以降マリア・ビアンカ着用……とすでに大いなる成功を収めてきたベルギーチームの、野心が決して鎮まることはなかった。前日はポイント収集に走ったトレンティンが、この日は山道をがむしゃらに牽引すると、第8ステージ勝者ジャンルーカ・ブランビッラを高速で発射した。マリア・ローザを2日間着た男のリズムにしがみつけたのは、モゼールだけだった。
67年前に「ただ1人の男」ファウスト・コッピが伝説的な大逃げを決めたピネローロの町へ、「2人の男」が先頭で突進していく。上りも下りもほぼ互角だった。ゴール前2.2kmの石畳の激坂は、順番にアタックを打ち合うも、やはり引き分けに終わった。そこからの下りは、ブランビッラがヘアピンカーブを危険なほど積極的に攻めた。
ところが、ゴール前1.4km、突然ブランビッラが攻撃的態度を封印した。モゼールの後輪にぴたりと張り付くと、しきりと後方を気にし始めたのだ。
実は、チームカーからの無線で、「引くな」との指示が入っていた。ほんの10秒ほど後ろに、チームメートが迫っていたからだ。2人から48秒遅れで山頂を越えたトレンティンは、見事なダウンヒルテクニックでサッシャ・モドロ、イヴァン・ロヴニー、ニキアス・アルントを捕らえた。さらには激坂で、邪魔者を振り払っていた。
「登りの時点で、前に追いつけると信じていたかって?いやあ、どうだろう、分からないや。ただブランビッラを山で助けた後は、ひたすら自分のペースで走り続けた。おかげで息を吹き返して、山頂までに体力を取り戻すことができたんだ。前を行く3人に追いついた後も、ブランビッラがさらに前にいたおかげで、後ろに張り付いているだけでよかった。体力をさらに温存することができたのさ」(トレンティン、公式記者会見)必死にフィニッシュへと突き進むモゼールは、僕が追いついてきていることに気がついていなかったんだろうなぁ……、びっくりしただろうね……、といたずらっ子のように笑うトレンティンは、ゴール直前350mで2人に追いつくと、そのまま鮮やかに抜き去った。勝者のガッツポーズの背後では、チームメートを上手く勝たせたブランビッラも両手を挙げた。
「ファンタスティックなチームワークと、見事な戦術とでつかみ取った勝利だよ。しかも僕が、ゴールまでの地形を熟知していたことも、勝利の鍵だった」(トレンティン、公式記者会見)
すでにツール区間2勝&パリ〜トゥール優勝と、お隣の国フランスでは大きな成績を残してきたトレンティンにとって、母国のイタリア一周で手に入れた初めての嬉しい勝利だった。
翌日のフランス入りを前に、総合上位には大きな変動はなかった。起伏が訪れるたびに、強豪たちはクルイシュウィクに揺さぶりをかけた。スプリントを仕掛けては、マリア・ローザを引き剥がそうと試みた。ただ終わってみれば、広い肩幅でピンク色を着こなすオランダ人の強さが、改めて証明されただけだった。総合1位〜9位までの選手は、揃ってトレンティンから13分24秒遅れで240kmを走り終えた。
「このジャージを身にまとって、さらに自信が強まったし、さらに快適に走ることができている。あらゆる瞬間を楽しんでいるよ。アルプス2連戦を恐れてはいない。僕は長い登りで常にトレーニングを積んできたし、なにより長い登りを得意としているから」(クルイスウィク、公式記者会見)
トリノ到着まであと3日。マリア・ローザと表彰台を巡る争いも、山本元喜の初めてのグランツール完走へ向けた戦いも、イタリアとフランスの国境沿いにまたがる2000m超の巨大な山々でクライマックスを迎える。
「これまでも、自分が普通に上っている脇で、ものすごく苦みながら上っている選手をたくさん見てきました。だから、今日の分の疲れを差し引いても、そういう選手たちと同じくらいには上れるんじゃないかと考えています。まあ……、それで、もしも打ち切られたとしたら……仕方がないですね。でも、とにかく、最後まで走りきりたい。本来の目標である完走を、絶対に果たしたいとと思っています」(山本元喜、ゴール後インタビュー)
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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