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サイクル ロードレース コラム 2016年7月14日

ツール・ド・フランス2016 第11ステージ レースレポート

サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか
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「リスクを冒さなければ、何も手に入らない」。こう語るペーター・サガンは、ゴール前12km、力づくで分断を作り出した。「奪える秒は、すべて奪っていく」。こう予言していたクリス・フルームは、ごうごうと吹き荒れる風に逆らって、自ら穴を埋めた。4人の小さな集団では、マイヨ・ジョーヌとマイヨ・ヴェールがスプリントを争った。サガンは今大会2つ目の区間勝利と共に、緑用の67ptを荒々しくもぎ取って、ポイント賞首位の座を固めた。区間2位の総合首位は、6秒+ボーナスタイム6秒を手に入れ、またほんの少し、ライバルたちからリードを開いた。

天高くそびえる糸杉は大きくたわんだ。煤けた茶色の平地を貫くアスファルトには、斜めのラインがいくつも描かれた。フランス風の自転車用語でいえば、「扇子が開かれた」。地形だけを見れば単純なスプリント向け平坦ステージなのだが……。いつものように、山から北北西の風が吹き降ろし、予想通りに、クレイジーな分断の試みが繰り返された。

2人の逃げから1日は始まった。フランスチャンピオンジャージを身にまとうアルテュール・ヴィショが、革命記念日の前日に飛び出しを仕掛け、リー・ハワードが賭けに乗った。その背後では、落車が相次いだ。特に山岳ジャージ姿のティボ・ピノが、数人の選手と共に、道端のくぼ地に転がり落ちた。曲がりくねった細い道でも、次々と選手が犠牲となった。後方の喧騒をよそに、2人の小さなエスケープ集団は、4分半のリードをさらい取った。

そして、突然、進撃のラッパが鳴らされた。ゴールまで90km。ピリピリとした雰囲気を漂わせつつも、静かにリズムを刻んでいたプロトンから……、ティンコフの蛍光イエローが猛烈な加速を始めたのだ!!あっという間に、プロトンはズタズタに切り裂かれた。

風+ティンコフ+分断、といえば2013年大会第13ステージの、アルベルト・コンタドールが仕掛けた突撃が思い出される。あの時は14人が前方に走り出した。マーク・カヴェンディッシュが区間を制し、マイヨ・ヴェールのサガンは2位に泣いた。マイヨ・ジョーヌのフルームは分断の罠にはまり、コンタドールに1分09秒を譲り渡した。ただし3年前とこの日とは、決定的な違いがあった。今年のティンコフは総合のためではなく、サガンの区間とポイント賞のために攻めを仕掛けていた。苦い経験から教訓を引き出したフルームは、頼もしいアシストたちに支えられ、用心深くプロトン前線に留まっていた。

北クラシック巧者の多いエティックスやBMC、トレックも、それぞれに大きな一撃を試みた。遮るものの何もない一本道で、分断は避けようがなかった。落車で体を痛めたピノや、前日の奮闘で疲弊したマイケル・マシューズは、非情にも後方へと押しやられた。幸いにも、小さな村の小さな道に入ると、風は弱まり、速度も落ちた。すると遅れた選手たちは、そまるでヨーヨーのように追いついていきて……。そしてまた、荒野に出れば、新たな分断の始まり。一列棒状になって、斜め隊列が出来て、どこかに裂け目ができ、亀裂はどんどん広がっていく。

ヴィショとハワードの2人は、フィニッシュまで60kmも残して、あっさり吸収された。クレイジーな駆け引きは延々と続けられた。ただしゴール前49km、中間スプリントをマルセル・キッテルが制し、サガンとカヴェンディッシュが続くと、ほんの少しだけプロトンの勢いが緩んだ。総合系選手を擁するスカイやモヴィスター、アスタナが集団前方に居並び、走行リズムの調整に努めた。おかげで、必死の追走を続けてきた選手たちも、ようやくほっと一息ついた。

ほんの一時的なやすらぎだった。ゴールまで30kmを切ると、再びプロトンは縦にどんどん引き伸ばされていった。総合系もスプリンター系も、前方に留まろうと歯を食いしばった。目の前の選手の後輪から絶対に引き離されまいと、必死に風の中でもがきつづけた。

ゴール前12km。前方に2選手が飛び出した。サガンと……、3年前のあの日もやはり、サガンと共に分断に飛び乗り、リーダーを精一杯助けたマチェイ・ボドナールだった。背後のあらゆるしがらみを、力づくで断ち切るように、ティンコフコンビがほんの少しずつ、集団から、距離を開いていった。

たった1人だけ、その穴をどうにか埋めようと、がむしゃらにペダルを回す選手がいた。黄色のフルームだ!

「サガンが飛び出したのを見て、行かなきゃならない、と感じた。簡単なことじゃなかった。とにかく全力でペダルを回した」(フルーム、ゴール後TVインタビュー)

ほんの数日前に下りアタックで衝撃を与えたフルームが、今度は平坦でどでかいサプライズを演出した。北クラシック巧者のゲラント・トーマスが、やせっぽちのヒルクライマーの後を慌てて追いかけるという、まるで冗談のようなシーンさえ繰り広げられた。

「自問自答したんだ。行く価値があるだろうか?って。でも、とにかく僕は、あらゆる地形でライバルたちからタイムを奪わなきゃならない。特にキンタナは、3週目に強い選手だからね。だから彼からタイムが奪えるなら、いつだってどこだって、僕は行くのさ」(フルーム、公式記者会見)

マイヨ・ジョーヌとマイヨ・ヴェール(と、トーマスとボドナール)が、プロトンを背負って、風の中を逃げている。エディ・メルクスやベルナール・イノーの時代なら、きっとよくある風景だったに違いない。しかし21世紀の自転車競技においては、とてつもなく非現実的な状況であり……。

「クレイジーだった。あんな風の中では、あらかじめ筋書を書くことなんて、到底不可能だったさ。ただ、驚きはしなかった。フルームは1日中、集団の先頭にしっかり位置取りしていたから。とにかく、ファンたちが楽しんでくれたら、僕は嬉しいんだ。僕自身はすごく楽しんだよ!」(サガン、ゴール後TVインタビュー)

「僕はただレースを楽しんでいる。ダウンヒルでアタックをかけたり、平地でアタックしたりというのは、ただ楽しいからやっただけ。誰かから強制されたからではなく、ただ僕の喜びであるからなんだ」(フルーム、公式記者会見)

駆け引きなんてしている暇もないほど、4選手は夢中で先頭交代を繰り返した。ただ「ゴー、ゴー、ゴー」と叫びながら、前へ前へと突進した。集団が猛スピードで追いかけてくるのを感じながら、ゴールスプリントに突入した。すでに1勝しているサガンは、本当はボドナールに、初めての区間優勝をプレゼントするつもりだったそうだ。小さく肘で合図し、2010年からずっと一緒に走ってきたチームメートに、加速をうながした。

「ボドナールを勝たせたかった。今日は信じられないような仕事をしてくれたからね。でもフルームがスプリントを切った。だからチームに勝ちを留めおくためには、僕自身が行く必要があったんだ」(サガン、ゴール後TVインタビュー)

後方のボドナールの小さなガッツポーズと共に、チームリーダーが区間2勝目を手に入れた。必死にもがいたフルームは、平地ステージで区間2位という驚異的な成績を収めた。

スプリンターたちは、貴重なスプリント機会を失った。6秒後に滑り込んできた大集団では、アレクサンドル・クリストフが先頭を取ったが、なんの慰めにもならなかった。中間スプリントを必死に戦ったスプリンターたちにとっても、マイヨ・ヴェールはさらに遠ざかった。サガンは2位以下へのリードを90ptに開き、緑色のジャージをしっかりと着こんでいる。最終盤にメカトラの犠牲になり、集団ゴールさえ果たせなかったマーク・カヴェンディッシュは、すでに白旗を上げた。

「そもそも彼からジャージを奪おうなんて考えたのが無駄だった。サガンに立ち向かえる選手なんて、今のプロトンにはほとんど存在しないだろうね。彼は本当に、特殊な選手だから」(ゴール後インタビュー)と、区間3勝のピュアスプリンターは白旗を上げた。

ほとんどの総合ライダーたちは、フルームから揃って12秒(ゴールタイム6秒差+ボーナスタイム6秒)を失った。あまりに厳しかった1日の終わりに、被害を最小限に食い止められたと考えるべきだろうか。それともフルームには「もはや手も足も出ない」と、精神的に刷り込まれてしまった?前日まで総合5位につけていたホアキン・ロドリゲスと9位ルイ・メインチェスに限っては、1分以上を失い、総合でもそれぞれ12位と13位に陥落した。

「今日エネルギーを使いすぎてなきゃいいけど。だって明日は、モン・ヴァントゥだから」(フルーム、ゴール後インタビュー)

そんな「明日」を、つまり7月14日を楽しみにしている自転車ファンにとって、少し残念なニュースが飛び込んできた。今ステージでは地方風トラモンターヌが選手をさんざん悩ませたが、はげ山のてっぺんでは、別の地方風ミストラルが時速100kmで吹き荒れている。選手たちの安全を優先して、山頂フィニッシュは中止された。代わりに6km手前の、シャレ・レイナール(レイナール小屋)にフィニッシュラインが引かれる。伝説の山、モンヴァントゥのてっぺんを勝ち取りたい……と、熱望しているピノにとっても、残念な知らせだった。ちなみにこの日、赤玉ジャージだけでなく、山岳賞2位のラファル・マイカもまた、落車の犠牲となった。

多くのフランス人にとっても、恨めしい風である。この日のコース沿道でも、乾燥と風のせいで火災が発生し(幸いにも犠牲者はいなかった)、プロトンが煙に巻かれることもあった。なにより南フランス全体に花火禁止令が出された。革命記念日のお祭りは、少々控えめに、行われることになる。

宮本あさか

宮本 あさか

みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。

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