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写真:マイヨ・ジョーヌを着たフルーム
クラッチの焼ける匂いが、わずか3度目の登場ながら、すでにツールの名物となった激坂に立ち込めた。アスファルトが溶けるほどの灼熱の太陽の下で、最大勾配が20%を超える怪物を、ファビオ・アルが先頭でよじ登った。2012年、2014年に続いて、プランシュ・デ・ベルフィーユが大会の主役をあぶりだし、ディフェンディングチャンピオンのクリス・フルームが早くもマイヨ・ジョーヌを身にまとった。
前夜の世界チャンピオン失格劇で大きく揺れたヴィッテルから、今大会最初の本格派山頂フィニッシュへと走り出した。先陣を切ってアタックを打ったのは、トマ・ヴォクレールだった。ヴォ―ジュ山脈と隣接するアルザス地方で生まれ育った38歳は、18日後に自転車を降りる前に、自らの名をもう一度ツールの歴史に刻みたいと熱望していた。「逃げたいと思ってるけど……、きっと今日は100人くらいが逃げたいって思っているんじゃないかな?だって厳しいのは最終峠だけだから」とスタート前に語ってはいたけれど、区間4勝&マイヨ・ジョーヌ通算20日間を誇る大逃げ巧者の動きに、上手く追随できたのは7選手だけだった。
出来上がったのは、かなりの実力派集団。ヤン・バークランツ、エドヴァルド・ボアッソンハーゲン、トーマス・デヘント、ミカエル・ドラージュ、ピエールリュック・ペリション、ディラン・ファンバーレに、そしてフィリップ・ジルベール!ただ実のところ、最後の1人は、どうやら「100人くらい」の範疇には入っていなかった。
「予定なんかしてなかった。ただ楽しみたいと思っていただけ。あんなフィニッシュが僕には勝てないことくらい、分かっていたよ。それでも、何か、僕にもできることがあるに違いないと考えた。前に飛び出した瞬間から、少なくとも、『何かをトライした』ことへの対価は得られるものだから」(ジルベール、ミックスゾーンインタビューより)
壁のような全長5.9kmの激坂だけが、逃げ切り勝利を阻んだわけではない。むしろ後方でリッチー・ポート擁するビーエムシー レーシングチーム(BMC)が精力的に制御を行ったせいだった。タイム差は最大3分程度しかもらえなかった。残り13kmでは自ら力強いアタックを打ち、同じベルギー人のバークランツだけを連れてぎりぎりの逃避行を続けたが、すでにスピードの塊となっていたメイン集団に最終峠で飲み込まれていった。気温が35度まで上昇した猛暑日に、35歳の誕生日を迎えたジルベールにとって、逃げの対価……つまり自分へのプレゼントは赤いゼッケンの敢闘賞となった。
山の日ではあったけれど、スプリンターたちにも奮闘する理由があった。5年連続マイヨ・ヴェールを独占し続けてきたペーター・サガンが、危険行為を咎められ、賛否両論巻き起こしつつ大会を去り、これまで区間30勝を荒稼ぎしてきたマーク・カヴェンディッシュが、落車による右肩骨折でツール続行を断念したからだ。つまりポイントを奪い合うライバルの数は減り、緑ジャージの間口が少し広がった。だからこそ中間ポイントでは、いつにも増して熾烈なスプリントが争われた。前でも、後ろでも。
最前線では、ボアッソンハーゲンがポイント獲得に走った。後方ではマイケル・マシューズ、マルセル・キッテル、アレクサンドル・クリストフ、アルノー・デマール、ソンニ・コロブレッリ等々が接戦を展開。マシューズが9位でメイン集団先頭通過を果たし、開幕時には「緑は狙わない」と宣言していたデマールがマイヨ・ヴェールの座を守った。
プランシュ・デ・ベル・フィーユの坂道に突入するころには、1日中働いてきたBMCのアシストたちは疲れ果て、すでに次々と脱落し始めていた。代わりにチーム スカイが集団先頭を奪った。いつもの黒い列車ではなく、白く爽やかな山岳トレインが、恐ろしく機械的なテンポを刻んだ。登坂口からいきなり10%近い勾配が襲い掛かる激坂で、メイン集団はあっという間に小さくなっていく。
その隊列の背後から、ラスト2.4km、ファビオ・アルは猛然と飛び出した。「まるでブエルタみたい」と評判の山で、2015年ブエルタ覇者は、特徴的なダンシングスタイルで執拗に加速。素早くライバルたちとの距離を開いた!
「この山を上った経験はなかった。だからフルーム(2012年)やニバリ(2014年)が優勝した時の映像を見た。そのビデオを見ながら、今日まさに加速を切った場所で、アタックしようと決めた。それに常にアタックを試みるべきなんだ。だって無料だからね。だから調子が良いときは、いつだって試みるようにしている。今日もそうだった」(アル、公式記者会見より)
写真:区間優勝を飾ったアル
ちなみに2012年はポートが最後から2番目の(スカイの)アシスト役として、ラスト3kmで強烈な加速を仕掛けた。最終アシストはフルームで、先頭集団を5人にまで絞り込んだ。そのままフルームが区間勝利を果たし、スカイのリーダー、ブラッドレー・ウィギンスがマイヨ・ジョーヌを身にまとっている。一方で2017年のスカイは、アルの加速にはすぐに反応しようとはしなかった。あくまでもアシストは一定の高速テンポを守り、その背後ではフルームが、無線で指示を仰ぐ姿が何度も見られた。
「アルのアタック直後も、僕はチームメートの後ろで走り続けた。他の選手の反応を待っていたんだ。でも誰も動かなかった。だから僕自身が行くことに決めた」(フルーム、公式記者会見より)
つまりアルのリードが20秒程度に広がり、サイモン・イェーツの企みが潰され、最終アシストが「マイヨ・ジョーヌ姿」のゲラント・トーマスとなった時だった。残り1.7km、フルーム本人が加速に転じた。
例の超高速ケイデンスについて行けたのは、5年前はアシスト仲間だったポートと、昨大会2位ロメン・バルデ、そして第3ステージ3位で好調さを見せていたダニエル・マーティンの3人だけ。アルベルト・コンタドールはあっさり脱落し、ナイロ・キンタナは少しだけ粘りを見せるも、すぐに後方へと追いやられてしまった。
「でも、もしかしたら、待ち過ぎたかもしれない」(フルーム、公式記者会見より)
写真:ゴール直前の争い
その通り、元気いっぱいのアルを、さすがのフルームでも捕らえることはできなかった。20%の激坂なら、イタリアやスペインで幾度となく駆け上がったことがある。けれど「ジロやブエルタとは大きく違うし、はるかに難しい」ツールで、アルは追い上げを見事に交わし切った。ガッツポーズを空高く突き上げ、故郷の島サルデーニャで開幕したジロ・デ・イタリア100回大会に、故障のせいで出場断念せざるを得なかった悔しさを晴らした。ツールでは初めての区間勝利で、総合は3位へと大きくジャンプアップ。つい10日ほど前に手に入れたイタリアントリコロールジャージを一旦脱いで、山岳賞の赤玉ジャージを身にまとうことになった。
アスタナが2回連続で勝ち取った山で、2012年と同様に、スカイのリーダーが山頂でマイヨ・ジョーヌを身にまとった。フルームはマーティンにも先んじられ、20秒差の区間3位で終えたが、総合では早くも首位へと浮上した。ちなみに、過去この山で黄色い栄光を味わった2選手は、パリまで大切なジャージを持って帰っている。
「ジャージを獲るのが早すぎた?でも、この立場につくのは、僕にとっては目新しい出来事ではないんだ。それにむしろ、ジャージを着ていることによるアドバンテージだってある。とにかくマイヨ・ジョーヌを守るために、この先はあらゆる努力を尽くすつもり」(フルーム、公式記者会見より)
1日中アシストを働かせてきたポートは、「もう少し見返りが欲しかったけれど」(フィニッシュ地インタビューより)、同タイム4位で満足するしかなかった。総合では5位の座に浮上した。2位のマーティンが総合4位につけ、2日目からの4日間マイヨ・ジョーヌを着てきたトーマスは、いまだ総合2位に喰いとどまっている。
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宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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