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サイクル ロードレース コラム 2016年7月3日

ツール・ド・フランス2016 第1ステージ レースレポート

サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか
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スプリンターにとってのD-デイに、マン島の特急列車が速攻を成功させた。現役最多のツール区間勝利数を誇るマーク・カヴェンディッシュが、これまでどうしても手に入れられなかった初日ステージ優勝を、上陸作戦の地ユタビーチでつかみとった。念願のマイヨ・ジョーヌを初めて身にまとい、愛娘には素敵な黄色のブーケをプレゼントした。一方では3週間後の黄色を目指すアルベルト・コンタドールが、アスファルトに激しく転がり落ちた。フィニッシュ直前でも集団落車が発生した。なにより2月の落車骨折から復帰したばかりの新城幸也が、単独で地面に叩きつけられた。大会初日に、右肩と左手指を痛めた。

荘厳なるモン・サン・ミシェルの上空に、フランス空軍が青白赤のトリコロールを描き出した。豊かなな水に囲まれた小島から、色とりどりの198選手が――チームジャージから、ナショナルチャンピオンジャージ、さらには世界チャンピオンジャージまで――一斉に走り出した。まるで映画の一場面のような、美しく豊かなイメージと共に、第103回ツール・ド・フランスの幕は明けた。

戦いはゼロkm地点で早くも始まった。なにしろ大会最初の山岳賞の行方は、スタートからわずか40kmで決する。20.5km地点に4級が1つ、39km地点に4級が1つ。だからヤン・バルタ、ポール・ヴォス、そしてリー・ハワードの3選手は大急ぎで飛び出した。

たった3人しかいないエスケープ集団に、つまり、ボーラ・アルゴン18所属選手が2人も滑り込んでいた。主催者によるワイルドカードで、3年連続でフランス一周に乗り込んできたドイツチームにとって、ツール表彰台といえばいまだバルタの2度の「敢闘賞」止まり。だから今回は、ヴォスがもう一つ上を狙いにいった。1つ目の峠の手前でアタックを仕掛けると、そのまま2つ目の峠まで単独先頭で駆け抜けた!

「最初は、1つ目の上り前にアタックして、25kmもソロで逃げようなんて、なんて馬鹿げたアイディアだろうかと考えたものさ。でも、赤玉ジャージを手に入れられることに気が付いて、全力を尽くした」(ヴォス、チーム公式HPより)

1日の終わりには、2016年最初の山岳賞ジャージが、ヴォスの上半身に収まった。もちろんチームにとっては、2010年創設以来初めて授けられた、ツール副賞ジャージの栄誉だった。

大会最初の逃げは、少々変則的だった。実は前を行く3人の背後で、ほんの少し遅れて、アントニー・ドゥラプラスとアレックス・ハウズが追走に乗り出したのだ。ヴォスの独走中に、後発組の2人はバルタとハワードに追いついた。2つ目の山が終わると、ようやく5人はひとつの集団にまとまった。ただし、この協調体制も、そう長くは続かなかった。目標を果たし終えたヴォスが最初に脱落し、先発組の残り2人もプロトンへと帰還していった。ラスト50kmに差し掛かるころには、ドゥラプラスとハウズだけが先頭を突き進むことになる。

後方のメイン集団は、入れ代わり立ち代わり前に立つ5選手に、最大4分半程度のリードしか許さなかった。2つのベルギーチームが、それぞれドイツ人エーススプリンターのために、非常に厳しくタイム差制御を取り締まった。しかも三方を海に囲まれているコタンタン半島を、絶えず吹きぬける風が、分断を何度となく誘発しかけた。特に総合系選手たちはひどい緊張感を強いられた。それでなくとも、グランツール初日は、ただでさえ緊張感に満ち溢れているというのに。

そんなゴール前77kmだった。アルベルト・コンタドールが、数人のチームメートと共に、アスファルトの上に折り重なった。グランツール7冠王者のジャージは大きく破れ、傷だらけの肩や背がむき出しになった。多くの関係者がひやりとさせられたに違いない。2014年第10ステージ、落車で右ひざを骨折したときの悪夢がよみがえる……。

「この先はアイシングして、マシーンで治療して、炎症がこれ以上ひどくならないよう努力していくしかない。体の右半身すべてを削られた。足首から肩まで。これが自転車レースさ。たとえ何か月もかけて集中して調整をしてきても、落車は起こるべくして起こるもの」(コンタドール、チーム公式リリースより)

マイヨ・ジョーヌ候補の一大事に続き、ラスト27kmでは、日本の新城幸也が単独でバランスを崩す番だった。ノルマンディの細い田舎道で、集団全体にブレーキがかかった瞬間だった。プレスリリース「Teamユキヤ通信」によれば、「新城の前を走っていた選手のペダルが外れ、新城の前輪を蹴りあげるような形で脚が当たり、前輪をすくわれた」とのこと。

両選手ともに、幸いなことに、落車後すぐにメイン集団に復帰を果たしている。また、両者ともに、走行再開後には、ドクターカーで治療を受けた。新城は左手薬指に包帯が施された。それぞれに区間勝者とタイム差なしの先頭集団で、無事に1日を終えることもできた。新城に関しては、フィニッシュ後には、右肩をかばうようにしながら自転車を降りた。その後右肩を軽く回した後、ただ「ダメ、痛い」と一言口にし、頭を振りながら現場を立ち去っている。

ドゥラプラスとハウズ、つまりマンシュ県で生まれ育ったずばり「レジォナル(地元っ子)」と、アメリカ人ながら若き日はフランスで、現在はスペインで暮らす国際派の逃避行は、フィニッシュ手前4.5kmまで続けられた。

「188kmを通して、あらゆるところで、僕の名前を叫ぶ声が聞こえてきた。きっとプロトンの外国人選手たちは、僕に嫉妬したんじゃないかな。すごく気分がよかった。最高の1日を過ごすことができた。きっと今夜は、足が痛くなるだろうけど。でも、あんなふうに応援してもらったら、足の痛みだって忘れてしまうものなんだ」(ドゥラプラス、ゴール後ミックスゾーンインタビューより)

敢闘賞赤ゼッケンの行き先が、大方の予想と希望にのっとってフランス人ドゥラプラスに決まると、その後のプロトンはただひたすらスプリントフィニッシュへと突き進んだ。辺鄙な海岸へと続く道は、あたりに遮るものが一切存在しない。強い追い風が、暴れ放題に吹き付けていた。しかもラスト5kmは、ゆるやかな下り気味。否が応でもスピードが出る状況だった。1日中コントロールに努めてきたロット・ソウダルとエティックス・クイックステップは、細い道の両脇で列車を走らせた。中を突いてカチューシャも前方へと競りあがった。白と黒を基調としたディメンションデータも、ゴール前500m、ど真ん中から猛烈な加速を切った。

「僕はまずエドヴァルド・ボアッソンハーゲンの後輪に潜んでいた。でも、自分で加速する前に、マーク・レンショーの後輪に入って待つほうが賢明だと考えた。サガンが右側に隙間を残していたのも、僕にはちょっとラッキーだったね。そこに全力で飛び込んだ」(カヴェンディッシュ、公式記者会見より)

得意の爆発力で一気に前に出た。31歳の背後では、世界チャンピオンの26歳ペーター・サガンや、28歳のマルセル・キッテルが猛烈に加速していた。特に自分からすべてを奪っていった男……、「世界最速」の称号を奪い、シャンゼリゼ連覇を4で止め、元所属チームから押し出し、さらには「初日勝利・初日マイヨ・ジョーヌ」の機会をあっさり2回さらい取った、そんなキッテルはすさまじい追い上げを見せた。

「でも、誰にも抜かれなかったのさ!」(カヴェンディッシュ、公式記者会見より)

キッテルを2位、サガンを3位、アンドレ・グライペルを4位に押しのけて、カヴが自身27回目のツール区間勝利を手に入れた。「すべての勝利がスペシャルで、1つ1つの勝利が人生を変えてくれた」と何度も繰り返すカヴェンディッシュだが、それでも、やはりこの勝利は特別だ。だってコルシカでは集団落車に阻まれ、ヨークシャーでは自らが激しい落車の犠牲となった。どうしても大会初日勝利=マイヨ・ジョーヌにだけは、手が届かずにいた。

「このジャージがどれだけ欲しかったことか!今大会は僕にとってチャンスは1度きりだったから、絶対に失敗できなかった。僕はこれまでたくさん区間を制してきたけれど、今回は、信じられないような喜びが湧き上がってくるのを感じる。ファンタスティックな感動だ」(カヴェンディッシュ、公式記者会見より)

ジロのマリア・ローザを4日間、ブエルタのマイヨ・ロホをすでに2日間着た経験を持つカヴにとっては、3大ツールリーダージャージ収集を完成させた瞬間でもあった。ちなみに2016年ツールのプロトンで、3大ツール全リーダージャージの経験を持つのは……コンタドールとヴィンチェンツォ・ニーバリしか存在しない。

カヴは旧友(ボアッソンハーゲン、レンショー、ベルンハルト・アイゼル)や新列車隊員(レイナールド・イョンスファンレンスブルク)に惜しみない感謝の意を表明した。仲間たちの支えさえあれば、再び勝利街道を突っ走り、区間勝利数を重ねていけると信じている。往年の勢いさえ取り戻せれば(1大会で4〜5勝上げるような)、ステージ勝利数史上2位のベルナール・イノー28勝に、今大会早くも追いつき、追い越せするかもしれない。さらにはエディ・メルクスの34勝に、いつか並ぶことだって……!

残念ながらボアッソンハーゲンはゴール前500mの集団落車に巻き込まれた。総合争いのキーとなるゲラント・トーマスや、第2ステージの優勝候補に挙げられるマイケル・マシューズも地面に転がり落ちた。ゴール前3kmからの落車・メカトラブルはタイム救済措置が取られるため、関係したすべての選手にカヴェンディッシュと同じゴールタイムが与えられた。

宮本あさか

宮本 あさか

みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。

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