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サイクル ロードレース コラム 2017年7月21日

ツール・ド・フランス2017 第18ステージ レースレポート

サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか
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写真:名所イゾアールを制したバルギル

114年の歴史を誇るツール史上、初めてのイゾアール勝者として、ワレン・バルギルがその名を刻んだ。「本物のチャンピオンを選び出す山」として名高い伝説峠では、総合本命たちも大会最後の「直接」対決を繰り広げた。ロメン・バルデが誇り高き戦いを挑み、マイヨ・ジョーヌのクリス・フルームは自らの圧倒的優位を、改めて証明してみせた。

見事な決戦日和だった。早朝は霧の中に姿を隠していたアルプスの山々も、プロトンがスタート地に集結するころには、神々しいほどに雄大な姿をあらわにした。はるか彼方には、これから挑みかかる岩と砂だけの異質な世界が、はっきりと見えた。来るべき苦しみを予想しつつ、しかし、多くの選手たちはむしろ武者震いした。

なにしろスタートの合図が切られると同時に、次々とアタックが繰り出された。我らが新城幸也も、前夜の集団落車の影響で痛めた腰をかばいつつ、今一度エスケープに挑戦した。

「僕や(トマ・)ヴォクレールなど4人くらいで前に飛び出して、そのまま下りに入りました。そうしたら目の前に長い登りが見えてきて。後ろを振り返ってみても、すぐ背後には集団がつながっていて。だから一旦、僕は集団に戻るほうを選んだんです。集団はアタックの勢いそのままに、下りへと突入していきました。そうしているうちに、長い登りの上の方で、すぱっと集団が割れてしまいました」(新城幸也、フィニッシュ後インタビューより)

54人の大きな一団が出来上がった。すなわちプロトンの約3分の1が、前方へと進み出たことになる。乗り遅れたのはチーム スカイ、チーム ロットNL・ユンボ、ボーラ・ハンスグローエの3チームのみ。UAEチームエミレーツ、ディレクトエネルジー、チームフォルテュネオ・オスカロに至っては大量5人も前方集団に送り込んだ!

「スカイがすぐに制御に入ったので、その先もメイン集団のスピードは一切下がりませんでした。だって50人以上が前で回しているんですよ。普通にしてても、どんどん離れて行っちゃいますから!」(新城幸也、フィニッシュ後インタビューより)

めったに見ないほどの巨大な逃げ集団が、最大9分程度のリードしか奪えなかったのは、つまりスカイ隊列の尽力の賜物だった。大集団を嫌った選手たちは、さらに前方へと飛び出そうともがいた。1級ヴァール峠の山道で、巨大な塊は、ついに分解する。

イニシアチブを取ったのは当然、山岳巧者たちだった。中でも7月20日のコロンビア独立記念日を勝利で飾るため、ダルウィン・アタプマは毅然と加速を繰り返した。ライバルたちに追いつかれ、カウンターアタックで先行を許したこともあった。しかし、超級イゾアールのざらついた山道へと突入し、山頂まで残り6km……つまり標高2000mの境界線周辺で、満を持して最前線へと進み出た。標高3000mを超える町で生まれ育ったコロンビアのヒルクライマーにとって、ツール史上3番目に標高の高い2360m地点での山頂フィニッシュ――1位はガリビエの2645m、2位グラノン2413m――など、決して恐れるには足りなかった。……ただ残念ながら、自身初の、そしてチームにとって今大会1勝目のツール区間勝利は、お預けとなってしまう。メイン集団から飛び立ったフレンチクライマーに、逆転されてしまうからだ。


写真:集団の前に立つAg2r勢

後方プロトンでも、やはりヴァール峠で、進撃のラッパが鳴らされた。突如として、アージェードゥゼール・ラ・モンディアル(Ag2r)が主導権をむしり取ったのだ。総合3位バルデを支えるアシスト6人が、メイン集団前方で隊列を組み上げると、スカイ以上に凄まじい速度を強いた。巨大グループで「前方待機」していた2人も、後にリーダーの側に馳せ参じた。全てはわずか27秒差でしかないフルームを、追い落とすためだった。

総合ライダーの多くがアシストの枚数を減らしていく一方で、肝心のスカイのスーパーアシスト軍団には、願ったほどの打撃を与えることはできなかった。イゾアール突入時点でAg2rのアシストは4人、スカイのアシストも4人。Ag2r最後のアシスト、ヤン・バークランツが驚異的な登坂スプリントを披露し、総合4位ファビオ・アルを大いに苦しめた時も、フルームを孤立させるような奇跡は起こせなかった。しかもバークランツが渾身の仕事を終えると、スカイのアシスト3人が集団制御権を再び掌握した。

バルギルが加速を仕掛けたのは、残り6.5kmの、まさにこのタイミングだった。前夜に念願の総合トップ10入りを果たし、単純に「総合順位をさらに1つでも上げよう」と願ったのだった。総合で9分近く遅れるバルギルを、スカイも、バルデも、自由に行かせておいた。

「前方とのタイム差は知らなかったし、前に誰が走っているのかも知らなかった。ガロパンが先頭かな、と思っていたら、その先にまだアタプマが見えた。去年のツール・ド・スイスのあるステージを思い出した。僕は彼に続く2位に入った。だから、こんな風に、自分に言い聞かせた。『あの時のようには行かせない。絶対に奴を追い越すんだ』って」(バルギル、公式記者会見より)


写真:ゴールに向かって進むバルギル

ラスト1.5km、強い意志は叶えられた。コロンビア人を軽やかに追い抜くと、そのままイゾアールの山頂へと単独先頭でたどり着いた。まずは山岳賞7回のリシャール・ヴィランクを彷彿させるような「赤玉姿で右手の人差し指を天に突き上げるポーズ」を取り、それから2つ目のステージ優勝を祝うかのように、両手の人差し指を改めて天へと突き上げた。1勝目の時はホテルへ向かう車の中でうれし涙を流した感激屋が、2勝目は表彰台で感涙にくれた。

「僕は偉大なるチャンピオンではない。コンタドールのようにグランツールを勝てる選手ではないんだ。かといって平凡で退屈な選手でもない。実は自分の才能をあまり信じられなくなっていた。でも僕を信じてくれる人がたくさんいた。そして彼らはこう言ってくれた。今の好調さなら、ツールでは、きっと自分自身に驚かされると思うよ、と。うん、自分自身にびっくりしてる」(バルギル、公式記者会見より)

マイヨ・ジョーヌ集団では、ラスト4kmのミケル・ランダの加速から、状況も加速していく。フルームの山岳最終アシストにして、総合1分24秒遅れで5位につけるバスク人のアタックは、2012年大会でアシスト役のフルームが突然加速し、リーダーのウィギンスを挑発的に振り返った……あの事件とは、まるで違った。

「作戦はあらかじめ立ててあった。バルデや他の選手に穴を埋めさせ、力を使わせる作戦だった。前に2人走っていたけれど、区間勝利を獲りに行くことも考えた。でも、クリスから無線で呼ばれたから、指示通りに彼を待った」(ランダ、フィニッシュ後インタビューより)

なにより残り3kmを示すアーチの下では、満を持して、バルデが大きな一撃を下した。前日は4回も加速したが、今回は1回に全力を込めた。自転車界ではよくある「ブラフ」も使ってみた。どうやらずっと体調が悪いふりをしてきて、敵を油断させておいてから、後方から急襲をしかけたらしい。

ただし一瞬遅れただけで、フルームとウランはすぐに後輪へと張り付いた。その後に現れた下りゾーンでは、逆にフルームが伝家の宝刀を取り出し、くるくる高速ペダリングでライバルを突き放した。ルイゾン・ボベとファウスト・コッピ、歴史上の偉大なるチャンピオンの記念碑が建つ「カス・デゼルト」へ、黄色のジャージが単独で飛び込んだ。その先でランダと合流し、バルデとウランと共にフィニッシュを争った。

フルームとウランと同タイムでラインを越えたバルデにとっては、ただ4秒のボーナスタイムだけが慰めとなった。レース直後は山頂で地面に座り込み、随分と長い間、放心状態だった。その表情からは、苛立ちも読み取れた。バルデは総合首位から23秒差の2位につける。ウランが29秒差の総合3位に、ランダは1分36秒差の4位に続く。

この日の朝は「区間勝利が欲しい」と公言していたフルームは、2017年大会全ての山岳を抜け出した夜、改めてマイヨ・ジョーヌに袖を通しながら「すごくほっとしている」と語った。「TTではウランが最も警戒すべきライバル」と数日前から繰り返してきたが、実際は、パリ帰還の3日前に早くも4度目の総合優勝にほぼ王手をかけた。

「チームメートがいい仕事をしてくれたし、僕は最後までバルデの攻撃について行けた。だから、うん、すごくほっとしているんだ。土曜日のタイムトライアルは計算などしない。マルセイユで区間勝利をつかむために、全力を尽くす。でも、他の誰かが僕より速いタイムを出したとしたら……マイヨ・ジョーヌだけで満足するさ」(フルーム、公式記者会見より)

☐ ツール・ド・フランス 2017
ツール・ド・フランス2017 7月1日(土)~7月23日(日)
全21ステージ独占生中継!

宮本あさか

宮本 あさか

みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。

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