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山も風も、悪天候も乗り越えて、パリまで3週間かけて走り切った甲斐があった。ここまでの20日間どうしても勝てなかったアンドレ・グライペルは、大会最後のスプリント直後に大きな笑顔を見せた。クリス・フルームは、1日中、笑顔だった。1分13秒ものタイムを悠々と使って、2016年ツール最後のフィニッシュラインを、8人のチームメートたちと揃って越えた。
長い伝統に則って、ツールのプロトンはゆっくりとパリへ向かった。厳しかった総合争いは、前夜すでに、アルプスの雨降るモルズィーヌで幕を閉じていた。しかもマイヨ・ジョーヌは、総合2位以下に、4分05秒もの揺るぎない大差を有していた。だから、なおのこと、お天気の良い最終日を満喫したかったに違いない。ヘルメットやジャージ、ハンドルテープに黄色をあしらった仲間たちと、道すがらビールで乾杯したり、写真撮影をしたりと、フルームは思い切り楽しんだ。
「チームメートたち、そして支えてくれたチームのみんな、これは君たちのジャージでもあるんです。君たちの協力と犠牲とがなければ、僕がこの場に立っていることはなかったでしょう。本当にスペシャルなチームです。僕もその一員であることに、誇りを感じます」(フルーム、優勝者スピーチ)
シャンゼリゼに入る前に、残念ながら、トニー・マルティンはパーティーからの退席を余儀なくされた。前日から苦しんでいたという左膝の痛みが、耐えられないものになってしまったからだ。パリには残る174人で入場した。北のマンシュ県を3週間前に走りだしたのが198人だったから、つまり、たった24人しか途中棄権しなかったことになる。2010年大会の166人完走を大きく上回り、ツール史上最多の完走人数を記録した。
ところでフルームもチーム スカイも、シャンゼリゼに先頭で入場することに関して、それほどこだわりはなかったようだ。むしろ2016年限りで自転車降りる37歳ホアキン・ロドリゲスに、パリジャンの歓声を真っ先に浴びる権利を、喜んで譲り渡した。2013年、つまりフルームが初めてのツール制覇を成し遂げた年に総合3位に入った「プリト」は、世界で一番美しい大通りへひとり先頭で走り込んだ。コースの両脇にびっしりと詰めかけた観客に、笑顔で別れを告げた。
その後は「型」通りに、すぐさま大会最後の逃げ集団が出来上がった。7人が石畳の周回を疾走した。この夏惜しみなくリーダーのために戦い続けたワウテル・ポエルスも、最後の数キロだけは、前方へと躍り出る許可を得た。また2005年にパリで驚きのアタック勝利を奪い去った祖国の先輩アレクサンドル・ヴィノクロフに倣って、アレクセイ・ルツェンコが加速を打ち、大会序盤にマイヨ・ジョーヌを3日間楽しんだフレフ・ヴァンアーヴェルマートが、後に続いた。
しかし最後には、予想通り、集団はひとつになった。ただし、すぐにまた、集団は散り散りにばらけるのだ。なにしろ8周回目の果ての栄光を追い求めて、スプリンターたちは前を急いだ。かなりの僅差でひしめき合う総合2位〜10位(7位ロドリゲスを除く)も、最悪の衝撃を避けるために、必死でスピードを保ち続けた。そして3週間の果ての感動をしみじみと噛みしめたい選手たちは、ペダルを回す脚をほんの少しだけ緩めたから。
俊足スプリンターの中でも、一番に前を急いだのが、グライペルだった。1年前は区間4勝と大躍進し、しかもシャンゼリゼでの勝利が、成功に華を添えたものだ。しかし今年はどうにも勝てぬまま。ここまで鬱々と耐えてきた。だからアレクサンドル・クリストフを高速で抜き去り、後輪から猛然と駆け上がってきたペーター・サガンを抑えこむと……、ゴリラは感情を爆発させた!
「言葉で表現できない。ただ今日の僕たちが成し遂げたことを、ものすごく誇りに思う。チーム全体は、3週間通して、僕を信じ続けてくれた。常にトライし続けた。ついにはデヘントと僕との区間2勝で、チームは今ツールを締めくくることが出来た!最高だね」(グライペル、ツール公式インタビュー)
31秒遅れの集団では、新城幸也が、パリ到着の特別な喜びを味わっていた。2月の大腿骨骨折からわずか5ヶ月。驚異的な回復を見せて、ツール出場の切符をもぎ取った。第6ステージには逃げに乗り、敢闘賞さえも授与された。そしてこの日、ついに6度目のツール完走を成し遂げたのだから!
「シャンゼリゼに入ってきた時は、いつも通り、気持ちよかったです。やっぱりツールは格別です。怪我のことは……、もう今年のようなことじゃないような気がしています。ただ、今年こうしてツールを走れたことは、これからの僕のモチベーションになりますね。正直言えば、今年のツールでは何も出来ませんでした。もうちょっといい走りが出来たらよかったんですけれど、それでもこうして3週間走り切ることができました。また来年、この『非日常的』なツールの舞台に、帰ってきたいですね」(新城幸也、囲みインタビュー)
クリス・フルームにとっては、人生3度目の大きな達成だった。チームメート8人と横一列に肩を組みあい、ツール史上7人目の3勝選手となった、まさにその瞬間を一緒に味わった。
「素敵な気分だ。すでに2度勝っているからと言って、シャンゼリゼを走りながら溢れてくる感動は変わらない。チームメートたちは毎日空っぽになるまで働いてくれた。だから、これがチームスポーツであり、みんながチームのために働いてきたこと……をフィニッシュラインで見せることが重要だったんだ」(フルーム、ゴール後TVインタビュー)
ペーター・サガンは5年連続のポイント賞を、ラファル・マイカはキャリア2度目の山岳賞を、そしてアダム・イェーツは生まれて初めての新人賞をそれぞれ持ち帰った。ナイロ・キンタナは、またしてもマイヨ・ジョーヌ獲得に失敗し、しかも初めて「フルームの次点」の地位も逃した。ただ総合3位と、チーム総合首位で、満足するしかなかった。
そしてもちろん、表彰台の上から2番目の場所には、フランス人のロメン・バルデの姿があった。1985年にツール・ド・フランスを勝ち取ったベルナール・イノーは、相変わらず、「フランス人最後の勝者」という称号を捨てられないままだ。しかしツール5勝のアナグマが、ジャージ授与係から引退するこの年に、大会の母国は小さな希望を見つけた。
「とてつもない喜びを感じている。全てがパーフェクトに進んだ。過去のツールでは、大会終了時に、小さなフラストレーションを抱いたものだけれど、今年はそれが一切ない。ただこの瞬間を心から味わって、記憶に刻みつけるだけ」(バルデ、ゴール後TVインタビュー)
厳重な警戒態勢が敷かれたパリで、幸いにも何の問題も起こらず、平和に2016年ツール・ド・フランスは幕を閉じた。フルームは表彰台の上から、妻ミシェルさんと愛息ケレン君に勝利を捧げた後、テロ犠牲者に哀悼の意を示し、ツールへの変わらぬ愛を表明した。そして最後には、フランス語で、フランスの観客に語りかけた。
「このような難しい時であるにも関わらず、あなた方がくれた優しさに感謝します。この国には、世界で一番美しい自転車レースがあるのです。そしてこのマイヨ・ジョーヌを身にまとうことは、僕にとって大きな名誉です。ツール万歳!フランス万歳!」(フルーム、優勝者スピーチ)
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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